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星色Tickets  作者: 風戸輝斗
第四章

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第24話 星色Tickets

 すももと雛鳥がいなくなると、途端に部屋はしんと静まり返る。


 頬を撫でる夜風と仄かに差し込んだ月明りが、やすらかな一時をもたらす。

 ほんの数時間寝ただけだけど、俺の熱は完全に引いていた。

 まぁ高熱に侵されてたら雑談に興じる余裕なんてないよな。


 俺は、突発的な高熱に侵されて緊急搬送されたようだ。

 原因は過労。俺が寝付いている間に、小波が医師からそう告げられたそうだ。


 過労か。いつかはこんな日がくるかもと思ってたけど、まさかほんとにくるとは。

 これから演劇に本腰を入れるにあたって、バイトの数は少し減らさなくちゃな。


 ……と、忘れてた。店長にお礼のメールを送らなきゃ。

 そう思って、スマホを手に取った直後だった。


〝ブルブル〟


 スマホが激しく震えている。

 そこには俺がもっとも嫌う十一桁が躍っている。


「いい加減、俺が出ないって学べよ」

 スマホを放り投げ、煩わしい音色が息絶えるまで待つ。


 二カ月に一回くらいの頻度でかかってきていた迷惑電話が、最近は二週間に一度のペースでかかってくるようになっている。もちろん応じたことは一度だってない。

 十一桁は、今日もしつこく三〇秒ほど俺の応答に期待する。

 完全に沈黙したところでスマホを手に取り、メッセージアプリを開くと、突如軽快な音色が画面から流れてきて、俺は半ば反射で画面を押してしまった。


『あ、秒で出た。岸本、身体大丈夫そう?』


 あげはちゃんの声だ。

 ささくれ立っていた感情が凪ぐ。俺はスマホを耳に近づけた。


「うん、もう平気。少し過労が祟ったみたい」

『よかったぁ~。いやぁごめんね? あたしもすももちゃんから連絡もらったからいっしょにお見舞いに行きたかったんだけど、妹たちから目を離せなくってさ』


 まず小波からすももに伝わって、すももからみんなに情報が伝わったってわけか。


 ……あげはちゃんに伝わってるってことは、当然藤沢にも連絡は届いてるよな。

 だけど、見舞いに来ていないし、連絡もないってことは……そりゃそうだよな。俺、あんなひどいことしちゃったんだし。きっと呆れられて軽蔑されてる。


『体調もまだ万全じゃないだろうし、岸本が無事だってことさえ確認できれば充分だから今日はこれくらいで電話切るね』

「あ、待ってあげはちゃん」

『ん、なに?』

「俺が退院したら演劇サークル部を再始動する。つい二日前に、部を解散したからもう協力しなくて平気って伝えたばかりだけど、また俺に手を貸してくれる?」


『あはは、手を貸すもなにも、あたし演劇サークル部が解散したなんて一瞬も思ってないし。岸本は知らないだろうけどさ、すももちゃんも雛鳥ちゃんも、演劇サークル部の活動が止まってからの三日間、演劇部に混じって練習してるんだよ?』

