第13話 夢に向けての大きな一歩
GWが終わり、ちょっとだけ登校して、すぐに土日の休暇を挟んで迎えた、月曜日の放課後。
俺は、職員室の来賓室でみっちゃんと対峙していた。
「ジョージ」
全五教科、採点結果の記された俺のテストに目を通し終えたみっちゃんは、厳めしい顔で声を発する。
「恭司です。どうかしましたか」
「カンニングしただろ」
「してません」
疑うなんて失敬な、と思うが、みっちゃんが勘繰りたくなる気持ちもわかる。
だって、春休み明けのテストまで赤点界隈の守護英霊だった俺が、たった一か月でいきなり全教科八割以上の高成績を叩き出し、トップ層入りを果たしているのだから。
「神に誓えるか?」
「誓います。というか、五教科中三教科、みっちゃんが試験監督だったじゃないですか。俺が不正してないってみっちゃんがほかの誰より証明できますよね?」
「できるわけねぇでしょ。うち寝てたんだから」
「よくもまぁ堂々と職務怠慢を告白できますね……」
新卒一年目とかじゃなくて、教員歴五年目でかつ生徒指導二年目だよなこの人?
「ま、うちにはジョージがカンニングしてないって証明することはできないけど、ジョージがそんな卑怯な手に頼らず真っ向勝負するパッション野郎だってことは証明できる」
みっちゃんは頬をやわらげ、演劇サークル部の部申請用紙に勢いよく判子を押した。
「合格だ。夏にある中間テストもこの調子で頼むぞ」
「ありがとうございます。あの、ほかの部員は確認しなくていいんですか?」
「どうせほかの奴らは問題ないから確認しなくていいでしょ。実際、みんな問題ないっしょ?」
「仰る通りですけど、証明する術はありませんよ?」
「さっきから証明証明うっさいなぁ。年末の源泉徴収かお前は。いいんだよ、うちはジョージを信じてるから」
絶妙に胸がこそばゆくなることを煩わしそうに言って、しっしと俺を追い払ってくる。
「ジョージ」
「まだなにか用ですか」
「夢、叶えてこいよ。応援してる」
みっちゃんは、こちらに小さな拳を突き出し、にっと八重歯を輝かせていた。
「はい。絶対叶えてきます」
こつんと拳をぶつけ、俺は来賓室をあとにする。
いっつも気だるそうで、情けない姿を見せてばかりで。
それなのに、生徒への信頼が篤いってギャップは反則がすぎると思うんだよなぁ。
来賓室の壁には、いくつも部の賞状が飾られている。
あそこに演劇サークル部の賞状が加わったら、みっちゃんも少しは喜んでくれるだろうか。
☆ ★ ☆
生徒指導からの承認判子をもらったところで、残すは生徒会長からの承認判子だけだ。
「その自信に満ち満ちした顔つきを見るに、私が投げかけた疑問に対する答えは用意できたみたいだね?」
「はい。ちゃんと準備してきました」
会長の期待に彩られたまなざしを見つめ返して息をつき、言葉を発しようとしたそのときだった。
「ちょっと待った!」
生徒会室の扉が勢いよく開かれた。
そこにいるのは、蛾……じゃなくて、女神というあだ名らしからぬ憤怒の形相のあげはちゃん。
「あ、あげはちゃん? どうしたの?」
「どうしたの? じゃないでしょうが! 岸本、部申請用紙に勝手にあたしの名前書いて規定人数満たそうとしてるでしょ? さっき千代崎先生が部室まで確認に来たんだけど?」
「ナ、ナンノコトカナー」
「はい、嘘~。余裕で嘘~。あれほどあたしの名前は書くなよ、ぜ~ったい書くなよって言ったのによくもやりやがったな!」
「そういう振りだって思ったんだもん! あげはちゃん、いっつもそんな感じじゃんか!」
「はぁ!? あたしはいつもほんとのことしか言ってないっての! あんまり聞き分けが悪いようなら強引に恋人にするぞ!」
「いいよ上等じゃん。あげはちゃんがその気なら――待って今なんて?」
「ん~、かかってくれなかったかぁ~」
「ごめん。全然ついていけないんだけど、即興劇でもしているのかな?」
会長を置いてけぼりにするのは計画通の内だ。あげはちゃんを除名することになって、会長が動じてる隙に畳みかけるって打ち合わせだったんだけど……
「驚かせちゃってごめんね咲崎さん、我が部で絶対王政を敷いてる脚本がど~してもあたしを除名させたいみたいでこうしろってうるさくってさ。というのも、もしも岸本が用意した答えを咲崎さんが承諾してくれなかったらドタバタに乗じて言い包めようって作戦でね」
「ちょ、なにさらっと種明かししてんの!?」
「まぁ見てなって岸本」
まかせてとばかりにあげはちゃんはウインクを飛ばしてきた。
マジでなんとかなるんだよね? 信じてるよ?
