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星色Tickets  作者: 風戸輝斗
第五章

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37/38

第37話 お父さん

 参加校が例年よりも多い今年は、演劇コンクールの地区予選が二日に分割されて実施されていて、一日目で演じた俺たちは、明日になるまでその結果を知ることができない。


 俺たちはやり切った。

 間違いなく優勝候補の一角になれているという確信があるから、会場の外で小波と隣合って審査員のひとりを待つ間も、大会に関するモヤモヤはわだかまっていなかった。

 別のモヤモヤは胸いっぱいに広がっているけど。


「恭司、小波」

 四年ぶりに耳にする忌まわしい声に、小波がビクンと身体を震わせる。

 俺は慄く妹をそっと抱き寄せ、柔和に微笑みこちらを見つめる男を睨み返した。


「四年ぶりだな」

「うん。四年ぶりだね、ふたりとも。すっかり大きくなったね」

 その流れで当然のようにこちらに歩み寄ってくる元父親に、俺は「来るなっ!」と一喝する。


「小波が怯えてる。一旦はこの距離感を維持してくれ」

「……ごめん、僕の配慮が欠けていたね」

 苦笑し、元父親はジャングルジムの一段目に腰掛ける。


 俺たちとの距離は一メートルほど。

 充分、声の届く距離だからこのままで問題ないだろう。


「演劇すごく良かった。今日までよく頑張ったね恭司」

「そりゃどうも」

 そこで会話が途絶える。


 元親父はただ優しい顔をして、息子と娘をじっと見つめている。


 そのどことなく哀愁が漂う姿が、先日、瑠奈が俺に読ませてくれた新作の短編を連想させる。

 愛する子どもに意図せず傷つける言葉を投げかけてしまった父親が、その贖罪をするために家を出ていき、陰から子どもを支援し、この世を去る寸前で子どもがそれに気づくという話だ。

 物語を読んで涙する俺に瑠奈は言った。


『ところで恭司は、お父様としっかり話をしたことはあるの?』


 なかった。

 話をせずとも、あいつが悪であることは揺るぎない真実だと決めつけていた。


 だけど、違和感もあった。

 仮に俺たち家族に興味を無くして捨てたのなら、どうしてこんなにもしつこく電話してくるのだろうか。なにか伝えたいことがあるのではないだろうか。


 現実が、瑠奈の紡ぐ物語のように優しくないことは知っている。

 だけど、ちゃんと話してもいないくせに悪と結論づけるのはどうかと思った。

 それに、俺だって一度は瑠奈に心無い言葉を掛けてしまって絶縁しかけた。だけど、ちゃんと事情を話して、再び手を取り合うことができた。


 あいつはほんとうに悪なのか。

 その真相を探るために、俺は元父親に初めて電話を掛け、演劇コンクールの終了後に家族で話し合おうと約束をつけた。

 小波を呼んだのは、元父親がどう接するのかを確かめるためだ。


「あんたは涙を流せない小波を気味悪がった。けど、小波は俺たちの演劇を見て涙を流した。小波は普通の女の子だ。気味が悪いって言って小波の傷を抉ったことを土下座して詫びろよ」

「すまなかった……!」

 かすかな逡巡もなかった。

 元父親は、人目もはばからず俺たちに土下座していた。


「小波を傷つけるつもりはなかったんだ! だけどあのとき、涙を流さずに泣いている小波を見て気味が悪いなって感じたのも事実で……ごめん! 本当にごめん! だけど信じてほしい! 僕は恭司と小波を愛してる! この気持ちに嘘はないって誓える!」

「……ならどうして家を出て行ったの?」

 おずおずと小波が訊ねる。


 元父親は情けなく泣きじゃくりながら答えた。


「僕がいると空気が重たくなるからだ。家族が幸せになるために僕は邪魔者だった。何度も小波に謝ろうとしたけど、小波が僕を避けるようになってしまったからその機会さえも巡ってこなかった。だから、苦しいけど、家を出ていくしかないなって思ったんだ……」

 ずび~んと鼻水を啜り、「ごめん! ごめん!」と、地面に額をぶつけて謝ってくる。


 嘘を言っているとは思えなかった。綴られた言葉はどれも真実なのだろう。

 小波に〝気味が悪い〟と言った過去は決して無くならない。だけどそれが一時の感情に起因して零れた言葉だとすれば――それを悪として咎めるのは間違っている。


 だって俺も、涙を流さずに泣いている小波をはじめて見たときに〝気味が悪い〟って思ってしまったから。

 ほんの一瞬で、その一度きりではあるけど、俺にも元父親と――父さんと同じ気持ちを抱いた瞬間は確かにあった。


 言葉に出ているか、出ていなかったか。

 違いはたったそれだけだったのだ。


「……子どもだなぁ俺って」

 どうして、もっと早く父さんの気持ちに気づいてあげられなかったのだろう。


 何度も電話してくれていた。

 きっと、もう一度家族になるために。小波に謝るために。

 それでも俺は無視に徹し続けた。

 あいつは悪だ。そう自己完結して。


「ごめん! ほんとうにごめん!」

「辞めてよ父さん。事情はよくわかったから」

「でも僕にできるのはこれくらいで……父さん?」

「ごめんねお父さん……」

 と、震える声を漏らしたのは小波だ。

 小波の瞳からは絶えず大粒の涙があふれていた。


「わたしのせいだよね。わたしがちゃんとお父さんの話を聞いていたら、こんなことにはならなかったもんね」

「違う! 小波は悪くない! 悪いのは僕だ! ぜんぶぜんぶ僕が悪いんだ!」

「……うぅ、ひっぐっ」

「小波っ」

 父さんは駆け出し、小波をそっと抱き留めた。


「お父さんっ、お父さんっ」

「……僕のこと、またお父さんって認めてくれるの?」

「当然だよぉ。お父さんはお父さんだけだもんっ」

「小波……」

「そういえば、小波はお父さんっ子だったなぁ」

 四年前のことだからすっかり忘れていた。


 俺は、小波と父さんを抱き寄せる。

 四年前、俺よりも大きかった父さんの背中は、いつの間にか俺よりも小さくなっていた。


「もう一度、やり直そう」

 勘違いで失われた四年間だけど、残念ながら取り戻すことはできない。

 だけど、これからの未来なら描いていくことができる。


「おかえり、父さん」

 ここからはじめよう、全部全部。



☆  ★  ☆



 翌日、父さんが岸本家に戻ってきた。

 小波も、母さんも、父さんも、楽しそうに笑って、そしてちょっぴり涙を流していた。


 星色のチケットで入場した先には、俺が理想とする誰もが幸せになれる未来が広がっていた。

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