「……」

 ふたりとも、さっきはそんなこと一言も言ってなかったじゃん。


『藤沢さんも、どうすれば岸本と仲直りできるかってあたしに相談しに来た。誰も岸本の夢を叶えることを諦めていなかったんだよ。もちろんあたしもね?』

「……報われてるなぁ俺って」

 そういう大切なことは、ちゃんと話さなきゃじゃん。


『そうだね。美少女ばかりに後押しされてて、まるでラブコメの主人公だよ』

「偶然だけどね」

 ずびっと洟をすすって言い返す。

 この場に小波がいなくて良かった。妹にこんな情けない泣き顔は見せられないから。


『岸本、みんなで妹ちゃんの涙を引っ張り出そうね』

「うん。ほんとうにありがとう」

『いいってことよ。それじゃ岸本、今日はゆっくりおやすみ』

「おやすみ、あげはちゃん」

 電話を切り、店長にお礼のメールを送信する。

 その時にはすっかり激情の波が去っていた。


「……ふう」

 これで今日やり残したことはないだろう。

 あとは、早く復帰して、まずは藤沢に謝りにいって……


「体調はどう?」

 その声は、無人であるはずの隣のベッドから聞こえてきた。


 パーテーションで仕切られた隣のベッド。

 そこにぼんやりと人影が浮かんでいる。


「てっきり、お前は来てくれないと思ってたよ」

「部長が倒れたとなればお見舞いにくるのが部員の務めでしょう?」

 パーテーションが開き、隣のベッドに隠れていた人物が姿を見せる。


 月明りを吸い込んだ濡羽色の髪が、夜風に靡いてそよと揺れる。

 そこには俺の期待した通りの人物が――仲たがいしたはずの脚本家がいた。


「いつからいたんだ?」

 いつもと変わらない風宮高校の夏服姿の藤沢は、ベッドから降りて、ベッドの脚に立てかけられた通学カバンを手に取り、ゆったりした足取りで俺のベッドに近づき、ベッドの前で足を止め……ベッドベッドしつこいなもう。


「そうね。『お兄ちゃん?』『小波か?』の辺りからかしら」

「冒頭からじゃん」

 ずっと隣のベッドに隠れてた……わけないよな。マジでいつ入って来たんだ?