あげはちゃんは、大きな身振り手振りを交えつつ話はじめた。
「でさ、用意した答えってのが、あたしたち演劇部のやりたいのは観客を笑顔にする演劇で、岸本のやりたいのは観客を泣かせる演劇だから~って理由なんだ」
「なるほど。方向性が異なるのか」
「そそ。あとは部の継続性と発展の可能性だよね。この部に三年生はひとりもいないから、来年になっても必ず部員が五人はいる。あたしの双子の妹にも演劇サークル部に入部するようお願いしとくから、来年の新入部員が0ってことはないよ。発展の可能性に関しては、岸本が結果で証明してくれる」
「ふむ。……ひとつ教えて欲しい。那須さんは演劇部の部長なのに、演劇サークル部の兼部を希望している。どうしてだ?」
「岸本の夢を叶える手伝いをしたいから。頑張り屋さんだけど危なっかしい一番弟子だから、いつでも助けられるように近くにいてあげたいんだ」
「あげはちゃん……」
「そうか。……うん、どうやら私が手を貸さずともキミには頼りになる仲間がいるようだね」
ちょっぴり涙ぐむ俺に微笑みかけると、会長は部申請用紙にそっと判子を押した。
「なにか困りごとがあったら気軽に私を頼ってほしい。あいにく生徒会業務が忙しく兼部はできないが、キミの夢を叶える手伝いがしたいという気持ちは私も同じだからね」
「ありがとうございます咲崎会長」
深々と頭を下げて感謝していると、ぽんぽんと肩を叩かれた。
あげはちゃんがニコニコしていた。
「岸本ー、藤沢さんに言われるがままにあたしを除名しようとしてたことに関してなにか言うことがあるんじゃないのかなぁ?」
「あげはちゃんのことがますます好きになったよ! これからもよろしくね!」
「っ! ……はぁ、岸本ってほんと期待させて落とす天才だよね。はいはい、よろしくしてあげますよー。〝師匠〟と〝弟子〟として、ね」
「ん、あげはちゃん、ちょっと不機嫌になってる?」
「ひとつ訂正しておこう。困りごとがあったら気軽に頼ってほしいと言ったが、恋愛に関する相談事はNGの方向で頼む。そっち方面の知識はてんでないんだ私」
「はは、会長もおもしろい冗談言うんですね。俺が恋愛相談なんてするわけないじゃないですか」
「なら真後ろで剥れてる彼女は……いや触らぬ神に祟りなしと言うしな。色々と頑張りたまえよ少年。幸運を祈る」
☆ ★ ☆
こうして俺は、部員を五人集め、顧問、生徒指導、生徒会長からの判子を手に入れた。
ということは……
「よ~うやく演劇サークル部の設立だ!」
「ここからせんぱいたちと夢を叶える物語がはじまるんですね……!」
「去年の秋頃から準備をはじめてようやくか。……早いようで長かったなぁ」
「チッ、どうして蛾がしぶとく生きてるのよ」
「卒業までよろしくね、藤沢さん♪」
待ってろよ小波。
これから俺たちがつくる最高の演劇で必ず涙を流させてみせるから。
あいつに小波は普通の女の子だって認識を改めさせて、土下座させてやるから。
五月の第二週。
演劇サークル同好会は演劇サークル部に昇格し、俺の夢は実現へと大きく前進した。




