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星色Tickets  作者: 風戸輝斗
第五章

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第36話 誰もが幸せになる物語

 俺は悲劇が好きだ。


 だって、如何にも演劇って感じがする。

 救済なんてなくてもいい。バッドエンドでいいじゃないか。

 それが俺のモットーで。


「ねぇアリシア。あなたはシュピレシアさまのどんなところを好いていたの?」

「……」


「まっすぐなところ? 努力家なところ? それともやっぱり、自分の不幸を厭わずに救いの手を差し伸べる王子さまみたいなところ?」

「……」


「ねぇアリシア。シュピレシアさまって、春の精の頃から、今のやさしい気質をお持ちだったの?」

「……」


「わたしのしってるシュピレシアさま。わたしのしらないシュピレシアさま。全部全部、あなたとお話できればしれるのにね。……あぁ、わたしってほんとうに醜い子。アリシアの手紙を隠して、彼をひとりで独占しようとして……ほんと、救いようがないなぁ」


 けどそれは、俺にとっての理想の結末でしかなくて。


 仮に悲劇の方向で進めたとしても、それはただの自己満足で終わる。

 小波を泣かせるなんて夢のまた夢だって思ったから、俺は脚本にケチをつけた。


「……わたしなんかより、アリシアの方がシュピレシアさまにお似合いだよ。だから決めた。わたしの命、あなたに授けるわ」


 そして紡がれた新たな物語では、誰もが悲劇に見舞われるのではなく。


「アリシア……幸せになってね? ……さようならシュピレシアさま」


 悲劇に見舞われるのはただひとり、クレイシアだけ。


「……あなたは誰かしら?」

「わたしはクレイシア。夏の精よ」

「あぁ! わたし、ほんとうに夏の国にくることができたのね! ……ところであなた、さっきからずっと唇を真一文字に結んでいてこわいわよ? 笑わないと幸福はこないわよ?」

「……笑えないの」

「え?」

「わたしはもう、笑うことができないの」


 といっても、命を落として死去するわけではなく。


「笑えない? そんなはずはないわ。だって、ひとには生まれながらに喜怒哀楽が宿っていて……」

「わたしにはもう〝喜〟にあたる感情がないの……」


 失われたのは〝笑顔〟というかけがえのない財産。

 クレイシアの宝もの。


 何度もシュピレシアが賞賛した輝かしい笑顔は、アリシアを蘇生した代償として、二度と見ることが叶わくなってしまう。


 感情の欠如。

 果たしてこの展開の大衆受けがいいのかはわからないが、少なくとも、今会場の最前列にいるひとりの客には刺さると断言できる。


 だって、クレイシアが自分と似た境遇にあるから。

〝哀〟を失った女の子は、〝喜〟を失ったクレイシアに感情移入するはずだから。


「アリ……シア、なのか? 春の精である君がどうやってここに……」

「そんなことよりシュピレシア! クレイシアが笑えなくなってしまったの!」

「笑えなくなった? それはどういう……っ!? まさかあの魔法を……!?」

「ごめんなさいシュピレシアさま。けど、こうする以外に贖罪する方法を思いつかなくて」

「どうしてぼくに相談しなかったんだ! 君の笑顔には、宝石なんて目じゃないほどの価値があるのに……!」


 誰もが、アリシアとシュピレシアの熱愛を期待していたと思う。

 俺だって、自分が観客なら最後はそうなるんだろうなって見当をつけるし、逆に予想外の展開になれば興醒めしてしまうだろう。思ってたテーマと違うなって。


 表面上は〝恋愛〟。

 けれどもこの物語の真のテーマは〝誰もが幸福になる〟ことだ。


 誰も不幸で終わらせない。

 これは包摂性に重きを置いた物語。


『真夏の桜の咲く頃に』

 

 瑠奈は、この作品をそう命名した。


「アリシア、もう諦めて……」

「絶対、諦めるもんですか。シュピレシアがあそこまで絶賛する笑顔ですもの。きっと多くの民に希望を与えるものであったはず。それに、わたしもあなたの笑った顔を見てみたいの」