 俺のベッドの横に折り畳み椅子を立てて、藤沢は部室で過ごすときと同じように、腕と脚を鷹揚に組んで話しかけてくる。


「まぁずっと部屋の外でひとり寂しく、それはもう、想い人にこれっぽっちも相手にされないエポニーヌのように聞き耳立てていたわけなのだけどそれはさておき」

「なんかごめんな?」

 あとエポニーヌを負けヒロインみたく扱うのはやめよう? あながち間違ってはいないけど。


「別にいいわよ。卑怯でおまけに勇気を出せなかった私が全面的に悪いもの」

「卑怯で勇気を出せなかった?」

「こっちの話だから気にしないで。それで本題だけど、恭司くんが退院するまで私もこの部屋で寝泊まりするから」

「……え?」

 その驚きは、藤沢の今後の予定ではなく、当然のように紡がれた主語に対して漏れ出たもので。


「ようやくターゲットがわかったから、これであなたの求める作品が完成するはずよ。隣でかちゃかちゃ作業するけれど、恭司くんは構わず寝ててくれていいからね」

 恭司くん。

 それは藤沢が脱稿直後に、一度だけなにかの弾みで口にした呼称。


「月明りって便利よね。眩しすぎず暗すぎず、適度な明るさでまさに深夜の執筆にお誂え向きって感じ。恭司くんもそう思わない?」

 やっぱり藤沢は、その違和感しかない呼称を当然のように口にしてる。

 そして、当然のように微笑みかけてくる。


「……なあ藤沢」

「さすがに気づくか。……えっと、これはね?」

「怒ってないのか?」

 藤沢が狼狽する場面なんてほとんどないから、ここで揶揄えば彼女のもっとおもしろい一面が見られたのかもしれないけど、それよりも今、俺にはすべきことがある。


「三日間前に俺が言ったこと、怒ってないのか?」

 それは謝罪。

 藤沢は平然と接してくれているけれど、俺は一度、彼女を傷つけた。

 それも、彼女がもっとも忌むやり方で。


「……ほんっと、恭司は超がつくくらいにお人好しなのね」

 浅いため息を漏らし、藤沢は困ったように微笑む。


 恭司くんではなく、恭司。

 岸本恭司、呼び方ティア表なるものがあるのなら、間違いなく最高位にある呼称。


「人は誰だって、感情的になったら誰かを傷つけるようにできてる。だから、恭司がしたことは生物学的本能に基づけば至極当然のことよ」

「でも……」

「そうね。妹さんのことを隠していた件は非難すべき内容よ。だってそのせいで、大勢の人に迷惑をかけてしまうんだもの」


「……ごめん」

「知ったところでみんな否定なんてするはずがないのにね。そこだけは恭司の誤算よ」

 口早に言い切ると、藤沢は、鞄からノートパソコンを取り出して太ももの上に置く。


 その姿を見れば嫌でもわかる。

 藤沢はまだ、やる気なんだって。


「……ありがとう。ほんとうに、ありがとう……」

「さっきから泣いてばかりね。約束したじゃない、恭司の夢を叶えるって」


「……それでさ、いつから俺は忸怩くんから恭司に昇格したの?」

「知らないの? クリエイターの世界では少しでも会話の時間を減らすために、呼称を削れるところまで削るものなのよ。我ながらめちゃくちゃ言ってるわね」

「なるほど。……ほんと、瑠奈はなんでも知ってるんだな」

「っ!? ……ずるいって、不意打ちは」


「どうした瑠奈?」

「……べつに。恭司が思ったより矜持に溢れてることに驚いただけ」

「?」

 つまり、どういうことだ?


 ま、なんにせよ藤沢……じゃなかった。

 瑠奈が上機嫌なのはいいことだ。


 恐らく本人は気づいていないだろうけど、俺には耳まで真っ赤にした瑠奈の顔が、ノートパソコン画面からの光のおかげではっきり見えてる。

 名前で呼ばれることに慣れてないんだろうな。

 ほんと、強がりで可愛い奴。


「瑠奈」

「なに。呼んだだけとかだったらはしゃぐわよ」

「あ、怒るんじゃなくてはしゃいじゃうんだ。……俺、見つけたよ、理想とする演劇」

 瑠奈がキーボードを打つ手を止めてじっと俺を見つめてくる。


 なんとなく、それは俺のすぐ近くに転がっている気がしたけど、やっぱり思った通りだった。

 緊急搬送されてから、小波と話し、すももと話し、雛鳥と話し、先輩と話し、瑠奈と話し。


 みんな俺の大切で、優劣をつけることができない宝ものだと気づけた。

 そのことに気づいたとき、足元に落ちていた星色のチケットが光を放ちはじめた。


「俺は〝俺たちの演劇に関わってくれたみんなを幸せにする演劇〟がしたい」


 小波が幸せの海に溺れて涙を流して。

 みんなの胸にも幸福の花を咲かせて。


 それが、俺の理想とする演劇。

 みんなの支えがあってはじめて実現できる、最高の演劇。


「無茶言ってくれるじゃないの」

 瑠奈は苦笑している。当然の反応だろう。注文している側の俺も、それがどれだけ難しいことかは説明されずともわかってる。


 だけど、俺は信じてる。

 瑠奈ならそんな無茶難題を叶えてくれるって。


「頼めるか?」

「当然。私を誰だと思ってるの」

 ほら、やっぱり。


「私は、演劇サークル部脚本の藤沢瑠奈。そして、あなたのおほしさま、その一の藤沢瑠奈よ」

「頼りになりすぎるなぁ」

 ありがとう瑠奈。


 もう絶対、瑠奈を傷つけるようなことは言わないから。

 もう二度と、瑠奈を手放しはしないから。




「……あのさ恭司」

「ん」

「その、じっと見られてるとやりづらいんだけど」

「あぁ、ごめん。つい見惚れちゃって」


「……そ。ならいいわよ、見てても」

「瑠奈って、思いのほか押しに弱いよな。恋愛とかコロッと落ちそう」

「それはないわよ。だって既に落ちてるもの」

「……へ、へぇ~そうなんだ~……」

 え? 瑠奈に恋愛感情を向けるような相手いたの?


 でも……そっか。

 瑠奈も人並みに恋して、普通の女子高生してるんだなぁ……


 にしても誰だ? 

 瑠奈に好意を向けられるなんて、そいつ果報者すぎだろ。

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