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最終章 私の札は、まだない

新曲の初披露から、一週間。


「真名、これ見た?」


莉緒がスマートフォンを突き出してきた。


「近い近い」


「いいから!」


画面には、ライブ映像の切り抜き。


ちょうど真名が映っている。


コメントが流れていた。


『フロントの子、目がいい』


『この子いると締まる』


『詠瀬真名ちゃん?』


『前からこんな子だった?』


『かるたの子だよね』


真名は黙って画面を見る。


「すごくない?」


莉緒が自分のことのように嬉しそうだ。


「……嬉しい」


「でしょ!」


「でも最後の“かるたの子”で全部持ってかれた」


「いいじゃん、かるた!」


「結局そこなんだよね」


「真名といえば、かるた!」


「アイドルとしては?」


莉緒が止まった。


「……かるたアイドル?」


「雑!」


笑った。


以前なら。


その質問に答えられないことが、少し怖かった。


今は。


まだ分からなくてもいいと思える。


     ◇


レッスンが始まった。


新曲を繰り返す。


初披露を終えたからといって、完成したわけじゃない。


「そこ、もっと詰めよう」


「はい」


「次、サビから」


何度も。


何度も。


真名は前に立つ。


でも、以前とは違った。


自分を大きく見せようとはしない。


周りを見る。


莉緒の踏み込み。


莉歌の呼吸。


センターの動き。


後ろのメンバーの位置。


全体を感じて、必要な瞬間に動く。


それが楽しかった。


「真名」


休憩中、白藤莉歌がやってきた。


「莉歌しゃん」


「最近、顔変わったね」


「え、老けた?」


「なんでそっち」


「じゃあ何?」


「余裕が出た」


真名は鏡を見る。


自分では分からない。


「前にいるからかな」


「違うと思う」


莉歌が言った。


「前にいることを、自分で許したからじゃない?」


真名は一瞬、黙った。


「……莉歌しゃん、最近いいこと言おうとしてない?」


「もう褒めない」


「ごめんって」


二人で笑う。


     ◇


レッスン後。


次のイベントについて説明があった。


セットリスト。


立ち位置。


歌唱メンバー。


真名は資料を見る。


新曲ではフロント。


別の曲では二列目。


そして。


ある曲では三列目。


以前なら。


まず三列目の自分が目に入った。


今日は違った。


一曲目。


二曲目。


三曲目。


順番に見た。


自分の名前がどこにあるか。


ただ、それだけ。


「あれ?」


隣から新宮楓花。


「何?」


「何も言わないから」


「何を?」


「三列目」


真名は資料をもう一度見る。


「ああ」


「平気?」


少し考える。


「うん」


強がりではなかった。


「前じゃないけど」


「うん」


「前じゃないからできることもあるし」


楓花が笑った。


「言うようになったね」


「誰かさんたちのせいで」


「誰だろ」


「15人くらいいる」


「多いね」


真名も笑った。


     ◇


帰り道。


「真名」


蒼井真姫に呼ばれた。


「真姫しゃん」


二人で駅まで歩く。


少しだけ沈黙。


真姫が言った。


「次もフロントだったらいいね」


「うん」


真名は素直に答えた。


「なりたい」


以前なら。


「どこでも頑張るよ」


そう答えていたと思う。


もちろん、それも本当。


でも。


前に立ちたい。


もっと見てほしい。


またフロントになりたい。


いつかもう一度、センターだってやりたい。


そう思うことを、悪いことだと思わなくなった。


「でも」


真名は続ける。


「次、後ろでも大丈夫」


真姫が横を見る。


「諦めたわけじゃないよ」


「分かってる」


「前に行きたいって思いながら、今いる場所も大事にしたい」


言葉にすると、


少し照れくさかった。


「欲張りかな」


「アイドルなんだから、いいんじゃない?」


真姫が笑う。


「欲張りで」


真名も笑った。


     ◇


家に帰る。


机の上。


百人一首の札を並べる。


読み上げアプリを起動しようとして、


やめた。


今日は、一枚一枚を眺めたかった。


百枚。


それぞれ違う歌。


同じものは一つもない。


真名は昔、自分にも分かりやすい一枚が欲しかった。


莉歌なら、歌。


莉緒なら、ダンス。


楓花なら、キャプテン。


真姫なら、センター。


じゃあ、詠瀬真名は?


