第29話 この最高の仲間たちとこれからも
駅に着くと、瑠奈と雛鳥がベンチに腰かけて仲良さげに談笑していた。
「おはようふたりとも。ごめんな遅れちゃって」
「おはよせんぱい。体調はもう大丈夫?」
「うん、今はすっかり元気だよ。瑠奈が脚本仕上げてくれたおかげで胸も軽くなったし」
「瑠奈?」
と、目をパチパチする雛鳥の反応は、さっきすももが見せた反応と酷似していて。
「藤沢の名前だけど……知らなかった?」
「ううん、それは知ってるけど……ふぅん、そうなんだ」
「?」
おまけに返答までそっくりなものだから、俺は、インコのように首を傾げてしまう。
「ま、私と恭司にどんな進展があったかはさておき。今は演劇に集中しなきゃね」
そう言う瑠奈は、いつもの高飛車な雰囲気を纏ってはいるものの、排他的圧力を一切靡かせていなくて、その事実にとりあえずほっと胸を撫で下ろす。
機嫌を損ねたら面倒だからなぁ。
まぁ仮にそうなってても、悪いのは全面的に俺なんだけど。
「「恭司……」」
そんな瑠奈の温和な風貌を目にし、ふたりはなぜか戦慄したように、それもなぜか俺の名前を同時に呟く。
「じゃ行きましょ恭司。はい、荷物」
「当然のように荷物持ちなのな。ま、いいけど」
「な~んて、冗談に決まってるでしょ。自分のものくらい自分で持つわよ」
「……お前、朝から変なものでも食べたか?」
「ん、朝食はこれから摂る予定だけど……。と、いけない、危うく買い忘れるところだった。いこ恭司、あそこの駅前のパン、すごくおいしいのよ」
「……へぇ、そうなんだ……」
一連のやり取りを雛鳥とすももは唖然と眺めていたけど……うん、そうなるのもわかる。
だってこんなキラキラしてる瑠奈、俺もはじめて見るもん。
「ちなみにふたりは朝ごはん食べた?」
「仮にそうだとしても、わたしに自殺願望はないからなぁ……」
「うん、さすがのモモさんもこれはちょっと無理」
「……えと、食べたってことでいいのかな?」
自殺願望とかちょっと無理とか、朝ごはん食べたかどうかを尋ねて返ってくる返事じゃないだろ、それって。そして、何故そんなに気まずそうなんだふたりは。
「……雛鳥。お前は俺のほしだよな?」
「うん。まぁ、今となっては六等星並みのちっちゃな光しか放てない、消えかけの豆電球以下の輝きだけどね。ははは」
目が死んでるぞ大女優。
「なんで悲観鳥に逆戻りしてるんだよ……。それで、さっきからなにを勘違いしてるんだ?」
「きーくんのその勘の良さは、どうしてありとあらゆる方面に生かされないのかなぁ」
「すももももだ」
「もがひとつ多いぞよ」
「ごめん噛んだ。早朝のバイタリティはどうした。もう燃料切れか?」
「まぁ、燃料切れって喩えてもあながち間違いじゃないっていうか……ねぇ雛ちゃん」
「はい。こうやって部は空中分解していくんですね……」
復活したばかりなのに縁起でもないこと言うなよ。
さっきから、ふたりの瞳のハイライトが消えている。
生気がないというか、希望がないというか……
ともかく、そんな状態で稽古に励んでも高い生産性を生み出せないことは明白だ。
役者の心身状態を常に健康に保つのは、監督として当然の務め。アクションを起こさねば。
「空中分解なんてしないよ。俺たちの絆は、そんなちっぽけなもんじゃないからな」
「……じゃあさせんぱい、どうして藤沢せんぱいだけ特別扱いしてるの?」
「え?」
と、ようやく雛鳥が明かしてくれた胸の内側にあるわだかまりは、いつか瑠奈が口にしていた不満と似ていた。
「いつから藤沢せんぱいと付き合ってるの?」
なんだ嫉妬かぁ、愛いやつめ。
……なんて有頂天になってる場合じゃない。
「俺が、瑠奈と付き合ってる?」
なにを根拠にその結論が導き出されたのかまるでわからず呆然としていると、すももが俺の肩を優しく叩き、柔らかく微笑んでくる。
「隠さなくていいんだよきーくん。それでもわたしは最後までついていくからさ」
