第26話 幼なじみは知っている
「――ってわけなんだけど、ふたりとも、また手を貸してくれないかな?」
「手を貸すもなにも、俺は、恭司と縁を切ったつもりはねぇよ。あいつは唯一の美少女ゲームに理解のある健全な男子高生だからな。久松、青海さんに音源渡してやってくれ」
「はいはーい。やっぱり恭ちゃんのあれは一時の気の迷いだったんだね。どうやら賭けは俺の勝ちみたいだ。ね、門ちん?」
「は? 俺もそっちに賭けてたけど?」
「いやなに言ってんの。恭ちゃんが諦めて残念だーって言ってたじゃん」
「やんのか、てめぇこら」
「上等じゃん。そろそろ白黒はっきりつけようよ」
「喧嘩はやめようよ……」
そんなこんなで、一度はきーくんが軽音楽部に返した音源を取り戻して。
「ひーん。まだこんなにぃ~」
家庭部に軽音楽部。これだけ回れば十分かと思いきや、吹奏楽部に演劇部に職員室に生徒会室に……
きーくん、裏でこんなにがんばってたんだ。すごいなぁ……
「次は……吹奏楽部かなぁ」
こうしてきーくんのしてきたことをなぞってみると、彼のバイタリティが如何に桁外れなのかがわかってくる。
これに加えて周六でバイトまでしてたんだもん。そりゃ倒れるって。
学業を捨てて。自由に過ごせる時間を削りに削って。
それでもきーくんは、一切泣き言を吐かず、小波ちゃんのためにがんばってきた。
度がすぎるシスコン野郎と言ってしまえばそれまでだけど、妹が好きだからって理由でここまでできる馬鹿はきーくんの他にいないだろう。
それに、きーくんは元来、傷ついた誰かを前にして助けずにはいられない性分なのだ。
雛ちゃんの気弱な欠点を克服しようと努め、わたしはよくわかんないけど、きっと藤ちゃんにもなにかしらの弱点があって、その弱さにきーくんは寄り添っているのだろう。
そういう人間なんだ、わたしの知る岸本恭司って自慢の幼なじみは。
ふたりだけじゃない。
きーくんは校内で困っているたくさんの人を救ってきた。
だから、信望が厚いのだ。きーくんは無自覚に助けるから。
そうやって生まれた繋がりが、こうして時間差で彼を救っている。
誰かのために。
その行動原理が根底にあることに、きーくんは気づいていないのだろう。
とはいってもだ。頑張りすぎたらいつかきーくんが壊れてしまうと思ったから、わたしは彼の抑止力となることにした。
やりすぎな努力に制限をかけるために。
いつも全力疾走で危険な彼の補助輪になるために。
……そう自認していながら、今回はきーくんが精神的に限界だってことに全然気づけなかったんだけどさ。
幼なじみって関係は、基本的には有効に働いてくれて、だけどた~まにちょっぴり不便だ。
「ありがとうございました」
「お礼を言うのはこっちの方だよ。風高の吹部なんて知名度がほとんどないからさ。すごい演劇してぱーと知名度広めてきてよ」
「はい! まっかせてくださいな!」
それに、一生懸命なきーくんについていくのは楽しくてストレスにならないんだ。
だってさ、まったくの0から部を立ち上げたんだよ?
そんなこと、わたしにはとてもじゃないけどできないなぁ。
わたしは、きーくんががんばる姿を誰よりも近くで見てきたから。
だから、いつからか思ってたんだ。
きーくんの夢を絶対に叶えたいって。
「うん、わかった。ここだけの話、恭司くんが演劇コンクールを辞退するって話はすぐに無くなるだろうなって思ってたから、辞退したふりをしてたんだ」
「よかったぁ。……いや良くないか。アリス先生、ほんとうにご迷惑をお掛けしました」
「いいよいいよ、きっとなにかあってのことだろうし。恭司くんは頑張り屋さんだけど、全然自分を褒めてあげないし、つらくても抱え込んじゃう悪い癖があるから、〝彼女〟の青海さんが寄り添ってあげてね?」
「はい。褒めまくりますし、お悩み共有しまくります。彼女ではないですけどね」
「あれ、そうなの? てっきりふたりは付き合ってるんだとばかり思ってた」
「付き合ってないですよ。……ご近所付き合いは今年で十七年目なんですけどねぇ」
叶えてあげたい、ではなく、叶えたいって思ってしまうのがおもしろいところで。
叶えることではなく、きーくんと一緒に夢を叶えるってことに誰もが意味を見出してる。
自分にはなにもない、情熱しかないって本人は卑屈なことを言ってるけど、とんでもない。
きーくんには人を惹きつける天性のカリスマ性がある。
……カリスマ性っていうよりも人間性なのかな?