ずっと、その答えになる札を探していた。


でも。


そんな札は、最初からなかったのかもしれない。


「……私の札は、まだない」


小さく呟く。


不思議と、寂しくなかった。


ないなら。


これから作ればいい。


     ◇


数日後。


特典会。


一人の女の子が真名の前へ来た。


まだ幼い。


少し緊張している。


「こんにちは」


「こ、こんにちは」


「来てくれてありがとう」


女の子は手を握ったまま、なかなか言葉が出てこない。


真名は急かさなかった。


待つ。


競技かるたなら、一音を待つように。


やがて。


「あの……」


小さな声。


「新しい曲を見て」


「うん」


「真名ちゃんのこと、初めて知りました」


胸が鳴った。


「ありがとう」


「それで……前の曲も見ました」


「前の?」


「真名ちゃんがセンターの曲」


ああ。


あの曲。


「全然違ってて」


一瞬、真名は身構えた。


でも。


女の子は笑った。


「どっちも好きです」


真名は、


言葉を失った。


「昔の真名ちゃんも、今の真名ちゃんも」


時間終了を告げる声。


女の子が慌てる。


「あ、あと!」


「うん?」


「これからも見たいです!」


離れていく手。


「ありがとう!」


真名は大きく手を振った。


女の子が見えなくなっても、


少しだけその方向を見ていた。


     ◇


昔。


センターに選ばれたとき。


真名は思った。


この曲で、誰かに見つけてもらえるかもしれない。


それは叶った。


そして今。


また、新しい自分を見つけてくれた人がいる。


昔の自分も。


今の自分も。


同じ人の中に、ちゃんと残っている。


なら。


ピークなんて、今決めなくていい。


     ◇


次の人が来る。


「真名ちゃん!」


「こんにちは!」


自然に笑えた。


自分の武器は、


まだ一言では説明できない。


次にどこへ立つのかも分からない。


センターかもしれない。


フロントかもしれない。


一番後ろかもしれない。


選ばれない日だって、きっとある。


人生には、決まり字がない。


だから。


待っているだけでは、何も教えてくれない。


自分で見る。


自分で聞く。


自分で選ぶ。


そして、ここだと思った瞬間に――


手を伸ばす。


「真名ちゃんって、どんなアイドルになりたいですか?」


目の前のファンに聞かれた。


以前なら、困ったかもしれない。


真名は少しだけ考えて、


笑った。


「誰かにとって――」


言葉が自然に出てきた。


「特別な一人になりたい」


全員にとって一番じゃなくていい。


一番歌が上手くなくても。


一番踊れなくても。


いつも真ん中じゃなくても。


誰かがRain Crownを見たとき。


たくさんいるアイドルの中から、詠瀬真名を見つけてくれる。


そして、


「この子が好き」


そう思ってもらえる。


そんな一人に。


「だから」


真名は続けた。


「まだまだ、これからです」


     ◇


次のライブ。


舞台袖。


16人が並ぶ。


今日の真名は、


三列目から始まる。


前には、仲間たちの背中。


昔なら、少しだけ遠く感じた場所。


今は違う。


真名は16人を見る。


莉緒がいる。


莉歌がいる。


楓花がいる。


真姫がいる。


そして、


自分がいる。


どこに立っていても、16人。


照明が落ちる。


歓声。


真名は息を吸った。


最初の一音。


音楽が始まる。


真名は、迷わず前を向いた。


決まり字なんて、なくていい。


次にどんな札が読まれるのか分からないから、


私はまだ、


何度だって手を伸ばせる。



ーー完

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