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星色Tickets  作者: 風戸輝斗
第三章

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第15話 藤沢さんは頑張り屋さん

 桜の花びらがひらひらと地上に降り注いでいる。


「うぅ、アリシアぁ……」


 一枚、また一枚と。

 まるで命の燃え行く様を可視化したように、大木についた桃色の花弁がひらひらと地上に散り落ちていく。


「ふぅ。ようやくゴーサインの出せる作品ができたみたいね」


 春の薫りをふんだんに孕んだあたたかな風が、大木に背を預けて寝付くひとりの少女に吹きつける。


 アリシアは、春の精だった。

 春の精である彼女は春の間しか活動することができず、もし、桜が完全に散ったその日に活動していたならば、彼女は天命に背いたバツとして、その命を地上に捧げなければならない。 

 つまり死んでしまうのだ。


 アリシアは、子供の頃からひとりの男に思いを寄せていた。

 名はシュピレシア。

 かつては春の精として活動していた彼だが、ある年を境に夏の精となった。

 以降、アリシアがシュピレシアと逢うことはなく、それから何十年という時が流れて……


 やがてアリシアは、掟を破って彼と逢う決意をする。

 彼女は、シュピレシアのいない世界で生きる意味を見出せなかったのだ。


 桜の花びらが余すことなく散ったその日、アリシアはひとり静かに息を引き取る。

 彼女の手には、シュピレシアを想って認められた手紙が握られていた。


 やがて夏がやってくる。

 目を覚ましたシュピレシアは、眼前の大木に寄りかかるアリシアが事切れていることに驚き、それから彼女が握りしめていた手紙を読んで、はじめて彼女が好意を寄せていたことに気づく。


 叶わない恋。

 決して届くことのない想い。


 アリシアの葛藤を、燃えるような愛を、生きることを諦めてしまうほどに憔悴してしまった彼女を想い、シュピレシアは幾日も悲嘆に暮れる。

 そして何度も何度も、彼は同じことを嘆き続ける。


「どうして四季は共存できないんだ。ずっと春で、夏で、秋で、冬で。されば、君の想いに僕は気づき、幸せな一時を築けたろうに……あぁ神よ! どうして歳月は巡るんだ!」

「ほんとだよきーくん。もう六月の中旬だよ」

 と、呆れたような声が聞こえてきたが、はて、この声は誰のものか。


 それに誰だきーくんって? 

 俺はシュピレシア、夏の精だぞ?


「でも、中間テストや課外授業が終わって後は夏休みを待つだけだから、ちょうどいい時期なんじゃないですか?」

 と、今度は柔らかい声。


 テスト? なんだそれ?

