第8話 最低だと蔑まれようとも叶えたい夢がある
「まさか雛鳥さんがあれほどの演劇の才に恵まれているなんてね」
少し時間が流れて、すったもんだするかもしれない議論段階に至ったのは五分後のこと。
「てっきり閑古鳥さんなのかと思っていたけれど、仮にそうなったら責任は脚本を書いた私の方にあるのでしょうね。……これはちょっとハードル高いかも」
ザバイ……カスタードみたいな液状のものにサヴォイ……アルディ? オルディ? みたいな棒状のビスコッティの先端を浸してかじった藤沢は、驚いたように目を丸くする。
「雛鳥さん、これって市販のものではなくあなたが作ったものなのよね?」
「はい。閑古鳥のわたしにはひとりせっせとお菓子作りに精を出すのがお似合いなので。はは」
そう本人が自嘲めいて言うように、机の中央にこんもりと盛られたサヴァイア……サヴォイアだっけ? ビスコッティと、めいめいの前に置かれたカップの中に入ったカスタード……じゃなくてザバイトーネは、雛鳥自作のお菓子だ。
海外発祥の菓子って、どうしてこうも覚えにくくておまけに長いのばかりなんだろうな。
雛鳥はお菓子作りを好いているらしい。どうしてお菓子作りが好きなのかと問うと、ひとりでも楽しくできるから、とのことだった。理由が閑古鳥すぎる。
「それで忸怩くん、私はどんな脚本を書けばいいのかしら?」
と、いけないいけない、すったもんだの議論をするんだった。
藤沢は、既に机上にノートパソコンを用意していて準備万端といった風だ。
余談だが、藤沢が常にノートパソコンを持ち歩いていることは、風宮学園の誰もが知る常識である。
「俺の中で既にイメージは固まってるけど、三人はなんかこうしたいとかあるか?」
譲れない部分もあるけれど、できる限りは譲歩に徹しようというのが俺の方針である。
演劇は、強い団結力が基盤になければ絶対に成功しない。喧嘩するような事態は極力避けたいんだ。
といっても、このメンバーならいがみ合うことはほとんどなさそうだけど。
「私は忸怩くんの意見を尊重するわ」と藤沢。
「モモさんもきーくんの意志尊重派~」とすもも。
「わたしのやりたいことは、せんぱいのしたいことなので」と雛鳥。
時計回りで意見を述べてもらったが、まさかまさかの全会一致。
「君たちには、主体性というものがないのかね?」
「なら、堕胎した娼婦が冤罪で死刑された後、幽霊になって街に災いをもたらす悲劇がやりたいのだけどどうかしら?」
「うん、堕胎と娼婦が並んだ時点で却下」
そこに冤罪と死刑まで加えるとか、お前、ドSにも限度があるだろ。
「ま、今のはさすがに冗談だけどね。ところで最終的な目標地点はどこなの? 私は、とりあえずは演劇コンクールの地区予選で優勝する、だと解釈してるんだけどこれは合ってる?」
いいや、合っていない。あいつが審査員だから演劇コンクールに出場することは必須だけど、小波の瞳から涙を流すことができるのなら優勝できなくたって構わない。
……それが本音だけど。
「あぁ、合ってるよ。……それが俺の夢だ」
復讐に付き合ってほしい。
小波が普通の女の子だって証明する手伝いをしてほしい。
そんな俺の自分よがりな〝夢〟に、確認することなくふたりを巻き込んだと告白できるはずがなく……
「忸怩くん?」「きーくんっ」
不安げな声に、やや緊迫を孕んだ声が被さる。
顔をあげると、この場で唯一、俺の計画の全貌を把握している幼なじみがいた。
「大丈夫だから。このまま進もう?」
そう柔和に微笑みかけてくるすももから、いつものおどけた気配は感じられなくて。
「すもも……」
いつもそうだ。
俺が道を踏み外しそうなとき、隘路に阻まれたとき、すももは俺を助けてくれる。俺の背中を優しく押してくれる。
藤沢と雛鳥の勧誘に成功して、こうやってスタート地点に立てているのも、すももの援助があったからだ。
いや、そもそもすももがいなければ、俺はあのときにもう……
「なるほど。青海さんが元カノで、那須さんが現在の彼女か。先日はごめんなさい。はじめてはいつか、なんて野暮な質問をしてしまって。こっちが一番で、あっちは二番目だったのね」
「肯定してないのに話を勝手に進めないでくれる?」
俺、彼女いない歴=童貞の高校二年生だよ?
