第35話 藤沢瑠奈
クレイシアが単独で活躍するパートは短く、やがてステージ中央を照らしていた照明が舞台袖の方に動き、最後の登場人物に焦点が当てられる。
「クレイシア? 今日は目覚めの日だというのに、憂鬱な顔してどうしたんだい?」
照明に釣られるように観衆は視線を動かし、そして多少なりとも驚いたと思う。
「シュピレシアさま……いえ、なんでもないのです」
「そう? ならいいけど」
だってそこに立つのは腰付近まで艶やかな黒髪を垂らした女性で。
なのに彼女はまるで女性に見えず、男性にしか見えないのだから。
「クレイシア。謁見がまだ済んでいないだろう? 早く起床報告に行きなさい」
口調が、一挙手一投足が、男性そのもので。
だけど、演じているのが女性であることは明白で。
そんなからくりに観衆は目を疑い、そしてますます物語の世界に引き込まれていく……
『ねぇ恭司。私やっぱり、クレイシアがいい』
『ダメだ。シュピレシアは瑠奈以外にありえない』
『どうして? やっぱりふたりの方が好みの体格をしてるから?』
『監督が役者をそんな目で見るわけないだろ。というかその視点で見るなら……』
『見るなら?』
『……いやなんでもない。純粋に瑠奈が適任だからだよ』
『そう? アリシア役が雛鳥さんに好適ってことはわかるけど、私と青海さんは、どっちがどっちでもいいんじゃない? それに、クレイシアの方が台詞変更も多いし』
『いいや、すももじゃシュピレシアになりきれない。なりきれないっていうか、瑠奈が演じるからこそ客の目を惹くことができるんだよ』
『なるほど。衆人環視のなかで脱げと。それはちょっと抵抗あるかも』
『そんな非道な手段は使わないよ……、ウィッグなしでいけると思うんだ』
『長髪を靡かせながら、シュピレシアを演じろっていうの?』
『うん。間違いなく男性キャラクターなのに、演じてるのはどう見ても女の子ってギャップで、注目を掻き立てるんだ。瑠奈はこの面子でいちばん男っ気が強いからな』
『それ褒めてる?』
『褒めてるに決まってるだろ。それだけ頼りになるんだよ、瑠奈はさ』
『……はぁ、仕方ない。せっかく色情を催せそうな衣装を設定したのにさ……』
『瑠奈?』
『恭司、今度海行きましょ。はい、言質取ったから』
『なにも言ってないんだが? でも海か。……そうだな、終わったら気晴らしにみんなで行こうか』
『誰もみんなでなんて言ってないのに……』
といっても、からくりは永遠には続かない。
ここからは実力勝負。
三人の演技力と、物語と、そして演出の戦い。
「ねぇクレイシア、なにか隠してるんじゃないか?」
「……」
「夏に太陽めがけて咲く向日葵の如く、君のふりまく笑顔は華やかで、魅力的で、ところがどうだ、最近はまるで花壇が田園と化したかのように、一輪の笑顔さえも見せない」
「シュピレシアさま……」
「いつも献身的な君のことだ、きっとぼくの知らないことを知っているのだろう。さぁ、わだかまりを打ち明けたまえ。どんな過失も、ぼくは許そう」
「……その、アリシ……春の精のことなのですが……」
「春の精? クレイシア、今は夏だよ?」
そして物語は第四幕に差し掛かる。