 いや、そんなことより……


「夏、だと? ……嫌だ。俺は、春に飛び立つんだ!」

 そうだ、俺も掟を破れば彼女の元にいける。愛しきアリシアの元へ。

 しかし、夏の次にやってくるのは秋だと決まっている。時間に前にしか進めない性質がある以上、夏から春に逆行することは決して起こりえない。


「ああ、なんてことだ! ぼくはアリシアの元へいけないっ!」

「いい加減、現実に戻ってきなさい」

 バチンとわりかし強く叩かれて俺はアリシアの待つ地へ……行きかけたところで正体を取り戻した。


「……悪い藤沢。お前の作品がすごすぎて魂持ってかれたよ」

「創作者としてこの上なくうれしい賛辞だけれど、暴走した忸怩くんがウザすぎて喜ぶ気になれないわね」

「ほんっとうに、すいませんでしたぁ!」

 語調こそ柔らかいけど、目が笑っていないから、いつ決壊の瞬間が訪れてもおかしくないだろう。聞けば藤沢は、このプロットを仕上げるために今日は徹夜したとか。


 徹夜明けで今のテンションは……そりゃ鬱陶しいな。俺ならぶん殴ってそう。


「土下座なんて求めてないから。そんなことよりコーヒー買ってきて」

「御意」

 猛ダッシュで中庭にある自販機に向かってコーヒーを買ってくる。


「お待たせしました。アイスコーヒーでございます」

「ありがと。……ふぅ、じゃあ脚本制作に取りかかるわね」

「いやいや、一旦休もうよ?」

 さも当然であるように、ノートパソコンで新たな文書を立ち上げる藤沢に待ったをかける。


「なに言ってるの。これ以上、雛鳥さんを待たせたら申しわけないじゃない」

「たしかにそうだけど、それでお前が壊れたら元も子も……今なんて?」

 睡眠不足の影響か、普段の傍若無人っぷりからは想像もつかないような言葉がこぼれて、雛鳥は大きく目を見開く。


「それに、私と青海さんも必ずなにか役を演じなきゃいけなくなる。創作者の私はともかく、経験も特筆した記憶力もない青海さんが最高の状態で本番を迎えるためには、少なくとも一か月は準備の時間が必要でしょ?」

 疲労の影響か、普段の冷淡な態度はいったい……と思ってしまうほどに仲間を思う言葉に、すももはじわっと目を潤ませる。


「藤ちゃん、わたしたちのためにそこまで……」


 正直、俺も驚いてた。

 プロットがはじめて俺に提示されてから、はや一か月と半月ちょっと。


 ボツを出して作品を潰してきたのは例外なく藤沢だ。俺は一度だって、ボツって言葉を口にしちゃいない。

 俺はてっきり、藤沢の矜持がそうさせているんだと思っていたけど……


「なにを驚いてるの青海さん。だって私、約束したもの。忸怩くんの夢を叶えるって。それに、私自身もこの四人で夢を叶えたいの。だから、私が足を引っ張るわけにはいかない。ここで私が頑張らなきゃ、全部ダメになっちゃう」


 矜持じゃない。

 藤沢は俺の所望した〝観客が涙を流すような演劇〟を本気で作ろうとしてたんだ。


 俺が、プロットを読んで涙を流すその日まで、藤沢は何度でも挑戦するつもりだったんだ。


「……まったく、お前って奴は」

 鬼才。俊才。奇才。 

 そう彼女を評価する奴らは、藤沢瑠奈という人間をまるでわかっちゃいない。


「なにぼうっとしてるの忸怩くん。早くプロットを刷って、雛鳥さんと青海さんと衣装担当の家庭部の子に渡して、軽く概要を説明してきなさい。脚本が上がってない今の段階からでも、できることはあるはずよ」

 努力の天才なんだ藤沢は。

 自分に厳しく、妥協を許さず、そうやって風宮学園きっての鬼才は生まれたんだ。



☆  ★  ☆



『努力家なんだな藤沢って』

『っ!? ストーカーなんて趣味が悪いわね。冷やかしにでもきたの?』

『そんなことしないよ。たまたま通りがかったらクラスメイトが涙ぐんで図書館に入ってたから大丈夫かなって思ってさ』

『泣いてなんかないし』


『そっか、俺の勘違いか。九教科中八教科が学年一位。けど、家庭科だけが学年二位。むず痒いだろうけど、驕るには十分な結果のはずだ』

『……なにが言いたいの、岸本くん』

『あ、俺の名前知ってたんだ。いや~すげぇなって思ってさ。だってそうだろ? 仮に先天的天才なら、高得点を獲ってもなにも感じないのといっしょで、二位に甘んじたとしてもこんな風に復習に励んだりはしないはずだ。ましてや、涙ぐんだりするはずがない』

『だから、泣いてないって……』


『だからさ、きっと誰も知らないところですげぇ努力してんだろうなぁって思ったんだ』

『っ!』


『そんな頑張り屋の藤沢を俺は尊敬してる。……悪い、邪魔したな。じゃ、また明日』

『……あっ、待って岸本くん』

『ん、どした?』

『あ、いや、その……ありがと』


『どういたしまして。努力もほどほどに、たまにはゆっくり休むんだぞ』

『うん。……あのさ。たまにでいいから、こうやって私とお話ししてくれない?』

『え?』

『っ! 他意はないのよ! い、嫌だったら嫌って言ってくれていいからっ!』


『いやいや、全然嫌じゃないよ? ただ意外だなって思って。藤沢がそうやって誘ってくるイメージがなかったからさ』

『……私もないわよ、そんなイメージ』

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