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星色Tickets  作者: 風戸輝斗
第二章

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第7話 嘲笑と嘆きと私怨の込められた世界四大ミュージカル解説

 翌日の放課後。


「戦う者の~歌が聞こえるか~」

 職員室で顧問から部申請用紙を受け取り、『民衆の歌』を口ずさみながら部室に足を運ぶと、


「演じなさい雛鳥さん」

「ひくっ、できないです……ひくっ」

 泣きべそをかいている後輩。

 そんな後輩に険しい視線を突き刺しているふたりの先輩。


 俺は慌てて間に割って入り、藤沢をビシッと指差して言った。


「お前、昨日俺しか虐めないって言ったばっかじゃん! この嘘つき!」

「はぁ。ろくに状況確認もせず人を嘘つき呼ばわりするのはどうかと思うわよナメク忸怩くん。この後、詳細を聞いて私に非がなかったら土下座してね」

「ナメク忸怩くんじゃない! 俺は忸怩くんだ!」


「あ、そっちはもう許容しちゃってるんだ。……う~ん、きーくんの土下座は見たくないけど、正直にここに至るまでの経緯を説明するかぁ。えっとね、藤沢さんが脚本を書くにあたって雛鳥さんの実力がどれくらいか知りたいからなにか演じてって頼んだの。で、今に至るってわけ」

「すいませんでしたぁ!」


「忸怩くんってほんと矜持の欠片もないわね。私、冗談で土下座してって言ったのに」

 あ、冗談だったの? 

 くそぅ、これじゃあ土下座し損じゃないか。まぁストック無限だから全然構わないんだけど。


 と、一見すればいじめと誤解されかねない緊迫した空気の謎が解けたところで。

 俺は、しくしくと涙を拭っている雛鳥のもとに歩み寄る。


「どうして泣いてるんだ?」

「だって、恥ずかしいし、こわいんです。わたし、ひくっ、誰かの前で演じたことなくて……」

「なるほど。ごめんな、俺がふたりに説明し損ねたせいでつらい思いさせちゃったな」

 ぽんぽんと雛鳥の頭を撫でてやる。


 昨日、藤沢の小説の話題に花を咲かせるよりも先に、雛鳥が抜群の演劇センスを持っているけど舞台経験は0だと伝えなければならなかった。

 雛鳥はふたりに完全には心を開いておらず、その経歴を知っているのが俺だけである以上、情報共有の役目を担えるのは俺だけだった。


 支えるって二日前に宣言しておきながらこのザマかよ。

 ダメダメだな俺って奴は。


「せ、せんぱい、その、励ましてくれてるのはうれしいんだけど、さすがに恥ずかしいよぉ」

「雛鳥、俺の目を見て」


 自信無げに俯いていた雛鳥がおもむろに顔をあげる。

 俺は頬をやわらげて、けれども芯のある声で言い切った。


「大丈夫。俺のほしならできるよ」

 見つめ合うふたつの瞳が大きく見開かれる。

 雛鳥星を束縛していた絶望は、俺の一声でいとも簡単に希望に浮気し、彼女の瞳に活力をたぎらせる。


「雛鳥にかかれば、観客のひとりやふたり、水素とかメタンとかその辺の微粒子と変わりないはずだよ。俺は知ってる。雛鳥はものす~っごくすごい奴だって知ってる。だから自信持ってがんばろうぜ。俺にもう一回、あのきらめきを見せてよ」