「いや、なにも隠してなんか……」
「わたしもせんぱいのほしとしての使命があるからさ。たとえ、せんぱいと藤沢せんぱいが、恭司と瑠奈って呼び合ってても、役者を降りるなんて真似はしないよ」
「……なるほど。そういうことか」
ようやく合点がいった。
今まですももと付き合ってると勘違いされたり、雛鳥と付き合っていると勘違いされたりしたときは、男女の距離感が近いってだけでなんでもかんでも恋愛脳で処理するなよって思ってたけど……そっか呼称変化。
たしかにこれは、誤解されても文句を言えんわな。
「安心しろ。俺は、瑠奈と付き合ってない」
「じゃあなんで呼び方が変わってるの?」
珍しく雛鳥が間髪容れずに食い下がってくる。
「忸怩くんって呼び方が恭司に変わったから、俺も藤沢から瑠奈に呼び方を変えたんだ。ま、あいつがこころを開いてくれた証なのかな。ああ見えて、けっこう繊細な奴なんだ」
排他的に見えるのは、誰かと関わって傷つくことを恐れているから。
張り子の虎なんだよ、藤沢瑠奈って女の子は。
……と、今まで彼女を客観視してきた俺はそう結論を出しているけど、実際のところは瑠奈本人のみぞ知るところだ。
当たらずとも遠からずって感じなんじゃないかって、俺は勝手に思ってる。
「なんだぁ取り越し苦労かぁ……」
でかでかとため息をついて、すももはぐでっと項垂れる。
「なんだすもも、俺が瑠奈と付き合ってたら嫉妬しちゃうのか?」
「………………はぁ、ほんとこれだからきーくんは」
「今の間はいったい?」
というか、何に呆れてるんだ?
ま、なんにせよいつもの調子に戻ったみたいでなによりだ。
騒がしくないすももなんて、歌わないオフィーリアみたいなもんだからな。
……いや、オフィーリアは歌わなきゃ死ななかったかもしれないからそっちの方がいいかもだけど。
というかこの喩え、ハムレット知らない人に通じないな。普通にネタバレだし。
「ついてきてって言ったのに。恭司って、ええかっこしいコウモリ野郎よね」
とかなんとかふたりの誤解を解いている内に、瑠奈がパン屋から戻ってきた。
不機嫌そうにメロンパンを頬張りながら、ちょっぴり不満そうに睨んでくる。
「わたし、これまで勘違いしていました。藤沢せんぱいも普通の女の子なんですね」
が、雛鳥が、助け船か油かは判じかねる薪をくべたことで、ご立腹の瑠奈嬢の視線が俺から外される。
「それはどういう意味合いかしら雛鳥さん?」
咀嚼したパンを食道に下し、瑠奈は射貫くような視線を雛鳥に刺す。
「だってわたしにはできないですもん。二日もせんぱいを独り占めするなんて」
けれども、雛鳥は四月の頃のように委縮せず、堂々とした態度を保ったまま反駁し、
「っ!? べ、別に下心があったわけじゃ……!」
そしてあろうことか、あの藤沢瑠奈に強烈なカウンターを見舞ってしまう。
「へぇ、じゃあなんで呼び方を変えたことを隠してたんですか?」
「い、いいじゃないのそれくらい! ……な、生意気っ! ポコ鳥さんのくせにっ!」
藤沢がおたおたするくらい優位に立ってしまう。
「はは、かわいいなぁ藤沢せんぱいは。そのパン、おいしいんですか?」
「かわいいってあなた……はぁ、ほんっと厄介なほし」
と、会話だけ切り取ればアグレッシブな後輩が、めんどくさがり屋の先輩にしつこく迫っている場面のように感じるけど、実際は気弱な性格をコンプレックスに感じていた後輩が、人付き合いが苦手な先輩に甘えている場面で。
「……はは」
なんだか物思いにふけってしまう。
だって、俺のわがままがふたりを変えていたんだから。
俺のわがままが、他の面でもいい方向に循環してるんだって、目に見えてわかったから。
「部長さんや。いとをかしするには、まだ早いのではないですかいな?」
けど、それは俺たちの目指す到着点じゃない。
「……だな。よしっ! この四人で夢を叶えに……」
「ところでせんぱい」
