第16話 今日はちょっとだけご褒美を
はじめて藤沢と図書館で会話した初夏の情景が脳裏を駆け巡る。
この日を境に、冷房の効いた図書館でたまに話をするようになって、セミの鳴き声がすっかり聞こえなくなった秋に藤沢が不安げにカキヨムに作品を投稿したと告げてきて、彼女の前で『青と恋情』を読んでいたく感動した俺は、熱烈なレビューを投じたファン一号になって。
……もう一年か。
すっかり長い付き合いになっちまったなぁ。
自分に厳しく、妥協を許さず。
そうやって努力を惜しまない姿勢は立派だけど、とはいえども限度がある。
「ところで藤沢。駅の周辺にある一日限定二〇食しかないパフェって知ってるか?」
適度に息抜きしないと、人間はいとも簡単に壊れてしまう。
そうならないように脚本の健康管理をするのは、部長兼監督である俺の仕事だ。
「いきなりなんの話よ。那須さんとののろけ話ならまた今度にして頂戴」
「あれ、どうしてあげはちゃんと行ったってバレてるんだ?」
「ふぅん。行ったんだ。ふたりきりで。カップルを装って」
藤沢がジトっとした視線を突き刺してくる。
……もしかして、今のってはったりだったり?
「……あー、それはともかくだ。今から一緒にいかないか? 今伝えたパフェを食べに」
「「「え?」」」
藤沢だけ誘ったはずが、返ってきた返事は三人分。
奇異と好奇の入り混じったまなざしがふたつ、窓際から向けられているが、構わず続ける。
「ほら、頑張った自分にはご褒美をあげなきゃ。そっちの方が後々効率もいいだろ?」
「でもあのスイーツ店、カップルしか入店できないわよ?」
絶えずキーボードを打っていた手が止まり、眠そうな瞳が俺に据えられる。
よし、食いついた。
「なら半日だけ俺と恋人になればいい」
あげはちゃんともそうやって、カップルを装って入店した。
割引がどうこう言ってたけど、そもそもカップルしか入店できないと知ったときは驚いたもんだ。カップル以外入店禁止とか言いつつ、なにか証明する必要もないんだけどさ。
「お、おぉ、なんとも大胆な……」
「せ、せんぱいってやっぱりおおかみ……」
すももと雛鳥は新鮮な反応をしてくれるが、藤沢は疲れ切っているからか、いつものように毒舌を振るってこない。
「うん、いきましょ恭司くん」
相当疲れてんなぁ……なんて思ってたら、めちゃくちゃ上機嫌に声を弾ませ、にこにこ微笑みながら、藤沢は俺の誘いを快諾した。
というか、今、恭司くんって呼ばなかったか?
はじめて下の名前で呼ばれた気がするんだけど……えっと、誰だこの子?
「え、えと……じゃあ、一旦作業やめよう?」
「するわけないじゃないそんなもったいないこと」
と、つい数秒前まで脚本に向けていた情熱が幻であったかのように、藤沢は、パソコンを手早く畳んで、さっさと鞄にしまってしまう。
えっと、誰だこの子?
いつでもどこでも悠揚迫らぬ態度で構えるのが、藤沢の藤沢たる所以じゃないのか?