……と、そんなしょ~もない反論はさておき。
「俺は、観客が涙を流すような演劇をしたい」
きっぱりと言い切ると、愉悦に緩んでいた藤沢の頬が引き締まり、猥談に慣れないからか口をパクパクしていた雛鳥もキリっと瞳に真剣な輝きを宿した。
やはり俺の目に狂いはなかったようだ。このふたりは理想の脚本家と役者だ。
この先、俺は真の目的をふたりに隠したままひた走ることになる。偽っているという罪悪感から逃れることはできないだろうけど、それを背負う覚悟は今できた。
「涙を流すような演劇……それはまた難しいオーダーね。スラップスティックコメディで笑い泣きさせてもそれは涙を流したことには変わりないし、悲劇で涙を誘っても、悲哀で涙を誘っても、涙を流させたことにはなる。忸怩くん、あなたが理想とする演劇ってどんなものなの?」
「理想の演劇か」
頭を悩ませる。
「……なんだろ、俺の理想の演劇って」
「は?」
「そこはすごく大事なところじゃないですか?」
雛鳥の言う通り、すごく大事なところだ。核と言ってもいい。
だけど、今の俺にはその核を確認することができなかった。
もちろん藤沢に丸投げしようとしてたって訳じゃないんだけど……灯台下暗しってやつだな。完全に失念してた。
「ごめんなさい。うちの恭司は行動力は凄まじいけど、展望の詳細を俯瞰するのが苦手でして、いつも詰まっては体当たりしてここまで来たんです。お力添えできず大変申し訳ございません」
「こればっかりはすももの言う通りなんだよなぁ。……ごめん藤沢。今、俺から注文できるのは観客が涙を流すような演劇をつくってほしいってことだけだ」
「忸怩くんのことだからどうせ無茶ぶりしてくるんだろうなぁと覚悟はしていたけれど、思っていたよりもずっと早くその瞬間が訪れたわね……」
それはどれだけ曲解しても皮肉で。
だけど、口にした張本人は不思議と楽しんでいるように見えて。
「まずは企画書を複数用意する。その中から忸怩くんの琴線に触れたものを選んで、脚本を書き起こす。少し時間はかかるけれど、今後の予定はこれでどう?」
「企画書を複数用意するって、いいのかそんな手間掛けちゃって? カキヨムの連載の方は大丈夫なの? 俺、ガチファンだから更新されなかったら更新を妨げた自分を恨んじゃうよ?」
「ふふ、安心なさいな、話のストックはたんまり二カ月分あるから。あと忸怩くん、今後は私に手間を掛けさせることを気まずそうにするのは無しよ。私はあなたの夢を叶えるために脚本として活動することを決めた。私も忸怩くんのほしだってことをゆめゆめ忘れないようにね?」
「藤沢……」
藤沢がいい奴だってことはわかっていた。みんな藤沢は冷め切った美人だから近寄りがたいって言うけど、ひそかに交流を深めていた俺はそれが誤認だって知ってる。
まぁ俺だけが藤沢の素を知ってるって優越感があったから、誰にもその秘密は明かさなかったけどさ。
藤沢とふたりきりで話す時間が好きだったから誰にも邪魔されたくなかったし。
俺は眉間を揉みつつ、部申請用紙をまずはすももに渡す。
「あはは、きーくん、泣いてやんのー」
「泣いてないやい。この後、部申請してくるからみんな名前書いてくれる?」
「ほいほ~い。あ、どうしてモモさんが一番なんだろうと思ったけど部長の下が副部長の欄だからか。ふふ、これでようやく副部長(仮)から正式に……」
と、すももの声が不自然に止まる。
「ねぇねぇきーくん、備考欄見た?」
「見たけどどうかしたか?」
「いやぜったい嘘だろ」
「嘘じゃないもん」
「トトロいたもん、とでも言い出しそうなテンポ感だなぁ。……いやそんなのどうだってえぇねん。見てよきーくん、部に昇格するためには部員が五人必要だって書いてあるよ」
「……」
えぇと、俺だろ。すももだろ。藤沢だろ。雛鳥だろ。
これで必要人数を満たして……
「せんぱい、当てはあるの?」
「あるっちゃある。幸いなことに兼部OKだからな、この高校」
「なんとなく察しがつくから今回は大目に見るとして。これから先、なにか大切な事項があったらすぐ私に共有しなさい。忸怩くんひとりに管理させるのはあまりにリスキーだわ」
「返す言葉もございません……」
部長としての矜持にヒビが入り、俺はしゅんと首をすくめた。
さては俺って、行動力があるだけの無能だったりする?
真に恐れるべきは有能な敵ではなく無能な味方であるってナポレオンが残した至言があるけど、俺ってばまさしくそれなんじゃね?
ナポレオン軍にいたら即刻首ちょんぱなんじゃね?




