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星色Tickets  作者: 風戸輝斗
第四章

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第25話 巣立ちの時

 さすが俺のほし。

 そう言ってせんぱいが微笑むたびに、わたしは嬉しくなって、自分は誰かを照らせてるんだって自信を持てて。

 そして少しずつ、わたしは気弱な性格を克服していった。


「おはよう星ちゃん。昨日は随分と帰りが遅かったみたいだけど、夜遊びもほどほどにしなきゃダメよ?」

「うん。……おはよ、おかあさん」


 せんぱいは言った。わたしには、はじめからそうすることができたって。


 そんなはずがなかった。

 だってわたしは、せんぱいと出会うまでなにもできなかった。 


 自分のほんとうにしたいことを口に出せないわたしに、夢を抱く資格なんてない。

 自発的に声を掛けられず、いつも受け身に徹するわたしに、友達を作る資格なんてない。

 胸のなかにいるもうひとりのわたしが、いつだってわたしをこき下ろしていた。


「どうしたの星ちゃん? なんだか今日はどんよりしてるね?」

 動きたいけど、動けない。

 がんばりたいけど、勇気が出ない。

 その葛藤はやがて諦めに転じ、そんな暗闇のなかで突然太陽は現れた。


「そうかな? へへ、五月病かも」

 その太陽は土下座したり罵られたりでまったく誇らしいことをしていないはずなのに、それがわたしにはひどく眩しく見えて。


 あぁ、あんな風に感情に素直に生きられたらなぁって。

 羨望のまなざしを向けてしまって。


「五月病って、もう七月よ? ほんと大丈夫? 学校休んだ方がいいんじゃない?」

「だいじょぶだいじょぶ、全然元気だし」

 そんな憧れの存在がわたしを認めてくれたから、わたしは自信を持てるようになった。


 だからね、せんぱい。

 せんぱいがいなきゃね、わたしはいつまでも巣立ちできない、雛鳥のままだったんだよ?


「……ねぇ、おかあさん」

 今みたいに、自分の意志を親に告げることもできなかったんだよ?


「ん。どうしたの星ちゃん?」

 だからせんぱい、次はわたしの番なんだ。


「わたし……さ、その……」

 こわい。

 こわくてこわくて、このまま逃げ出してしまいたい。


「星ちゃん?」

 逃げるのは簡単だ。これまで逃げてばかりの人生だったから、逃げることが如何に簡単で、そしてどうしようもなく情けない選択なのかよく知ってる。



『大丈夫。俺のほしならできるよ』



 けど、わたしはもうあのときのわたしじゃない。


「……おかあさん。わたしね、ずっとおかあさんに秘密にしてたことがあるんだ」

 今のわたしは、自信をもって自分の意見を述べることができる雛鳥星。


「秘密?」

「うん。わたしね」

 そして、せんぱいのおほしさまの雛鳥星だ。

 

 顔をあげ、わたしは現実と真っ向から向き合う。


「演劇の世界でおほしさまみたいに輝く女優になりたいんだ」

 たいせつな人の夢のために。たいせつな人の笑顔のために。

 わたしは変わるんだ。変わってみせるんだ。


 せんぱい、わたし、絶対に小波ちゃんを泣かせてみせるよ。

 だからさ、その願いが叶ったら……


 なんて、まずは目先の目標に集中しなきゃ。


「本気で言ってるの星ちゃん?」


 この壁が高く険しいものだってことは、挑戦する前からわかっている。



☆  ★  ☆



「んんっ。ふあああ~……うおっ!?」

 起床してまもなく腹部に重みを感じて視線を向けると、瑠奈がすぅすぅ寝息を立てながら、まるで机に突っ伏すかのような姿勢で、ノートパソコンを枕代わりにして眠っていた。


「起こしてくれればベッド譲ったのに……。そんな体勢で寝たら身体に悪いぞ」

「んんっ」

「……ほんとうに俺が退院するまで側にいるつもりなんだな」

 学校に行く気もないのだろう。だってもう、登校時間過ぎてるし。


 と、枕の横に数十枚の紙が積まれていることに遅れながらに気づいた。


「……ほんと、お前って奴は」

 手を伸ばして、絹のように艶やかな黒髪を優しく撫でる。


「ありがとう瑠奈。努力家でお人好しのお前を選んでほんとうによかった」

「……えへへ」

 親に褒められた子供のように、瑠奈はあどけない笑みを浮かべる。

 楽しい夢でも見てるんだろうか。そうだといいな。


 俺のために、こんなにもがんばってくれたんだ。

 どうか、彼女に健やかなひとときが訪れていますように。


「失礼しま……失礼しました。ごゆっくり朝の営みを」

「え? ちょ、違いますよ看護師さん! 俺はただ、労ってただけで……!」

 いや、入院患者が面会者を労うってどんなシチュエーションだよって話だけどさ。


 その後、看護師さんに話を聞いたところ、俺は明後日には退院できる状態にあるらしい。

 今日は木曜日。明後日は土曜日だから、放課後に演劇の練習をはじめられるのは、早くても来週の月曜日からになってしまう。


 演劇コンコールまで残すところ二週間。

 果たして、二週間で演劇が仕上がるのだろうか。


 ……ま、未来を憂いても仕方ないよな。

 まずは、瑠奈と最高の脚本を完成させることに全神経を集中させよう。


「では私はこれで。あと岸本さん、部屋にふたりしかいないからって羽目を外しすぎないでくださいね。熱がぶり返す可能性がありますし、なにより忙殺されて破局した看護師さんが修羅を燃やしてなにをしでかすか、私にも想像がつきませんから」

「その……毎日お疲れさまです」


「そう気の毒そうにしないでください。私は、男なんて所詮は情欲に渇望する野獣程度にしか思っていないので」

「そ、そですか。はは、ははは」


「なにかおかしなことでも?」

「いえ、特には……」

 初入院だからよくわからないけど、最近の看護師さんってこんな威圧的なの?

 病院にいるのに、病院送りにされそうなんだけど……


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