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星色Tickets  作者: 風戸輝斗
第二章

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第9話 師弟の絆

「はい、どーぞ」

「ほんっ~とうにありがとう!」

「いいよいいよ。ここだけの話、その時が来たら演劇サークル部に兼部するつもりでいたし」

 そう言ってにっと笑うのは、風宮学園の女神こと、演劇部部長を務めるあげはちゃんだ。


 部活オフにもかかわらず演劇を熱心に研究していたあげはちゃんは、俺が部員が足りず困っていると嘆くなり、迷うことなく俺の部申請用紙の五人目の欄に名前を綴ってくれた。愛してるよ、あげはちゃん。


「なぁんだ。それならもっと早くそう言ってくれればいいのに」

「ちっちっ、それじゃあ切り札になれないでしょ? あたしは岸本のとっておきになりたかったの。だから黙ってた。おめでとう岸本っ、これでようやく夢のはじまりだね!」

 あげはちゃんは、いつでも俺をあたたかく迎え入れてくれる。

 だからだろう。俺は演劇サークル部を立ち上げる真の目的を、すもも以外で彼女にだけ打ち明けている。


「失望する?」

「ん」

「自分よがりな夢のために、土下座してお為ごかしを吐いて。そんな俺にあげはちゃんは失望する?」

 あげはちゃんは基本的にふわふわしているけど、そんな優しげな風貌とは裏腹に、厳しい指摘だって惜しまない強靭な胆力を胸に秘めてる。


『情熱だけじゃ演劇は完成しないよ』

 去年の夏、俺の野望を聞いて彼女が漏らした第一声は、冷たくて、けれどもどこまでも現実的なものだった。


 わかってた。

 言われなくとも、情熱だけじゃ演劇は完成しないって。

 まったく無名で、何故か演劇部に入らずに独立して演劇サークルを作ろうとする俺についてくる変わりものなんてまずいないって。


 だけど、それでも俺はいつかその日がやってくるって信じて、バイトして、部室を作って、演劇の独学に励んで……

 その努力がようやく結実しつつあるというのに、俺は素直に喜ぶことができないでいる。


「偽悪的だなぁ~。あたしは、岸本がマクベスみたいな人間だって思ったことは一度もないよ?」

 マクベス。――シェイクスピアの四大悲劇のひとつだ。

 魔女にそそのかされて欲得に目のくらんだマクベスは、王である父を殺し、その後も王位を失うことの不安から多くの貴族や臣下を殺害し、そうして権力のために多くの人を殺したマクベスは最後、王家のひとりに討たれてその生涯を終える。


 作中で彼は死者の亡霊に苛まれて苦難の日々を過ごすのだが、思えば今の俺は、どこか彼と似た境遇にあるように思える。

 だって俺もマクベスも、強い罪悪感に苛まれているから。


「そうかな。俺は、自分はマクベスみたいな狡猾な奴だと思うけど」

「あー、これは重症だなぁ」

 机上に置かれたハッピーターンをかじり、あげはちゃんは宙を仰ぐ。


「なら岸本は、ここで夢が潰えてもいいって思ってるんだよね?」

「え?」


「だってそうでしょ。その罪悪感から逃げるためには、藤沢さんと後輩ちゃんに事情を告白するしかない。けど、告白する勇気がない。なら、いっそのこと諦めたほうがいいよ、その夢」

「いやでも、それは……」

「そんなハンパな覚悟じゃなにも成し遂げられないと思うよ、あたしは」

 強固な意思に彩られた瞳が俺をまっすぐに射抜く。


 強く眩しく、そしてどこまでも真剣に俺と向き合ってくれる瞳。

 この瞳に、俺は一年前助けられた。

 

 ……だからなんだろうな。

 俺はきっと、胸のどこかで彼女からの叱責を求めていたんだ。


「演劇コンコールの優勝とは別に目標があるからなんだっていうの? あのね、演劇部の部員だって全員が全員、真面目に優勝を目指してるわけじゃないんだよ? 部員の中には、内申点稼ぎが目的の生徒だっている。でも、それっていけないことなの?」

 俺のしていることは間違いだけど間違いじゃないって、彼女に証明してもらいたかったんだ。


「きっと生徒の大半はそんな不純な動機で部活に精を出してる。いや、精を出してるふりをしてるって言った方が正しいのかな。ほんと本気でやってる自分が馬鹿らしく思えちゃうなぁ」

 厳しくてあたたかい叱責に縋って、甘えて。


「そんな今更後悔したって遅い演劇馬鹿と違って、岸本には夢を叶えられる可能性がある。結成三か月で演劇コンコール地区予選優勝なんて夢物語もいいところだけど、あたしは岸本ならできるんじゃないかって期待してる。ま、あたしも優勝を諦めたわけじゃないけどね?」

 俺は、あげはちゃんという太陽に、罪悪感という影をかき消してもらおうとしてたんだ。


「あげはちゃん……」

 その寂し気な笑みが現実を物語ってる。

 演劇部が優勝する確率は絶望的なんだって。


 俺は、彼女がどれだけ真剣に演劇と向き合ってきたか知ってる。

 夕焼け色に照らされたこの部室で、彼女がひとり黙々と練習メニューを立てたり、演劇鑑賞に励んだり、自主練習に励んでたってことを、俺は知ってる。

 演劇部の誰よりも知ってる。


「……なに諦めてるの」

「え?」

 そんなたゆまぬ努力を重ねてきた彼女が、はじまる前から諦めてるだって?


