あなたが知っていた日々 結び
白状から始めることにする。ここまでの頁を書き終えたのは、王国歴1688年の刈入れの月である。そして、この結びを書いているのは、1691年の花冠の月である。私はまる二年半、結びのひとつを書けずにいた。
書けない訳は、自分がいちばんよく分かっていた。この本は、あなたへの返し文である。文というものは、結びを書いて、名を書いて、それで初めて手紙になる。手紙になれば、あとは出すだけである。出してしまえば、終わる。四十八年続いたやりとりの、こちらからの最後の一通が、本当に終わってしまう。書きかけのあいだは、まだ書いている途中で、途中だということは、あなたとまだ話している途中だということだ。私はその途中に、二年半、座り込んでいた。机の抽斗を開けては、結びのない綴りを眺め、今日ではない、と閉める。それを何度繰り返したか、数えていない。数えなかったのは、数えると帳面に書かねばならないからである。書き手の性分も、ここまでくると始末が悪い。
目を覚まさせたのは、けっきょく、あなたの歩き方だった。あなたは、すべての終わりを知っていながら、ただの一日も先延ばしをしなかった人である。知っている明日を、毎日、初めてのように迎えに行った。その人に宛てた返し文が、書き手の感傷で二年半も止まっている。これほど様にならない話もない。それに、気がつけば私も五十九になった。手渡せるものは、手渡せるうちに。あなたの村で教わった、いちばん古い教えである。守るのが、少し遅くなった。
だから、書く。この結びを綴り方に渡したら、写しを作ってもらい、世に出す。初めの一冊は、桟橋の袂の家に届けてもらうつもりでいる。あの家に、まだこれを読める者はいない。それでも届け先は、あそこのほかに思いつかない。手紙とは、そういうものだろう。
仕舞いに、礼を書く。この本に出てきてくれた、すべての人への礼である。書けと言ってくれたクローネ殿。筆を旅に出してくれた綴り方の親方。帳面の角を丸くしてくれたノーラ殿。棚を三つくれたミレイア殿。車輪と麦と唄とで、私の旅を四十年支えてくれた旅団のすべての仲間。安物の風車を回し続けてくれた止まり木のセン。山の書庫の司書たち。死んだ谷を生き返らせた姉妹たち。約定の知恵をくださった白の方々。半日で一語をくださる斜面の古老と巫女どの。誰にも見られずに灯を置いて回る、あの黒い帽子のひと。そして、川筋の姉たち、妹たち。峠の宿の亭主も、霧の川の船頭どのも、騾馬のドマも、勘定に入れる。旅から帰るたび、家であってくれた母。留守を家にしてくれたセナ。旅を継いでくれたリノ。車輪を作るテオ。私の生涯は、出会った人の数だけでできている。帳面に書き切れなかった分まで、ここでまとめて、深く頭を下げる。
そして、あなたに。礼の言葉は、四十八年ぶん、ここまでの頁に書いた。だから最後は、一言だけにする。
また、川で。
王国歴1691年 花冠の月
吹き流れる知恵の収集旅団 渡り方
ユーリ・ロ・ヴェンデル・ターレ
(王国歴1691年 白霜の月 没)




