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第一章 名前を探す場所

「次、頭からもう一回いきます!」


「はーい!」


休憩していたメンバーたちが立ち上がる。


真名もタオルを置き、自分の位置へ向かおうとして――止まった。


「ぺぃぴー、そこ一個ずれてる」


「え?」


舞崎莉緒が足元を見る。


「あ、ほんとだ」


「さっきの移動でそのまま来たでしょ」


「なんで分かるの?」


「見てたから」


「怖っ」


「なんでよ」


莉緒が一つ横へ移動する。


「真名って、ほんとよく見てるよね」


「そう?」


「ぺぃぴー、自分の位置すら見失ってたのに」


「それは自慢しないほうがいいよ」


「でも真名がいるから大丈夫」


「人を位置確認に使わないで」


音楽が始まった。


     ◇


真名は気づくと、周りを見ている。


莉緒は勢いがつくと、移動が少し大きくなる。


莉歌は歌に集中すると、振りがほんの少し小さくなる。


真姫は考え事をしていると、鏡を見る回数が増える。


楓花は自分が疲れているときほど、誰かに「大丈夫?」と聞く。


覚えようとしたわけじゃない。


いつの間にか、分かるようになっていた。


「はい、ストップ!」


音が止まる。


「二番のサビ前。移動がごちゃついてる。そこだけもう一回」


真名は動線を確認した。


莉歌が前へ出る。


同時に莉緒が斜めへ抜ける。


――あ。


「ぺぃぴー」


「ん?」


「最初の一歩、ちょっと小さくしてみて」


「なんで?」


「莉歌しゃんとぶつかりそう」


莉緒が動いてみる。


「あー、ほんとだ」


莉歌も振り返った。


「私が早い?」


「莉歌しゃんはそのままでいいよ。次、歌い出しでしょ?」


「じゃあ、ぺぃぴーが直す!」


「珍しく素直」


「ぺぃぴーはいつでも素直ですぅ」


もう一度。


今度は綺麗に二人がすれ違った。


「今のいいね」


先生が頷く。


莉緒が親指を立てる。


真名も軽く返した。


それだけのことだった。


     ◇


「さっき、ありがと」


休憩中、白藤莉歌が隣へ座った。


「何が?」


「移動。私、気づいてなかった」


「歌うところだったからでしょ」


「真名って、全体よく見てるよね」


「ぺぃぴーにも言われた」


「やっぱり?」


「そんなに?」


「そんなに」


真名は少し考えた。


「かるたのせいかな」


「かるた?」


「札だけじゃなくて、相手の手とか視線とかも見るから」


競技かるたでは、場全体を見る。


相手が何を狙っているか。


どこに反応したか。


札がどう動いたか。


それを見て、次を読む。


「でも、アイドルには関係ないでしょ」


「そうかな」


莉歌が首を傾げる。


「今、役に立ってたじゃん」


「たまたまだよ」


「真名って――」


「真名ぁ!」


莉緒が割り込んできた。


「お菓子ある!」


「あるけど」


「食べていい?」


すでに袋を開けている。


「聞く順番!」


「早い者勝ち!」


「それ私が買ったやつ!」


「かるたと同じ!」


「全然違う!」


莉歌が笑う。


「莉歌しゃんも笑ってないで止めてよ」


「一個もらおうかな」


「共犯じゃん!」


     ◇


真名は、こういう時間が好きだった。


センターじゃなくても。


フロントじゃなくても。


Rain Crownでいることは楽しい。


だからこそ、自分の中にまだ残っている気持ちを、ときどき持て余す。


――もっと前に。


センターを経験したあと、確かにそう思っていた。


次は表題曲で。


次はもっと大きな場所で。


けれど、大きな抜擢は続かなかった。


何度もフォーメーション発表を経験するうち、真名は一つの方法を覚えた。


期待しすぎないこと。


そして自分の名前は、


真ん中ではなく、後ろから探すこと。


そのほうが少しだけ楽だった。


     ◇


レッスン後。


「ちょっと集合して」


帰り支度をしていたメンバーたちが集まった。


「次の楽曲について話があります」


真名の手が止まる。


新曲。


何年経っても、この瞬間だけは慣れない。


「今回は、これまでのRain Crownとは少し違うコンセプト曲です」


資料が配られる。


真名はページを開いた。


静寂。


緊張。


一瞬。


視線。


間。


指が止まった。


知っている。


この感覚を、真名は知っている。


札を挟んで向かい合う。


まだ誰も動かない。


読み手が息を吸う。


そして――一音ですべてが動く。


「今回は歌やダンスだけじゃなく、視線、呼吸、間まで含めて世界観を作ります」


胸の奥が、小さく鳴った。


隣から莉緒が資料を覗き込む。


「なんか真名っぽい」


「何が?」


「これ」


指差した先には、


『一瞬を、逃さない。』


「かるたっぽくない?」


「何でもかるたにしないで」


「でも真名といえば、かるたじゃん」


真名は笑った。


「それはそうだけど」


真名といえば、競技かるた。


それなら言える。


でも――


アイドルの詠瀬真名といえば?


答えは、まだなかった。


「フォーメーションは後日発表します」


その一言で、空気が少し変わった。


真名は資料を閉じる。


期待しない。


いつものように。


     ◇


帰り際。


「真名」


呼ばれて振り返る。


蒼井真姫だった。


「新曲、好きそうだね」


「真姫しゃんまでそれ言うの?」


「だって、真名っぽい」


「ぺぃぴーにも言われた」


「じゃあ二票」


「何の投票?」


真姫が笑う。


「やりたい?」


その言葉だけ。


真名は答えに詰まった。


「……新曲なんだから、そりゃやりたいよ」


「そうじゃなくて」


真姫は真名を見る。


「前で」


一瞬。


何も言えなかった。


「……どうだろ」


出てきたのは、それだけだった。


「そっか」


真姫は、それ以上聞かなかった。


     ◇


夜。


真名は自宅で札を並べた。


読み上げアプリを起動する。


静寂。


息を吸う音。


一音。


ぱんっ。


迷いなく、札を弾く。


真名は取った一枚を見つめた。


札なら簡単だ。


音が教えてくれる。


いつ動けばいいのか。


どこへ手を伸ばせばいいのか。


さっき真姫に聞かれた言葉を思い出す。


――前で、やりたい?


昔なら。


迷わず、うなずいていた気がする。


真名は札を戻した。


次の歌を待つ。


自分の未来にも、


こんなふうに決まり字があればいいのに。


読み手が息を吸う。


真名は構えた。


札には迷わず手を伸ばせる。


でも――


自分の未来には、


まだ手を伸ばせなかった。



ーー続く

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