「アリシア……」


 国中を奔走し、けれども打開策は見つからず……

 それでもふたりは足を止めない。


「シュピレシアさま、もう諦めて……」

「諦めるわけないだろう。だってぼくは、君の笑顔が大好きなんだから」

「でも……」

「君は、泣くことができる。怒ることができる。なら、当然笑うことだってできるはずだ。大丈夫、ぼくたちが絶対、君を笑顔にしてみせるよ」


 国民に相談して、妖精に相談して、ついには国境さえも超えて……

 それでも打開策は見つからない。


「……すまないクレイシア。約束したのにこんなザマで……」

「とんでもありません。シュピレシアさまもアリシアも、こんなわたしなんかのために躍起になってくれて感謝しかございません」

「わたしなんて、と、自身を低く評価するのはおやめなさい。それにクレイシア、あなたは素敵なおひとよ。わたし、あなたと長らく過ごしてて気づいたわ」

「アリシア……わたしは恋敵じゃないの? 邪魔者じゃないの?」

「そんなこと思うわけないじゃない。あなたは大切なお友達よ」


 恋情と友情。

 このふたつの感情を両立させることはできない。


「シュピレシアかクレイシアかなんて選べない。だってどちらも大切だもの」


 それはつまり、片方を捨てたということで。


「あ……」

「ぼくもだよクレイシア。ぼくはふたりを愛してる。どちらか片方を切り捨てる必要なんてないだろう?」


 アリシアとシュピレシアは、クレイシアのために恋情を捨てた。

 恋の成就よりも、たったひとりの友人の回復を望んだ。


「……へ、へへっ」


 そんな清らかな友情が、小さな軌跡を呼び起こす。


「……え? クレイシア、あなた今笑って……」

「そんなうれしいこと言われたら誰だって笑っちゃうよ……」


 泣き笑うのは、はたして笑顔と判定されるのか。


「あぁ、その笑顔だ。その笑顔をぼくは待ちかねてたんだ……!」


 そんな曖昧な基準など歯牙にも掛けず、三人は泣き笑いしながら抱き合う。


「ありがとう……ありがとうふたりとも。わたし……ふたりのことがだいすきだよ!」

「えぇ、わたしもふたりを愛してるわ。……あなたの笑顔、とっても綺麗よクレイシア」

「ぼくもふたりを愛してる。ふたりと結婚なんて異例の事態だけど、絶対になんとかしてみせるよ。……あぁ、もうすぐ秋だ。冬眠のときも近い」

「ふふ、寝るときは三人いっしょに寝ましょ」

「もちろん。まんなかはクレイシアに譲るわ」

「ふふ、ありがとアリシア」


「あぁ、やはり君の笑顔は美しい。笑顔、それは例外なく幸福を与えるもの。欠落している? そんなはずはない。ぼくたちの胸には平等に喜怒哀楽が宿っている。喜ぶことができない? それなら、起床後に五体満足であることを確認しよう。五体満足であることは当然ではないから。怒ることができない? それなら、気持ちに正直になろう。自分に嘘をつかず、感情の赴くままにくちびるから言葉を発してみよう。……泣くことができない?」


 と、壇上を照らしていたスポットライトが、最前列のひとりの観客に当てられる。

 さすが咲崎会長、完璧なタイミングです。


 これは俺たちの演劇の締めくくりであり、ひとりの女の子に向けられたメッセージ。

 シュピレシアは口の端を釣りあげ、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「それなら、喜びを嚙み締めよう。向けられた愛を、胸に抱いた感謝を、申し訳ないなんて思わずそのままに受け止めよう。だってそうだろう? 泣くことと笑うこと、そのふたつの感情は両立させることができるんだから」



☆  ★  ☆



 長い長い四〇分。

 俺の積み上げた四年が、俺たちの積み上げた三か月が、ついに終わる。


「「「ありがとうございました!」」」

 三人が観客席に向けて頭を下げる姿を見ながら、俺は、かれこれ一分くらい流れ続けている涙に視界を曇らせながら緞帳を降ろす。


「……ぁ、ああぁ……」

 最前列がぎりぎり見える、舞台装置を操作するボタンのある個室。


 ……ひとりでよかった。

 だってこんな情けない姿、みんなには晒せない。


「うぅ……ぁ、ああぁ、よかったなぁ小波。やっと泣けたなぁ……」

 スポットライトに照らされた女の子。

 その子は間違いなく、目尻からしずくを滴らせていた。


「ちょっと岸本! 余韻に浸るのもいいけど舞台片づけないと撤収時間間に合わないよ!」

 と、突然ドアが開いたから反射的に声の先を見ると、誰ひとり欠けることなく集まった仲間たちが、ちょっとだけ口の端を釣りあげて優しい目で俺を見てた。


「……みんな、ほんとうにありがとう」


 俺が、ずっと追い続けた夢。

 ひとりでは絶対に叶えることのできなかった夢。

 その夢が今日、ようやく叶った。


 後悔なんてない。

 演劇コンクール地区予選での優勝という、もうひとつの目的を忘れてしまうくらいに、俺は、強い感動を覚えていて、やっぱり撤収作業中も涙が収まらなくて……


 そんな俺を苦笑しながら見据える小波は、まだ涙を流していた。

 ますます涙が出るから、緞帳下ろしてくれないかな。

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