「……うん、うん! わたし、がんばる! せんぱいのためにがんばるね!」

「その意気だ」

 にっと笑って、雛鳥と拳をこつんとぶつけ合う。


 これにて一件落着と息をつくと、背後からボソボソと話し合う声が聞こえてきた。


「青海副部長。ここの部長、主演女優への贔屓がすぎると思うのだけど」

「わかるぞよ藤沢脚本。じゃが、監督は天然の女ったらしなんだ。大目に見てくれぃ」

「おいそこふたり、ちゃんと聞こえてるからな」

 仕方ないじゃん、ふたりと違って雛鳥はメンタルが強くないんだからさ。



☆  ★  ☆



「それでせんぱい、朗読かバレエか歌唱か、なにをお披露目すればいいですか?」

「え? バレエと歌唱もできるの?」

 あたかも審査員のように横一列に並んで腰掛ける俺たちの前に立つ女優はこくりと首を傾げ、とても演劇未経験とは思えないような発言をする。


「はい。その、見様見真似ですけど」

「そうだなぁ。朗読の腕前がピカイチってことは既にわかってるから、歌唱してもらおうかな」

「私はバレエしてもらって、あわよくばつるんと転倒する芸を見せてもらいたいのだけど」

「さらっとこわいこと言うなよ……」

 脚本も役者も替えが効かないんだ。事故とかマジで勘弁してほしい。


 それにしても、さっきから頬杖をついて明後日を向いてるけど、なんで怒ってるんだよ藤沢。俺の隣では、メトロノームのように貧乏ゆすりが続いてる。


「モモさんはなんでもばっちこいだよ! さぁなんでもかかってこいや!」

「すももはいつも通りだな」

 というか、こいつは演劇に微塵も造詣がないから要望もなにもないか。


「というわけで、歌唱する方向で進めようと思う。なにか希望の曲はあるか?」

「そうですね……。『メモリー』がいいです」

『キャッツ』のフィナーレで流れる名曲だ。


「了解。音源あるけど、どうする? アカペラがいいならそれでもいいけど」

「なら、アカペラでお願いします」

「おぉ、強気だな」

 アカペラだと実力がもろに出てしまうから、審査する側としてはありがたいけど、演技する側にしてみればプレッシャーがかかる選択だろう。

 そう思ったけど……


「わたしの世界に没頭させるんです。音源なんてなくても聴こえてきますよ」

「雛鳥……」

 うん、こと演劇になれば雛鳥星は無敵なのかもしれない。

 てらいなく言い放つ雛鳥から、不安は少しも感じられなかった。


「ねぇねぇ藤ちゃん、『メモリー』ってなに?」

 声の先を向けば、いつの間にか俺の隣から脱したすももが、不機嫌なオーラを纏った藤沢に躊躇いなく話しかけている。なんて勇敢な奴。


「世界四大ミュージカルのひとつ『キャッツ』のフィナーレで流れる曲よ」

「へぇ。それって有名なの?」

「えぇ。演劇に精通している人たちにしてみれば、知らない人がいるってことが信じられないくらいに有名よ」

「へ~」

 気の無い返事にもほどがあるだろ。藤沢もちょっとしょんぼりしてるじゃん。


 ともあれ、藤沢が簡易的な説明もしてくれたことだし、早速雛鳥の歌唱力を見せてもらうとしよう。


「じゃあ雛鳥、いつでも好きなタイミングではじめてくれ」

「わかりました」

 瞳をゆっくり閉じ、胸に手を重ねて、大きく息を吐き出す。


「……」

 たったそれだけの仕草。

 しかし、それだけで雛鳥の実力を知らしめるには十分だった。


「「……」」

 藤沢とすももの視線は、既に雛鳥に釘付けになってる。


 そして雛鳥はゆっくりと目を開き、静かに唇を震わせる。


「メモリー 仰ぎ見て月を」


 その一節を紡いだ途端、どこからか悲愴さを漂わせるピアノのメロディが運ばれてきた。

 

 体感幻覚。

 この現象を一言で片づけるならその言葉が適切だろう。

 

