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星色Tickets  作者: 風戸輝斗
第四章

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第28話 予想だにしなかったボーナストラック

 勝負の日まで残り二週間。

 瑠奈のがんばりのおかげで脚本は完成したけど、問題はこれからだ。


 大幅に改変した物語。

 それによって当然、台詞も大幅に変わり、となれば必然的に役者に負担がかかる。台詞を暗記しなくてはならないからだ。


 さて、どうしたものか。


「やっぱり体調悪いの?」

 登校前、玄関で立ち尽くしていると、小波に気遣わしげに声を掛けられる。


「いいや、ちょっと考えごと。ほら小波、そんな顔してないで笑顔笑顔」

「ならいいけど……いってらっしゃいお兄ちゃん」

「うん。いってきます」

 こうしていつものように、小波の笑顔をカンフル剤に家の外に出て……


「相変わらずのシスコンっぷり。いやぁ感激ですなぁ」

 いつものように隣の家のインターホンを鳴らす……はずだった。


「バカな。すももが自力で起きた……だと?」

「ふふ、合宿を前にすれば、どれだけ夢の世界が魅力的であろうと脱出せずにはいられないのだよワトソンくん」

「この意味不明な言葉の羅列……間違いないこいつは本物っ! ……で、合宿ってなに?」


 幼年期より続く、青海すももモーニングコールの使命が珍しく潰えたことに動顛して気づかなかったが、すももは、まるでこれから修学旅行にでも行くかのように、大きな旅行バッグを肩から掛けている。

 唐突な授業変更はあるあるだけど、唐突に修学旅行なんて話は聞いたことがない。


「寝食を共にし、絆を育み、そして演劇コンクールでの優勝を目指すのだよワトソンくん」

「いや、もうワトソンの下りは…………マジで?」

「うん。みっちゃん先生がお偉い先生方に話をつけてくれて、モモさんたちはみんなより二週間早く夏休みを迎えることになったのです」


 数日前、突然【うちに感謝しろ】ってLINEが届いたから、あぁこれ多分酔った勢いで誤送信しちゃったやつだろうなぁって思ってたけど、どうやらあのメッセージは意図をもって正確に送信されたもののようだった。

 というか、その一文から概要を汲み取るのは無理がありすぎるだろ。だらけ癖があるのは承知してるけど、もうちょっと情報詰め込もうよみっちゃん。


「ハコも既にとってあるから、大会当日まで練習し放題ですぞ部長」

「……はは」

 それってつまり、面倒な授業を受けなくていい……じゃなくて。


 この先なによりネックになるのは時間だった。


「まぁ、ハコといっても公民館なんだけどね。宿泊宿もわたしの親戚のおうち。その辺はご了承くださいな」

 時間だけは、どう足掻いても生み出せない。

 だから、どうしたものかって悩んでたけど……


「すもも……お前って奴は」

 まさかこんな形でその不安が解消されるなんて……


 こんな展開、誰が予期できるんだ?


「感無量ってやつかな。ふふ、抱き締めてもいいんだぜあんちゃん?」

「ありがとう!」

「あわわ、ほ、ほんとに抱き締めてくるのっ!?」

 ここまでやってほしいと、俺はすももに頼んじゃいない。

 レ・ミゼラブルを観ろとも、演劇の用語を覚えろとも、俺は強制しちゃいない。


 でも、すももは自発的に俺の理想に沿おうとしてくれた。

 俺といっしょに夢を見て、本気で叶えようとしてくれてる。


「いつもありがとな。すももには救われてばかりだよ」

 ここは自宅前。道行く人が訝しげなまなざしを刺してくるけど、そんなことはお構いなしに、俺は、ぽろぽろ涙を流しながらこれまでの感謝を告げる。

 ふんわりと鼻腔をくすぐる白桃の香りが心地良かった。


「きーくん……」

「すももがいなきゃ、あいつがいなくなって挫けたまま俺は立ち上がれなかった。演劇サークル同好会を立ち上げた後だって、お前がすぐにメンバーになってくれて、相談に乗ってくれたから俺は頑張れた。今の俺があるのはすもものおかげなんだよ。ほんうにありがとう」