一生懸命な人を見ると、人は本能的にその人を応援したくなるから、そういう判官贔屓的スピリットが働いてるのかもだけど……まぁなんだっていっか。
とにかく、きーくんは魅力的なんだ。
だから、みんなついていく。
きーくんの情熱にほだされて、気づけば同じ目標を、同じ熱量で、志してしまっている。
「みっちゃん先生、話があります」
「ん、どした青海っち?」
「来週からなんですが――」
きーくんと同じ夢を志しているのならば、きっと四人の想いはひとつのはず。
わたしは、夢が実現する確率を少しでも上げるために、きーくんみたいな馬鹿をする。
「……なるほどなぁ。うわぁ、クッソ怠いけどジョージの長年の目標のためだもんなぁ。……っし、わかった、うちがなんとかする」
「ありがとうございます」
「それで、演劇サークル部ってジョージと青海っち以外に誰がいたっけ?」
「二年A組の藤沢瑠奈さんと一年C組の雛鳥星さんです。那須あげはさんは……演劇部の方で忙しいのでこの件から除外して大丈夫です」
「ほ~い。……いや待て。男一の女三? え、これ大丈夫なの?」
「平気ですよ。きーくん、わたしたちのこと異性として認識してないんで」
「そ、そっか。……なんかごめんね? その笑ってるけど目が死んでるのやめて。めちゃこわくて泣いちゃいそう」
アリス先生とみっちゃん先生と話をして。
「ふむ。了解した。私の手が必要になったらいつでも呼んでね」
「ありがとうございます、咲崎会長」
咲崎会長とも話をして。
これですべてのクエスト達成だ。
校舎から出て、う~んと背中を伸ばすと、空は茜色に染まっていた。
吹奏楽部の奏でる音色。運動部の掛け声。
青春の音色に耳を傾けながら、わたしはそっと目を閉じ、大切なカチューシャを撫でる。
「髪を伸ばしたいから、だったかな。ほんと、なんでそんなでたらめを信じちゃうかなぁきーくんは」
形式上は小波ちゃんからの誕生日プレゼント。
正式には〝きーくんと小波ちゃんのお小遣いを合わせて買った〟誕生日プレゼント。
「大切な人がくれたものだから、わたしは肌身離さず大切にしてるんだよ?」
あの日のことは今でもよく覚えている。
きーくんはプレゼントを用意できなくてごめんって、何度も土下座していた。
……今と変わんないなぁ。きーくんはいっつも、誰かのために土下座してばっかり。
小波がプレゼント代の入った財布落としちゃってさ、それで俺と小波、合わせてひとつのプレゼントになっちゃったけどいいかな?
……って、素直に言えばいいのに。
「ほんと、きーくんはいつも優しすぎるんだよ」
自分勝手に押しつけるのは良くないって言うけどさ、ちょっとくらい見返りを求めたっていいんだよ?
なにがあっても、わたしは最後まできーくんの味方でいるよ?
きーくんが頑張ってきたことも、ものすごくお人好しだってことも、わたしは知ってる。
幼なじみとして誰よりも近くにいたから、わたしは彼の事ならぜんぶ知ってるんだ。
「そんなきーくんのことが、わたしはずっとずっと大好きだよ」
それが〝ひとりの男の子として〟大好きだってことに彼はずっと気づいてくれないけどね。
そのくせ『俺はすもものことならなんでも知ってるぜ?(キリッ)』ムーブをかましてくるんだから、ほんとなんだかなぁ~って感じだよね。
……こういうのは、男の子の方から女の子にアプローチするものだとモモさんは思うのです。
決してモモさんが日和ってるわけではないので、そのへんはしっかりとご理解ください。




