第14話 理想の演劇ってなんだろう
「とりあえず、簡易的なプロットと冒頭部分を書いてみたから確認してみて頂戴」
演劇サークル部発足の翌日。
既に固定席に腰かけていた藤沢が十枚ほどの用紙の束を手渡してくる。
「さすが藤沢、仕事が早すぎてちょっと引いちゃうな」
「それ絶妙に貶してないかしら? ま、当然よ。この瞬間のために準備してたんだから」
「準備してた?」
気にかかる言い回しに首を傾げると、藤沢はきょとんと目を丸くし、何故だかバツが悪そうに視線を明後日に投げる。
「……ネット連載作品とはべつに年相応の妄想活動に日頃から励んでたってことよ。わざわざ言わせないで」
「あ、ああ、そっか。……なんかごめんな?」
そして一度逸らされた視線は、絶対零度を宿して再び俺に据えられる。
そんな睨みつけなくてもいいじゃん……
と、藤沢の原稿に目を通す前にまずは雛鳥に話をしなきゃ。
「先輩に練習メニューを考えてもらったんだ。脚本が完成するまではしばらく自主練習になるけどいいか?」
「うん。いつも通りだよ」
満面の笑みでなんて寂しいことを言うんだこの子は。
「だいじょぶ、これからはモモさんがオーディエンスになるから」
けど、今はうらぶれた公園で人知れず輝いていたあの頃とは違う。
今の雛鳥には、彼女が輝いてるんだって証明してくれる仲間がいるんだ。
「存分に褒め倒してやってくれ」
「お任せあれ」
にっと、俺たちは不敵な笑みを交わす。
俺が言わんとすることは、皆まで言わずともすももに伝わる。
幼なじみである俺たちに言葉は必要ない……ってこともないけど、まぁ多少省略してもなんとかなるってのは事実だ。
すももはエキセントリックだけど、食い違いは滅多に生じないし。
「よし、それじゃあ今日も頑張っていこう!」
「「おー!」」
「早くプロットに目を通してくれないかしら?」
「そこは乗ってくれよ藤沢ぁ~」
あたかも団結してるような雰囲気が台無しじゃないか。
……あ、いや、団結してるようなというか、ほんとに団結してるんだけどね俺たち?
☆ ★ ☆
「うん、いい感じじゃないか。悪くない」
雛鳥とすももが窓際で練習に励む姿を横目に映しながら、俺は藤沢の脚本を読み終えての率直な感想を伝える。
「悪くない、か。つまりはよくもないと。ならボツね」
と、出演者が極端に少ないのはなにか配慮してのことかとか、この場面の演出はどうすればいいかとか相談するよりも早く、藤沢は原稿の束を丸めてゴミ箱に投げ入れてしまう。
「あぁ! せっかくの財宝が!」
「忸怩くんの反応がその程度なら、いくら文体がよくても財宝なんて呼べないわよ」
「いやでもさ、これからブラッシュアップしていけば、よくなる可能性だってあるわけじゃん? 早計がすぎるんじゃない?」
誕生からほどなくして生命の途絶えた『ガラスの花束』に憐憫の情を催していると、藤沢は、足を組み直してらしくない大きなため息を漏らした。
「あのね忸怩くん、こういうのってプロットの段階で作品の良し悪しがわかるものなの。それに、なにもあの作品がすべてじゃない。あの作品にいつまでも固執するより、まったく新しいものに触れて可能性を広げる方が賢明だと思わない?」
「お、おぉ……」
さすが。二冠女王の語る創作論は重みが違うなぁ。
「ちなみにこの物語のコンセプトは〝悲劇〟と〝感動〟というオーソドックスな型の組み合わせだったのだけれど……どうかしら。一旦はこの方向で進めて問題ない?」
「そう……だな。うん、とりあえずはその方向で」
わかりやすい方が、大衆受けがいいっていうし。
……けど、大衆受けがいいから小波の琴線に触れるとも限らないよな。
うん、家に帰ってから本人にそれとなく聞いてみよう。
「わかったわ。正直なところ、忸怩くんが理想とする演劇とはなんなのかを言語化して伝えてくれるのが一番手っ取り早いんだけど、今の段階でそこに期待することはできないわよね?」
「うん、日頃から考えてはいるんだけどなかなか見えてこなくて……。俺の脳を刺激するって意味合いもかねて、できるなら藤沢の他のタイプの作品も見てみたい。なんて無理難題か?」
「忸怩くんならそんな無理難題を言ってくるだろうなと思って、既に別の作風でいくらか作品を用意しておいたわ」
と、苦笑することも嚇怒することもなく、藤沢はいつもと変わらない涼しげな表情で、通学カバンから新たな原稿を取り出す。それも複数。
「お前……これだけの作品をたった一日で創作したっていうのか?」
「まさか。言ったでしょ。前々から準備してたって」
「なるほど。つまりえっちなやつが過半数を占めてるってことだな」
「誰が官能作家よ」
☆ ★ ☆
「なぁ小波」
「ん」
「そのさ、あ、これよかったわ! ……みたいな作品ある?」