 たった一節で架空のメロディを創造する。

 それは、いったいどれほどの技量があれば為せる業なのだろう。


「古き日は去り行きつつ 夜明けが近づく」


 このフレーズで約一分三〇秒。


 そう理解しているのに、曲がこの地点に至るまでに幾何の時を重ねているかのように感じる。

 それはきっと、グリザベラの生涯が想起されるから。

 グリザベラが最後の力を振り絞って歌う姿から、彼女の感じた喜び、怒り、哀しみ、そういった万感の思いがひしひしと伝わってくるから。


「この夜を思い出に渡して 明日に向かうの」


 そして曲は、最終フレーズに入る。

 グリザベラの命が、まもなく燃え尽きる。


「ほら見て 明日が」


 ピアノの音色が徐々に弱くなっていく。

 まるで、グリザベラの命という灯が弱まっていく様子を再現するかのように。


 たった四分。

 けれどその四分には、グリザベラの生涯を掛けた魂の叫びが濃縮されていて……


「グリザベラぁ!」


 叫ばずにはいられない。

 懸命に生きた彼女に、感情移入せずにはいられない。


 だって彼女は、最終的に天上界に飛ばされて死んでしまうのだから。

 ……いや、死ぬなんて言葉選びはナンセンスだ。彼女は生まれ変わるのだ。


「どうでしたかせんぱい?」

「うわぁ!? グ、グリザベラが蘇生したぁ!?」

 天上から突如舞い降りてきたグリザベラに動顛すると、彼女はくすくすと微笑んだ。


「よくもまぁ、それほど入り込めるね」

「え? ……ああ、そういえば雛鳥が演じてたんだったな」

 グリザベラが後輩ヒロインとか、唐突にもほどがあるキャラ崩壊に一時たじろいでしまったが、そういえばグリザベラは俺の可愛い後輩ヒロインが演じていたんだった。

 ……いや可愛い後輩ヒロインって言い方よ。まぁ事実なんだけど。


 つまりは、この認識が正常。

 異常なのは、雛鳥をグリザベラと勘違いした俺の方らしい。


「グ、グリザベラが……どうしてここに……?」

 あ、もうひとり異常に見舞われてる部員いたわ。


「なに言ってるの藤ちゃん? あれは雛鳥さんだよ?」

「おかしいのはあなたの方よ青海さん。どこをどう見れば、あれがへっぽこひよこ鳥さんに見えるのよ」


「へっぽこひよこ鳥……」

 復唱する雛鳥の目が死んでいるが、余韻に浸る藤沢にはまだ雛鳥がグリザベラに見えているようで、その後もすももにキャッツ語りをするその様は真剣そのものだった。


 それにしても藤沢、どうしてそんなにも演劇に詳しいんだ?


「ちょちょ、タイムタイム藤ちゃん!」

「どうしたの? キャッツの魅力語りはまだまだ序章なのだけど」

「聞き終わる頃には夜が明けそうだよぅ……しっかし雛ちゃん、ほんとにすごい豹変ぶりだね。モモさん、演劇のことはよくわかんないけど、雛ちゃんがすんげぇってことはよくわかったよ」

 すももにしては珍しくマトモな感想だ。

 その感想を受けた女優はというと……


「ひよこ鳥……わたしはひよこ……はは、ははは」

 藤沢が何気なく漏らした蔑称に、ひどく傷ついているようだった。豆腐メンタルなのか被虐体質なのかはわからないが、なんにせよこの性格は矯正しなくちゃだよなぁ。


「雛鳥は、ひよこなんかじゃないよ。その気になれば、変幻自在になににでもなれるカメレオンだ。だから胸を張りなよ。雛鳥は立派だ」

「カメレオン……いいですね。わたしも透明になって隠遁生活を送りたいです」

「お前って、一回落ち込んだらとことん落ち込む性質なのな」

 今後はできるだけ鬱鳥にならないよう、彼女の周囲からマイナスの言葉をかき消す努力をするとしよう。

 ……いや、藤沢がいる限り無理難題じゃないかそれって?


「ひーん。勘弁してよぉ~藤ちゃん~」

「勘弁もなにもあなたは副部長でしょう? 世界四大ミュージカルも理解しないで忸怩くんの隣に居座ろうとか、ほんと青海さんといい、雛鳥さんといい、忸怩くんに贔屓されすぎじゃない?」

「関係ない私怨が混ざってるよぉ~」


 部室で渦巻くは、嘲笑に嘆声に私怨の込められた世界四大ミュージカル解説。

 女三人集まれば姦しいとかなんとか言うが、なんていうかその……


「大丈夫かな、俺の演劇サークル……」


 無性に不安が募るのはなんでだろう。最高の人材を集めたって自負してるんだけど。


 ま、何事も最初はすったもんだするもんだよな。

 ……すったもんだもなにも、まだ議論段階に至っていないような。

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