「それはちょっと過大評価しすぎなんじゃないかなぁ」


「むしろ過少評価だろ。すももが幼なじみでほんとによかった」

「あ、あはは……改めてそう言われると照れくさいなぁ。……泣くのはまだ早いよ恭司。夢はこれから。涙はいちばん嬉しい瞬間まで取っておこう?」


「あぁ、そうだな。……落ち着くまでこのままでいいかな?」

「うん、いいよ。きーくんの泣き顔を見られるのは、わたしの専売特許だもん」

「そんな専売特許、誰も欲しがらないだろ」

「いやいや、徳川埋蔵金くらいの価値があるから、一部市場で」


 こうして抱き締められていると、あの日のことを思い出す。


 夢がはじまった四年前。

 あの頃は漠然としていた夢のかたちが、今は明瞭に見える。もうすぐ手の届く場所にある。


 その事実を痛感すると胸が高鳴って。

 同時に、あぁもうちょっとで終わるんだなって寂しくもあって。


 万感交々至るっていうのは、こういう状態のことを言うのだろうか。

 高揚感が多少なりともあるはずなのに、涙はまるで収まってくれそうになかった。


「涙は努力の証だよ。がんばったね恭司」

「追い打ちかけるなって……」

 そんな優しくされたら、いつまで経っても涙が止まらないだろ……

 お前の胸のなかは快適すぎるから、いつまでも留まりたくなっちゃうんだよ。



☆  ★  ☆



 突然の二週間の外泊をどう説明したものかと悩み、迷いに迷った挙句、俺はこれまで小波に隠れてやってきたことをすべて打ち明けることにした。


「そんな……お兄ちゃん、わたしのためにそこまで……」

 四年間、演劇にすべてを費やしたこと。

 それは、小波を普通の女の子だって証明するためだということ。


 明かせば罪悪感に駆られるだろうなと予期した通り、小波は眉を曇らせる。


「そう申し訳なさそうな顔するなって。俺にとって、小波はなににも代えがたい大切な存在なんだ。大切な妹のコンプレックスを払いたいって思うのは、兄として当然の心理だろ?」

「……ぅぅ、ううぅぅ……」

 涙をこぼすことなく、小波は泣きはじめる。


 前までなら〝でも〟とか〝わたしなんて〟と、自分の価値を否定する言葉が続いてたんだろうけど、今の小波は俺が小波を大切に想う気持ちを真摯に受け止めてるから、マイナスな言葉は待てども続けられない。


「成長したな小波」

 俯いて肩を小刻みに震わせる妹を、そっと胸に抱き寄せる。


「お兄ちゃんが小波は普通の女の子だって証明してやる。そのための、最高の演劇をこの二週間で完成させる。だから、二週間お留守番しててくれるか?」

「……ひとつ、わがまま言ってもいい?」

「もちろん」

「お兄ちゃんの演劇、最前列で観たい」

 どうだろう。最前列ってだいたい、評価担当のお偉いさん方を筆頭に、来賓だったり部の関係者だったりが席捲してるような気がするけど……

 というか、あいつと鉢合わせるんじゃ……


「わかった」

 まぁ、なんとかなるだろ。

 こういうのは大抵、気合でなんとかなる。情熱は最強だ(諸説あり)。


「約束だからね?」

「うん、約束する」

「わたし、お兄ちゃんの演劇で涙を流せるように頑張るね?」

 涙を流せるように頑張るだなんておかしな表現だけど、きっとそれは的確な表現で。


「大丈夫。頑張らずとも自然と涙を流せるよ」

 だって俺たちの作品は、小波のために瑠奈が脚本を書き、小波のために雛鳥とすももが演技し、小波のために俺が演出として立ちまわってできるものだから。


 だから、その想いが届かないはずがないんだ。

 俺は、ぽんぽんと小波の頭を撫でて微笑みかけた。


「じゃ、行ってくるな」

「うんっ。いってらっしゃいお兄ちゃん!」

 こうして俺は小波を説得し、思えばはじめて二週間もの長期間、小波と離れ離れになることが決まったのだった。


「それできーくん、なんでまた泣いてるの?」

「だってさぁ! 小波、大丈夫かな? ひとりで寂しくないかな? せめて今日くらい小波を学校に送って……」

「妹を学校に送ろうとする兄って実在したんだ……」

 すももは遠い目をしていた。

 なんだよ、お兄ちゃんが妹といっしょに通学路を歩いちゃおかしいかよ。


「そんなことよりきーくん、雛ちゃんと藤ちゃんが駅で待ってるから急ぐよ。既に待ち合わせ時間に二〇分遅れてるし」

「うわ、絶対瑠奈怒ってるよそれ……」

 あいつ、時間にうるさい性分だからなぁ。病院で作業してたときも、あらかじめ決めた予定通り行動してたし。

 計画的なのはもちろんいいことだけど、俺、柔軟性ってのもある程度必要だと思うんだ。


「瑠奈?」

 なんて言い訳もほどほどに、駆け足気味で足を蹴りだすと、隣に並んだすももがやや緊迫を孕んだ声色を漏らす。


「ん。藤沢の名前だけど、知らなかった?」

「ううん、それは知ってるけど……そっか、それは知らなかったなぁ」

「?」

 後者の『それ』はいったい、なにを指してるんだ?


 気心の知れた幼なじみ。

 だけど、全部が全部、言葉なしに伝わるわけではないのである。


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