第2話 総部員数2人の演劇サークル同好会
「というわけで、明日の五時までに役者が必要だから、早起きして部員募集手伝ってくんない?」
ところ変わって、演劇サークル同好会の部室。
より細かく言えば、旧校舎の二階。
「いやいや……え、冗談でしょ?」
廊下に反射した夕陽が室内を仄かに照らし出し、どことなくムーディな雰囲気が漂う部室に、場違いもいいところの焦燥を孕んだ声が響く。
「あの、難攻不落の藤沢さんを攻略したっていうの?」
そう口にする彼女は、大きな瞳をぱちぱちと瞬かせ、言葉なく信じられないと訴えてくる。
「うん。役者を見つけたら脚本として参加してくれるってさ」
「はへぇ~」
「なんだよ。天変地異が起こったみたいな顔して」
「だって天変地異なんだもん。『藤沢は綺麗好きなんだ。春休み中に部室のインテリアが潤ったからスカウトしてくるぜ(キリッ)』って勢いまかせに部屋を飛び出して、その流れでばったり出会えただけでも奇蹟なのに、話をした結果、条件を満たせばサークルに参加してくれるって表明までしてきたと?」
「キリッとかしてないが?」
お前、俺のことナルシストだと思ってんの?
「やぁね、奇蹟がこうも連鎖するたぁ、こいつぁ今年度モモさん史上最高クラスの衝撃ですよ」
「ねぇ話聞いてる? というかお前、俺のこと応援してた癖に信じてなかったんだな」
「まね。正直このままふたりでほのぼの駄弁るのが日課になって、段々本来の目的を忘れるんじゃないかな~って思ってたよね」
「あ、ここはちゃんと聞いてるのね。俺、お前がわかんないよ」
「まさかそんなこと思うわけないよ! まったく失礼な!」
うおっ、びっくりしたぁ!
机を勢いよく叩いて立ち上がり、彼女はグッと拳を握りしめる。
「ほんっと、きーくんの毎日の努力をなんだと思ってるんだか!」
「いや現在進行形で貶してたのお前だからな? てか、誰視点でキレてんの?」
「……ふぅ。とまぁこんな感じで。どうかな? 役者試験合格?」
と、つい今までの怒髪天を衝くようなオーラが一転、平素と変わらぬぽわぽわしたオーラを纏いはじめる。
その変化はあたかも名女優……
「合格もなにもオーディションを開始した覚えはないんだけど?」
なんて言うのもおこがましい二流芝居だった。
声の起伏が変わらなければ、表情の変化も眉根が若干寄った程度。
その変貌と呼ぶに値しない変化を『怒髪天を衝く』なんて仰々しく表現した演出は、才能がないから船から降りた方がいいと思う。
ちなみに俺のは幼なじみ補正。
「なんだよー、つれないきーくん。ふんだっ」
にべもない対応をする俺に呆れたのか、頬を膨らませてそっぽを向く名女優(笑)。
童顔も相まって、そのふてくされた横顔はまさしく子供だ。
「俺はお前のテンションについていけねぇよ……」
人心地つけたところで、遅ればせながら彼女の紹介といこう。
青海すもも。
前述した通り、俺の幼なじみにして、副部長(予定)にして、副監督(予定)にして、雑務全般(予定)の、数少ない……というか、現段階では唯一、演劇サークル同好会が演劇サークル部に昇格した後も入部が確定している同級生である。
ポジティブに言えば、エキセントリック。
ネガティブに言えば、クレイジー。
要するに、すももの言動はまるで予測がつかないのである。
その最たる例は、中学生の頃から彼女が愛用しているカチューシャだろう。
『髪を伸ばしたいから、カチューシャをつけはじめたんだ』
背後に夕焼けを背負って照れ混じりにそう口にした彼女は、しかしあの日から今に至るまでショートヘアである。
では、何故カチューシャをつけているのか。
「突然だがすもも、お前はなんのためにカチューシャをつけてるんだ?」
「ほんと突然だぁね。んとね、髪を伸ばしてると前髪が邪魔になるからだけど?」
「異議あり。けどお前、一度だってロングになった試しがないじゃないか」
