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第二章 なんで、今なんだろう

フォーメーション発表の日。


真名は、いつものように後ろから名前を探した。


三列目。


――ない。


二列目。


――ない。


え?


一瞬、胸が冷えた。


今回、入ってない?


視線を上げる。


一列目。


そこに、


詠瀬真名


があった。


「……え?」


見間違いかと思った。


もう一度見る。


フロント。


しかも、センターのすぐ隣。


「真名!」


肩を掴まれる。


舞崎莉緒だった。


「前じゃん!」


「……うん」


「前じゃん!!」


「分かってるって」


「分かってない!」


「何が?」


「もっと喜んで!」


莉緒が真名の両肩を揺らす。


「ぺぃぴーがこんなに嬉しいんだから!」


「ぺぃぴーの感情で私の感情決めないで!」


周囲から笑いが起きた。


真名も笑った。


でも。


もう一度、フォーメーションを見る。


嬉しい。


それは本当。


なのに最初に浮かんだのは、


なんで?


だった。


     ◇


「真名、おめでとう」


白藤莉歌が隣へ来た。


「ありがとう、莉歌しゃん」


「その顔、全然喜んでない」


「喜んでるよ」


「嘘」


「莉歌しゃん、今日厳しくない?」


「真名が分かりやすいだけ」


逃げられそうにない。


真名は小さく息を吐いた。


「……なんで私なんだろうって」


「この曲だからじゃない?」


「それ、みんな言うんだよね」


真名はフォーメーションを見る。


「私さ、前にセンターやったじゃん」


「うん」


「あれから結構経ってるのに、今さら急にフロントって」


少し迷ってから、口にした。


「昔センターだったことがあるから、とかだったら嫌だなって」


「なんで?」


「それって、今の私じゃないじゃん」


莉歌はしばらく黙っていた。


それから、


「じゃあ聞けば?」


「誰に?」


「自分に」


「何それ」


「真名は、今の自分に何があると思ってるの?」


答えられなかった。


莉歌は続ける。


「歌なら私、ダンスなら莉緒って、真名よく言うじゃん」


「……言うね」


「でも、それって真名が勝手に決めてるだけだから」


「え?」


「私は歌しかないなんて思ってないし、莉緒だってダンスだけじゃないでしょ」


莉歌は真名を見る。


「なのに真名だけ、自分には分かりやすい名前がついた武器がないから、“何もない”にしてない?」


言葉が刺さった。


「……莉歌しゃん、たまにすごいこと言うね」


「たまに余計」


莉歌が笑う。


「武器って、自分で名前つけてから持つものじゃないと思うよ」


そう言って去っていく。


真名は一人、フォーメーション表を見つめた。


自分にあるもの。


まだ、名前は分からない。


     ◇


最初のレッスン。


真名は一列目に立った。


久しぶりに、前に人がいない。


音が始まる。


静かなイントロ。


視線。


一歩。


停止。


振り返る。


大きく踊る曲ではない。


なのに真名は、必要以上に身体を使っていた。


「詠瀬、違う」


音が止まる。


「動きすぎ」


「はい」


もう一度。


「まだ動いてる」


焦る。


フロントなんだから。


見せなきゃ。


もっと。


もっと――。


「真名」


莉緒だった。


「何?」


「今、全部取りにいってる」


「……何を?」


莉緒が真名の動きを真似する。


手。


肩。


視線。


全部が大きい。


「ここも、ここも、ここも。“私を見て!”ってなってる」


「フロントなんだから、見せなきゃでしょ」


「違う」


ダンスの話になると、莉緒は即答する。


「前にいる人が一番大きく踊ったら、後ろの人いらないじゃん」


真名が黙る。


「ぺぃぴーはさ、前にいる人って、一番上手い人じゃなくて――」


莉緒は鏡を見る。


「後ろまでちゃんと見せられる人だと思う」


意外だった。


「……ぺぃぴーがそんなこと言うんだ」


「どういう意味!?」


「褒めてる」


「絶対嘘!」


笑ったあと。


莉緒がもう一度、真名を見る。


「真名、かるたやってるときも、そんなにバタバタしてるの?」


「してない」


「じゃあ、それでやってみれば?」


「簡単に言うね」


「だって、ぺぃぴーは真名のかるた好きだもん」


「見たことある?」


「動画で」


「あるんだ」


「めっちゃ怖い顔してた」


「余計!」


でも。


その言葉は残った。


後ろまで、ちゃんと見せる。


     ◇


休憩中。


真名は一人で振付を確認していた。


動く。


止まる。


違う。


もう一度。


「真名」


声をかけたのは、新宮楓花だった。


「休まないの?」


「もうちょっと」


楓花が隣へ座る。


「焦ってる?」


「焦ってない」


「そっか」


沈黙。


真名のほうが耐えられなくなる。


「……楓花」


「ん?」


「私って、変わった?」


「変わったよ」


即答だった。


「どこが?」


「昔は自分のことで精一杯だった」


「うわ」


「悪い意味じゃないよ」


楓花が白い歯を見せて笑う。


「センターだった頃の真名って、ちゃんとしなきゃ、間違えちゃ駄目って、ずっと前だけ見てた」


確かにそうだった。


「今は?」


「周り見すぎ」


「どっちがいいの?」


「どっちも真名でしょ」


真名は楓花を見る。


「昔の真名が駄目だったわけじゃない。あのとき必死だったから、今がある」


楓花は少し考えて続けた。


「でも、選ばれなかった時間も無駄じゃなかったよ」


