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星色Tickets  作者: 風戸輝斗
第三章

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第19話 労いと違和感とサービスタイム

「ふたりともお疲れさま。ほら、差し入れだ」

 一本は雛鳥に、もう一本はすももに向けてスポーツドリンクを軽やかに投げる。


「っとと、ありがとせんぱい」

「さすがは部長。気が利きますなぁ」

「これくらいしか俺にできることはないからな。最近、放置してばっかでごめんな?」

 ここ一か月、脚本と下準備で手一杯だったから、ふたりの練習はほとんど見れていない。


 雛鳥は言うまでもなく天下一品の技術を兼ね備えているし、すもももすももで、やればできる奴だからな。放置は信頼の裏返しとも言える。


「いいよいいよ。せんぱいは下準備で忙しいもん。それにわたし、ひとりに慣れてるし」

「さらっと自虐する悪癖は直そうな?」


 ふたりは、基本的に校舎裏で練習に励んでいる。

 雛鳥曰く、庇で日差しが遮られて、広々と動きまわれて、声があまり響かないこの場所が、校内でもっとも練習に適しているとのこと。


「おっ、その手に持っているのはもしや、脚本の完成稿ではないですかな?」

「ご名答。ついさっき、藤沢が書き上げた最終稿だ」


「おぉ! わたし、一読者として物語の結末がどうなるか超楽しみだったんだよ~!」

「わたしも見たいです!」

「もちろんふたりの分も刷ってきたぞ」

 ふたりにプリントアウトした原稿を手渡し、段差に腰かけて目を通す。

 完成稿に目を通すのは、俺もこれがはじめてで。


「アリシアぁ……」

 開口一番、漏れ出た言葉にはどこか既視感があるけど、今、俺の胸を締め付けている感動は、あの時とは比べものにならないもので。


「うぅ……せんぱいが多感すぎるのかなと思ってたけど、たしかにこれは……アリシアぁ」

 これが、鬼才と謳われる藤沢瑠奈が書き下ろした脚本。


 そりゃこのレベルなら連続受賞して当然だよなって、素人目にも思ってしまう。

 だって、戯曲形式でキャラクターの葛藤がここまで伝わるなんて普通はありえない。


「そっか。クレイシアはアリシアを救済しないのかぁ」

 と、唯一、アリシアの死というラストに着目せずに、サブヒロインの予想外の動向に唸っているのは、クレイシア役を演じる予定のすもも。


「クレイシアは振られて、アリシアは恋が成就しないまま命を落として、シュピレシアは哀しみのどん底に落ちた後に自害して。……これってどうなの監督?」

 すももが疑問を覚えるのもわかる。

 仮にこれがエンタメ作品なら、間違いなく企画落ちするだろう。

 視聴者は、基本的にハッピーエンドを求めているから。


「過程も含めて、悲劇としてみれば非常に完成度の高い作品だと思うよ。事実、読者はクレイシアかアリシアか、どっちかに傾倒してるし」

 けど、俺たちがするのは演劇だ。

 エンタメに分類されるかもしれないけど、エンタメとはちょっと違う。


 だから、悲劇だって許されるし歓迎される。幼稚園児がロミオとジュリエットを演じているのが、悲劇が広く大衆に受け入れられているなによりの証だろう。

 ……ちょっと暴論かこれは。


「そっか。……ならいいのかな」

 肯定したにもかかわらず、依然としてすももは眉を曇らせている。


「どうした? なにか不服なことでもあるのか?」

「ん。いやぁ、戯曲オタが歓喜してるだけなら考えものだなぁって思ったけど……ま、雛ちゃんのウケもいいなら問題なさそうだね。あとは関ヶ原まで驀進するだけだっ! 驀進驀進!」

「……ならいいんだけどさ」

 幼なじみという関係は便利で、そしてたまに厄介で。


 言葉を交わさなくても、大抵の想いを通わせることができる。

 それは利点しかないように見えて、時には弊害をもたらす不穏因子にもなり得る。


「どうしたのせんぱい?」

 と、声の先に意識を凝らすと、立ち上がった雛鳥が俺の顔を覗き込んでいた。


「……ちょっと考えごと」

「へぇ、ひとりで抱え込むなんてせんぱいらしくないね。わたしでよければ、いつでも相談してよ。力になれるかはわからないけど、少なくとも気持ちは楽にはなるだろうからさ」

「雛鳥、お前……」

 成長したなぁ……なんて親みたいなことを思いつつ、隣で指を絡めて頭上に伸ばす雛鳥を見上げると、偶然にも服と肌の間に生まれた隙間からへそ。そして白いブラ……


「っし、じゃあふたりの稽古風景を見せてもらおうかな。さぁ! 俺を感動させてみろ!」

「いや立ち上がった意味よきーくん。座ってなさいな」

「いいや、役者と演出は一連托生! 俺には不動明王の如く仁王立ちしてふたりを見守る義務がある!」

 そう、決して眼福なんて思っちゃいけない。

 そういう邪な考えが部の空中分解を誘致するんだってあげはちゃんも言ってたし。


「うん。その姿勢は立派だと思うよせんぱい」

 と、隣から見上げてくる雛鳥は屈伸運動をしていて、動くたびにちらちらと服と肌の間に生まれた隙間から思っていたよりも大きく立派なふたつの膨らみが……


「……成長したな雛鳥」

 敗北を意味する言葉を吐き出し、俺は、雛鳥の両肩を掴み噛んで含めるように言う。


「だが安心しろ。俺はおおかみじゃない。後輩の下着が見えたって絶対に発情しないから」

「後輩の下着? ……あっ」

 からかっているとばかり思っていたのだが、どうやら不慮の事故だったようで。


 雛鳥は、みるみる顔を真っ赤に染め上げていき、片手で胸を覆いながらきっと俺を睨み据えてくる。

「せんぱいはやっぱりおおかみです……!」

「知らんがな」

 謂れのない飛び火だった。


「きーくんさぁ、そういうことは思っても言わない努力しようよ」

「なに言ってる。仲間内で隠しごとはダメだろ」

「どの口が言うんだか……」

 なに呆れてるんだこいつは、と思ったけど、そういえば堂々と隠しごとしてるよな俺。


 でもまぁ、大した問題でもなさそうだし、明かさなくても大丈夫だろう。


 小波が涙を流して、演劇コンクールの地区予選で優勝する。

 どちらも叶えれば問題なしだ。

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