「抽象的な質問だね」
小波が感動した作品を教えてくれないか。
そう堂々と問うことができればいいのだが、その質問を小波に投げかけるのは酷だ。
だから、こうやって遠回しに小波の感受性をそそるものはなんなのか探るしかない。
夕食後、皿洗いをしながらいまひとつ意図のつかめない質問を投げかけた俺に、小波はとりわけ違和感を覚えることはなかったようで、うーんうーんとしきりに唸ってる。
「……『こころ』かな」
「そうきたか」
たしかによかったわってなりそうだけど、俺の求めるよかったわとはベクトルが違う。
「教科書に載ってるのは全文の一部なんだけど、それでも先生の葛藤がひしひし伝わってきてさ。それから気になって前文読んだら……っと、そういえばお兄ちゃん、まだ日本文学には触れてないんだったね」
「お恥ずかしながら」
狂言とか能は少しかじったけど、伝統芸能と日本文学はちょっと違う。
と、そんなことより葛藤葛藤。
この要素は藤沢もわりかし得意そうだ。
この脚本で決定! とはならなかったが、藤沢の用意した作品はどれもいいものだった。そして作品の多くは、心理描写に重きを置いていたように思う。
受賞に至った二作品も、カキヨムで連載している作品も、どれも巧みな心理描写が高く評価されているから、きっと藤沢は心の動きを書くのが得意なんだろう。
毒舌なのは、藤沢のセンシティブな一面の表れなのかも。
「どうして急にそんなこと聞いてきたの?」
「ん。あぁ、来週の現代文の授業で印象に残った作品の紹介をしなくちゃいけなくてさ。けど日本文学限定みたいで。小波ならその方面に精通してるから、いい作品知ってるんじゃないか……なんて。あわよくばそのまんま引用しようとしてた」
「はは、お兄ちゃんずっるーい」
シャーペンを走らせていた手を止めて、小波はけらけらと笑う。
ちなみに小波の個室はちゃんと確保されてるんだけど、本人曰く、雑音があった方が勉強に集中しやすいとのことだ。そういう子ってたまにいるよね。
「ずるじゃないぞ。こういうのは老獪って言うんだ」
「ろうかい?」
語感をたしかめるように言って、小波は首を傾げる。
「そ、いろいろ経験を積んで悪賢いって意味だ」
「へぇ。お兄ちゃんは碩学だね」
「はは、そう褒めるなって」
と、満更でもない素振りをする俺だけど、せきがくって言葉の意味はよくわからない。
読書好きの賢くて可愛い妹から知識マウント取れたと思ったらすぐに取り返されちゃったよ。俺、見事に逆転KO負けです。
「あ、話戻しちゃって申し訳ないけど、これよかったわって作品もうひとつあった」
「お、なんだなんだ?」
「日本文学ではないんだけどね、『青と恋情』」
藤沢がカキヨムで連載している小説のタイトルだ。俺がハマっていると話したら小波もあっさりこの作品の虜になって、雑談の種になることも頻繁にある。
「香奈ちゃんの片想いを見てると胸がきゅっとなって、将司くんと話しているときは頑張れって応援したくなるの」
小波は、主人公の将司を好いているけどその気持ちを言葉にできず、片想いを続けるヒロインのひとり、香奈を推している。
その好敵手として将司の幼なじみであるみかんがいて、みかんもまた将司を好いているけど、みかんは香奈の唯一の親友だから、こちらもその気持ちを打ち明けることができず……
と、主要人物である三人の三角関係を極限まで瑞々しく、かつ残酷に描いているのが『青と恋情』の大きな特徴である。
胸が痛いのに、彼らの結末を見届けたくなる。
そんな魅力がこの作品にはある。
ちなみに俺は、香奈とみかん、両方を推している。
放課後の図書館で藤沢にそう熱弁したら、爪先を思いっきり踏んづけられて、めちゃくちゃ不機嫌になられて困ってしまったのは、今となっては懐かしい三月初頭の想い出である。
「こんなにも読者の心を動かせる作品をお兄ちゃんのお友達が書いてるんだよね。何回聞いても信じられないなぁ」
だから俺は、脚本は絶対に藤沢にまかせると決めていた。
藤沢の紡ぐ物語は、小波の胸の奥にある柔らかい部分に触れることができるから。
「すげぇだろ俺の友達」
「めちゃくちゃすごい! 来年お兄ちゃんの高校に進学したらサインもらえるかな!?」
「はは、そんな不純な動機で進学先決めちゃダメだろ」
演劇コンクールの地区予選で優勝して、小波が涙を流して、あいつに土下座させて、藤沢が小波の要望に応えてサインしてやる。そして、最後はみんなで笑い合う。
それが理想の青写真だろう。
くすくすと笑う小波を見つめつつ思う。
俺が理想とする演劇ってなんだろうって。
「……なんなんだろうなぁ」
今日も、その自問に対する答えが導き出されることはなかった。