「……何もなかったよ」


「真名には、そう見えてるんだ」


その言い方に引っかかった。


「違うの?」


「私、キャプテンだから結構見てるよ」


楓花が笑う。


「振りが分からない子に教えてたのも、立ち位置間違えた子を戻してたのも、誰かが落ち込んでたら一番最初に気づいてたのも」


「そんなの……」


「普通?」


言おうとしたことを先に言われた。


「真名が普通だと思ってやってたことを、ずっともらってた人がいるんだよ」


楓花が立ち上がる。


「私も、その一人」


真名は何も返せなかった。


「ちゃんと休んでね」


その背中を見送る。


何もなかった時間。


そう思っていたのは、


自分だけだったのかもしれない。


     ◇


レッスン後。


荷物をまとめていると、


「真名」


蒼井真姫だった。


「真姫しゃん」


「苦戦してる?」


「見てた?」


「見える位置にいるから」


「恥ずかしいなあ」


真姫が隣へ座る。


「以前に聞いたこと、覚えてる?」


「何?」


「前でやりたい?って」


真名の手が止まった。


「あのとき真名、“どうだろ”って言ったよね」


「……言ったね」


「今は?」


真名は答えられなかった。


「選ばれたから前にいるのと」


真姫が言う。


「前に立ちたいって思って立つのは、ちょっと違うよ」


センターに立ち続けてきた真姫だからこそ、その言葉は重かった。


「怖くないの? 真姫しゃんは」


「怖いよ」


即答だった。


「今でも?」


「今でも」


真姫が笑う。


「でも、怖いから後ろに行きたいとは思わない」


真名は黙る。


「真名は?」


問いだけ残された。


真姫は答えを求めなかった。


「お疲れさま」


立ち上がっていく。


真名は一人になった。


前に立ちたい?


今度は、


「どうだろ」


とは思わなかった。


まだ口には出せない。


でも。


答えは少しだけ、


見えていた。


     ◇


その夜。


真名は札を並べた。


莉歌の言葉を思い出す。


――武器って、自分で名前つけてから持つものじゃない。


莉緒の言葉。


――後ろまでちゃんと見せられる人。


楓花の言葉。


――真名が普通だと思ってやってたことを、ずっともらってた人がいる。


そして真姫。


――前に立ちたいって思って立つのは、ちょっと違う。


読み上げアプリを起動する。


静寂。


真名は動かない。


場を見る。


札を見る。


相手がいるはずの場所を見る。


全部を視界に入れる。


読み手が息を吸う。


まだ。


一音。


まだ。


決まり字。


――今。


ぱんっ。


札が飛んだ。


真名は、その姿勢のまま止まった。


「……そっか」


かるたをしているとき、


自分は札だけを見ているんじゃない。


場全体を見ている。


全部を見ながら、


必要な瞬間だけ動く。


だったら――。


     ◇


翌日のレッスン。


真名は一列目に立った。


深く息を吐く。


音が始まる。


動かない。


後ろの足音。


隣の呼吸。


莉緒が抜ける。


半拍前に身体を開く。


莉歌が歌い出す。


その瞬間、視線を莉歌へ渡す。


センターが前へ出る。


真名は止まる。


だから、センターが見える。


そして。


自分の番。


一音。


顔を上げる。


鏡の中で、


真名の視線が前を射抜いた。


「ストップ」


音が止まった。


先生が真名を見る。


「今の」


少し間。


「それ、忘れないで」


「……はい」


胸が鳴った。


鏡越しに莉緒が親指を立てている。


莉歌が笑っている。


後ろでは楓花が小さく頷いた。


そして。


真姫と目が合う。


真名は、今度は自分から頷いた。


     ◇


レッスン後。


スタッフに呼び止められた。


「詠瀬」


「はい」


「今日、よかった」


「ありがとうございます」


「この曲で詠瀬を前に置いた理由、少し分かった?」


ずっと聞きたかったこと。


真名は勇気を出した。


「……昔、センターやったからですか?」


スタッフがきょとんとする。


「なんで?」


「久しぶりに前なので」


「関係ないよ」


あっさりしていた。


「昔の詠瀬を見て決めたんじゃない」


真名が顔を上げる。


「今のRain Crownって、昔よりできることが増えたでしょ」


「はい」


「だから、昔ならできなかった曲もできる」


スタッフは続ける。


「この曲は、誰か一人が目立てば成立する曲じゃない。周りを感じて、全体の呼吸をつなげられる人が前に必要だった」


真名は息を止めた。


「センターだったからじゃない」


少し間を置いて。


「今の詠瀬だから、そこに置いた」


胸の奥で、


何かが鳴った。


莉歌が教えてくれた。


自分では名前をつけられなかった武器。


莉緒が教えてくれた。


前に立つ人の役割。


楓花が教えてくれた。


何もなかったと思っていた時間の意味。


真姫が教えてくれた。


選ばれることと、自分から立つことの違い。


全部。


あのセンターのあとに、


手に入れたものだった。


     ◇


帰り道。


真名はスマートフォンでフォーメーション表を開いた。


一列目。


詠瀬真名。


今度は、


後ろから探さなかった。


最初から前を見る。


小さく息を吸う。


「……やりたい」


誰もいないところで、


初めて口にした。


「前で、やりたい」


それは、


誰かに選んでもらったからではなかった。



ーー続く

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