「あげはちゃん、必死に頑張ってきたじゃんか! 来年は地区予選で優勝して県大会に行くんだって、大見得を切ってたじゃん!」

「待った待った! 一旦、落ち着こう岸本? 今の話題の主軸は岸本で……」

「俺のことなんてどうだっていい! あげはちゃんの努力が報われない方が問題だよ!」


 そんなの、放っておけるわけないだろ。

 だって、あげはちゃんは恩人で、憧れで。

 そして、校内で誰よりも演劇に青春を費やした努力家だから。


「演劇部が地区予選で優勝できたならそれでいいよ。だけど、もしもその目標が叶わなかったとしても、俺たち演劇サークル部が優勝してあげはちゃんを県大会まで連れていく! 俺があげはちゃんに、悲願の先に広がる景色をみせるよ!」

 あげはちゃんはきょとんと面食らい、やがてなにか閃いたかのようにぽんと手を叩いた。


「はい、言質いただきました~」

 と、なにを思ってか、俺の口にハッピーターンを入れてくる。


「演劇部の結果が芳しくなかったら、あたしを仲間にして県大会まで連れていく。その約束のために、これから岸本は地区予選優勝を目指さなくちゃいけなくなりました~」

 軽い調子で言いながら、新たなハッピーターンを詰め込んでくる。


「女の子には約束に執拗に食い下がる習性があるからね~。破ったらどんな目に遭うか、わかったもんじゃないぞ~?」

 幼児をあやすように言いながら、針でも飲ますようにハッピーターンをねじ込んでくる。


「だから岸本~、これ以上、後ろ向きなこと言ったら~」

「あげひゃちゃん、みょう、こりぇいじょうは……」

「あたしのことなんてどうだっていい! 岸本の努力が報われない方が問題だよ!」

 とどめのハッピーターンが口内に押し込まれて、俺は危うく窒息しかけた。


「こほっこほっ、ま、まさか、ハッピーターンを凶器と感じる日がくるなんて……」

「それで岸本、明日から演劇サークルはなにを目標に活動していくのかな~?」

 ニコニコ笑って言いながら、あげはちゃんは既に〝甘い棒状の凶器〟の包装を外して容器に移している。

 数秒前の幸せな地獄(語義矛盾)が脳裏をよぎり、ぞっと肌が粟立つ。


「もちろん演劇コンクール地区予選での優勝です! あげはちゃんの演劇部を倒して、県大会の出場権をもぎ取って、あげはちゃんを俺の演劇サークルの本部員にします!」

「よく言った!」

 声高々と宣誓する俺を見て、あげはちゃんは柔和な笑みを浮かべた。


「めちゃくちゃ期待してるよ、あたしの愛しい自慢の一番弟子くん♪」

「そうやって気安く愛しいとか言わないの」


「こんな恥ずかしいこと気安く言わないよ。あたしだって多感なお年頃の女の子なんだしさ。……これまでこの部屋で君に伝えたことはぜんぶ本音だよ?」

「はいはい、そですかそですか」

 まったく、俺が本気にしちゃったらどうするのさ。

 弟子として可愛がってくれてるのは嬉しいけど、俺たちは異性の同級生だよ? 憧憬が恋慕に転じた弟子と、冗談のつもりがいつの間にか本気の恋をしちゃってた師匠じゃないんだよ?


「う~ん、流れでワンチャンあるかと思ったけどやっぱ無理かぁ~。ところで岸本、あま~いスイーツ食べたかったりしない?」

「さっき雛鳥からお手製のイタリア菓子を振る舞われたばかりだから糖分は足りてる」

「雛鳥……あぁ後輩ちゃんか。すごいなぁ。イタリア菓子を振る舞えるのかぁ。女子力たっかいなぁ。……そっか。じゃ先月オープンしたカップル限定割のあるスイーツ店に行くのはまた今度にしよっか」

「あげはちゃんって、こういうとき躊躇いなく俺を仮初めの彼氏にするよね。彼氏彼女の関係に無頓着すぎない?」


「厳選してるんだけどなぁ。そう毎回伝えてるんだけどなぁ?」

「はいはい、そですかそですか」

「けんもほろろってやつだなぁ……。泣いちゃうぞあたし?」

 今日のあげはちゃん、いつにも増してからかいの火力が高いなぁ。


 ……意識しないようにするので精いっぱいだって、そろそろ気づいてよ。

 俺だって多感なお年頃の男の子なんだよ?

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