と、如何にもザ・青春って感じで吶喊しようと拳を握りしめた俺の勢いに水を差したのは、本日やたら積極的な大女優。
「なにかな雛鳥隊員」
「はっ、わたしだけ苗字呼びなのは不公平であります」
すももと、瑠奈と、雛鳥。
言われてみればその通りだ。
「うむ、もっともな指摘だ。だがね、雛鳥隊員を名前呼びするとなると、ほしって単語を平仮名で表記するか、星って書くたびに〝せい〟ってルビを振らなきゃいけなくて、まぁまぁめんどくさいのだよ」
「そんなメタな理由でわたしは名前呼びを禁じられているのですか!?」
「とまぁ冗談もほどほどに。……雛鳥」
雛鳥を星って呼ばないのには、一応、それなりの理由がある。
瑠奈に半分こしてもらったメロンパンを両手で握って見上げてくる雛鳥の頭をぽんぽん撫で、俺はその理由を告げる。
「雛鳥が自分に自信を持てる日がきたら、星って呼ぶよ。だからその日まではお預けだ」
「せんぱい……」
「おほしさまみたいに輝くんだろ? 俺は知ってる。雛鳥ならもっと輝けるはずだ」
「……うん! わたしがんばる! せんぱいに名前で呼んでもらえるようにがんばるね!」
輝かしい笑顔を振りまきながら、雛鳥は元気いっぱい宣誓する。
……ほんと、明るくなったな雛鳥。
「え~、イニシアチブを取ったにもかかわらず、瞬く間にリードを詰められてしまった今の心境はいかがでしょうか藤沢選手!」
「ま、これくらい想定内だけどね。……ところで青海さん、なんでそんな上機嫌なの?」
「そうかな? ははは、いやぁ抜け駆けした藤ちゃんが落伍する様が面白くて面白くて!」
「よ~くわかったわ青海さん。とりあえず、ムカつくから死合いましょうか」
「こらそこ! 喧嘩しないの!」
笑ったり、喧嘩したり。
こんな騒がしい毎日も、あと二週間で終わってしまうかもしれない。
小波が涙を流しても流さなくても、演劇コンクールで予選を通過できなきゃそこで終わり。
俺たちが、演劇サークルである理由はなくなってしまう。
「……優勝したいなぁ」
それはとても不純な動機で。
本気で演劇をしている人に、お前に舞台に立つ資格はないって、こき下ろされてもなんらおかしくないほどに目的と手段が一致していなくて。
けどそれは、疑いようのない俺の本音で。
「なに今更なこと言ってるの。したいなぁ……じゃない。するんでしょ?」
「え?」
今更何言ってんだ。
「小波ちゃんを泣かせて、地区予選で優勝もする。わたしは、はじめからそのつもりだよ」
「……え?」
それがほんとうの目的じゃないって改めたのはお前だろ。
「きーくんはバイナリ思考だからなぁ。一か0かでしか物事を捉えないその癖、そろそろ直した方がいいよ」
「……いやだって」
そう罵倒されるのが当然の成り行きで。
三人がなに言ってんだこいつ……って、冷めた目で見てくるのが既定路線で。
「どっちも叶えれば解決じゃん? 傲慢にいけばいいんだよ、きーくん。どっちかを諦めなきゃ、どっちが叶わないってわけでもないんだからさ」
まさかこんなあたたかい目を向けられるなんて、誰も思わないだろ普通。
「なんだよみんな。いつからそんな本気で演劇に打ち込んでたんだよ」
三人は顔を見合わせて、ふっと顔を綻ばせる。
「誰よりも必死な恭司を側で見てたからかな」
「輝いてほしいって言ったのはせんぱいの方だよ」
「一度、夢として掲げられた以上、叶えたいと思うのがモモさんスピリッツなので」
「まったくお前らは……」
最高の仲間に恵まれて、果報者だな俺って。
小波の涙を呼び寄せて、演劇コンクール地区予選の優勝も掻っ攫う。
それは誰から見ても欲張りな理想で。
ましてや、結成三か月のひよっこ演劇サークルが目指すには不相応がすぎる目標で。
だけど不思議と、達成できない気はまるでしなかった。
だってそうだろ?
「それじゃあ、いっちょ革命を起こしにいこうぜ!」
「「「おー!」」」
俺たちより強固な絆で結ばれた演劇部なんてあるはずがないんだから。