「ほら、早くいきましょ。一日二〇食限定なんでしょ? 急がなきゃ売り切れちゃう」
「あ、ああ。……なにポカンとしてるんだ、ふたりとも。ふたりもいくんだぞ」
「え、これってモモさんと雛ちゃんは部外者の流れでは?」
「部外者なわけないだろ。四人そろってはじめて演劇サークルなんだ」
誰かひとりを特別扱いはしない。
部の空中分解の原因でしかないからな。
「でもせんぱい、彼女三人持ちって設定は無理があるんじゃないの?」
「問題ないよ。半日だけ雛鳥とすももも俺の恋人に――いたぁ!?」
爪先に激痛が走り何事かと思えば、藤沢がかかとで思いっきり俺の足を踏みつけていた。
「一瞬でも期待した私が馬鹿だった。そうね、忸怩くんは忸怩くんだもんね」
「なに怒ってるんだよ藤沢。……あ、糖分不足か? ならちょうどいい。俺、あのパフェ全部食べると甘くて辟易しちゃうから、お前が好きな具材あげるよ」
「そんなことで許すわけ……ん、いや、でもそれって……ま、特別に許してあげましょう」
「あ、いいの?」
今の葛藤は一体……と気になりはするが、掘り下げるような真似はしない。
藤沢の胸底には地雷しかないからな。深掘りは自殺行為でしかないよ。
☆ ★ ☆
そして四人で件のスイーツ店に行くと、残念なことに限定パフェは残りひとつしかなくて、四人でひとつをわけることになった。
「これくらいのパフェならわたし作れるから、次は部室でゆっくり食べよせんぱい」
「これくらいって……すごいな雛鳥。商品を模倣なんて簡単にできることじゃないだろ」
「へへ、ずっとお菓子作りに励んできた経験の賜物だよ。……それに、四人で入店すると周りからの視線が痛いから」
三人とも彼女です。
そう言って入店したはいいけど、周りには二人一組のカップルしかいなくて、俺たち四人は完全にアンタッチャブルな空気を放っていた。
それでも追い出されないのだから、この店の掲げるカップル以外入店禁止の信条は早めに廃止した方がいいと思う。彼女三人持ちとか、どこの石油王だよ。
「おいひ~。きーくん、おかわり!」
「お前はどんだけ食べるんだよ……」
雛鳥は委縮し、藤沢もどこか居心地悪そうで、けれどもすももはいつもと変わらない調子で、限定パフェとはべつに追加のケーキ(四皿目)を注文している。
メンタルつよつよかこいつ?
「それにしても雛鳥、気まずくても逃げ出さないなんて随分と成長したじゃないか」
「えへへ、せんぱいが無理難題ばっか押しつけるスパルタな教育を強いてくるから、からだがせんぱいに染まっちゃったんじゃないかな」
「そういう誤解を招きそうな言い方はやめような?」
あと、そのスパルタなメニュー組んでるのあげはちゃんだから。俺はそれに異を唱えて雛鳥の負荷を少なくしようとしてる側だから。
まぁ完璧に言い包められてなにも変わらなかったけどさ。
順調に気弱体質を克服しつつある雛鳥の成長に顔を綻ばせると、隣の席に座るご機嫌斜めの脚本家様が勢いよく爪先を踏みつけてきた。
「いっ!? ……ど、どうかされましたか藤沢センセ?」
「別に。ちょっとイラついただけ」
リア王かお前は。
その後も終始、藤沢は不機嫌で、けれどもいつもより若干砕けた態度なのは、彼女が気を休めている証でもあって。
「はぁ……ほんと忸怩くんは忸怩くんなんだから」
いつもはなかなか漏らさない疲労が滲んだため息もこれで二桁目に突入。
ため息の後のフレーズが一向に変わらないけど、まあ藤沢のストレスが発散されてるなら問題ないか。
「ごめんな、忸怩くんで」
「ほんとよ。……ま、いいけどね。こうしてあなたと一緒にいられるだけで楽しいし」
そう言って、藤沢ははじめて遊園地に訪れた子供のように微笑んだ。
「……」
いけないいけない、つい見惚れてしまった。
藤沢の満面の笑みなんて、校内の誰も見たことがないのだろう。
「笑えばこんなにも可愛いのにもったいないよ、藤沢はさ」
「え……」
「ん、どうした?」
「あ、いや……え? 今、可愛いって言った私のこと? 絶対言ったわよね?」
その十秒後から、藤沢はニコニコ顔で俺に頻りに話しかけてくるようになった。
この十秒でいったいなにがあったんだ?
女の子ってわっかんねぇ……