「異議あり。だって髪長いと面倒だも~ん」
「お前、たった二言で矛盾してるって自覚してるか?」
「もちもち」
カチューシャを撫でつつ、すももはへへっと幸せそうな笑みをたたえる。
その表情は思春期心をくすぶられて直視するのに難航しちゃうんで、今後は無しの方向でお願いします。
「きーくんや。人生は二律背反なのじゃぞ。いい加減気づいてもいいんじゃないかなぁ」
「いや二律背反とかそんな哲学な返答は求めてないから」
「あ~、そっちに食いついちゃうかぁ。まぁきーくんだもんなぁ。ま、いいや」
「えと、何に対する諦め?」
時折会話が嚙み合わなくなることもあるが、基本的にはムードメイカーかつ聞き上手なので、すももは人脈が広く大勢の友達がいる。
なんといっても、すももは常に明るいからな。いっしょにいて楽しいから、意識せずとも人とのつながりが形成されていくのだろう。
そんな元気いっぱいが魅力なすももは、机に両手で頬杖をつき、アンニョイな息を漏らす。
「にしても明日の五時までに役者確保かぁ……あ、モモさんいるじゃん。なぁんだ余裕で条件達成じゃんよ」
「羨ましい幼なじみはノーカウントだってさ」
「羨ましい幼なじみ?」
「数分前の俺とまったく同じ反応してるな」
なんぞそれ? って感じだよな。
「つまり、今この部屋にいない三人目が必要不可欠ってわけだ。新入生に演劇やってる子いないかなぁ」
「いや、いても演劇部いくっしょ普通に。え、待って待って、余裕で詰んでるじゃん。さては無理ゲーなのでは?」
「実際かなり厳しい状況です」
「ご愛読ありがとうございました。岸本恭司先生の次回作にご期待ください」
ぺこりと律儀に一礼。
「勝手に打ち切るな。……嘆いたってしょうがない。役者を見つけ出すっていった以上はなんとしても見つけ出すしかないだろ」
昔から俺には叶えたい夢がある。
その夢を叶えるためには、藤沢を仲間にし、演劇サークル同好会を演劇サークル部に昇格させ、演劇コンクールの地区予選に出場する権利を勝ち取る必要がある。
ここまでやって、ようやくスタートライン。
打ち切りどころか、俺の夢はまだはじまってすらいないのだ。
「さいあく俺がバイトで稼いだ金を積んで期間限定の部員になってもらって……」
「やめんしゃい」
非倫理的な計画を検討する俺に、すももが手刀を見舞ってくる。
「ま、藤沢さんと約束しちゃった以上はやるしかないよねぇ。……よしっ。うだうだ言ってもしゃーないから、早速モモさんの人脈を駆使して脈ありの新入生を探ってみるか!」
「すももさん、マジ天使」
「知ってる。きーくん、この後バイトっしょ? バイト終わりにいい連絡送れるように、モモさん全力全開でがんばるね!」
週五日、俺は小さな書店でバイトしている。これから演劇活動に力を入れるってなったら、このびっしりなシフトも見直さなくちゃだな。
俺は鞄を肩に引っ掛け、ソファに体操座りしてスマホをスイスイする幼なじみの背中に声を掛ける。
「じゃバイト行ってくる」
「うぃー。いってら~」
「ありがとなすもも。いつも感謝してる」
すももはぴたと手を止め、俺を振り返ってニカっと笑った。
「モモさんはきーくんの幼なじみなので。夢を共有して叶えたいって思うのは当然の成り行きでしょ?」
「当然の成り行きではないと思うけどなぁ」
すももだから、華の高校時代を潰して俺の無謀な挑戦に全投資してるってだけで。
部員を募集するときも、部室を確保するときも、いつだって俺の隣にはすももがいた。
相変わらずな結果にいっしょに嘆いて、駄菓子を食べつつ他愛無い話をして帰路をたどった。
「……絶対お前の努力を無駄にはしないから」
覚悟がよりいっそう強まる。
俺を応援してくれる人たちの期待に応えるためにも、こんなところで二の足を踏んではいられない。




