あなたが知っていた日々 王国歴1667年~1663年
王国歴1667年 聖燭の月
ミレイア殿、今年も冬営地に来られる。雪より少し先に着くのが、もう三年続いた習いである。夜、火の番をしながら、温めた酒を二人で分けた。杯が進んだころ、あの方には珍しく、書いたことのない話をしてあげる、と言われた。拾遺の律天神の章を書き上げた晩のことだそうだ。宿場に祭りが立っていて、白い顔の陽気な爺さまに、賽の勝負を挑まれた。小さな手秤を肩に担いだ、ぼろをまとった爺さまである。ひと晩じゅう転がして、勝ちと負けがきっかり同じ。夜明けに数えたら、銭は一枚も増えず、一枚も減っていなかった。爺さまは手を打って喜び、釣り合った、と笑い、それから、まだ誰にも見せていない原稿のことなど知りようもないのに、こう言ったという。良い帳面だ。実より重くも、軽くもない。翌朝、宿の者は誰も、そんな爺を見ていなかった。後日、章の種にした古い綴りを確かめにグラナガダンへ戻ったら、あの本は書架から消えていて、台帳にも、初めから載っていなかったそうである。年寄りの見た夢よ、きっと、とミレイア殿は笑った。笑ってから、少しだけ真顔になって、でもあれから、目方だけはごまかせないの。文章のよ、と言った。私は何も言えず、ただ、聞いたことの棚に書き取った。願いごとの棚に置きたい気持ちを、少しだけこらえて。
王国歴1667年 刈入れの月
母隊の川越えで、荷車が三台目の瀬にはまった。半日押しても出ず、しまいには旅団長みずから裾をからげて水に入った。クローネ殿が押すなら誰も見てはいられない。総出で押して、日暮れにようやく岸に上げた。焚き火で靴を乾かしながら、隣に座った轍方の親方が言った。車輪ってのはな、いちばん重い日に限って、いちばん深い瀬を選ぶんだ。人生訓のつもりか、ただの愚痴か、判じかねたので、両方の棚に書いておく。晩飯の粥は、川の水のせいか、いつもより少しだけ塩気があった。
王国歴1667年 青葉の月
村参り。リノの描いた絵を持って行った。父さまの友だちを描く、と言って、皺だらけの腰の曲がった婆さまを描いたのである。話でしか知らないから、七つの私が会った日のあなたを描いたことになる。あなたはその絵をしばらく眺めて、それから、たいそう気に入った。合っているわ、いちばん古いわたしね、と言って、板壁の、水の側の柱に貼った。若い姿のあなたの家に、老婆のあなたの絵が貼ってある。事情を知らない者が見たら、祖母の絵だと思うだろう。事情を知っている私が見ても、なぜだか少し、そう見えた。
王国歴1666年 白霜の月
ミレイア殿、拾い方の若いのを集めて、帳面の講義をしてくださる。教えはひとつだけだった。棚を三つに分けなさい。見たこと、聞いたこと、願いごと。見たことは強く、聞いたことは広く、願いごとは深い。どれも値打ちがある。ただし、混ぜた帳面は、三つとも駄目になる、と。若いのが訊いた。願いごとの棚とは何ですか。ミレイア殿は笑って、人はね、こうであってほしいことを、見たことのように語る生き物なの。嘘つきという意味ではないのよ。むしろ、いちばん人らしい棚。だから捨てずに、別の棚に取っておくの、と答えた。あとで私の帳面を検めたら、三つの棚は、思っていたより混ざっていた。夜なべで綴じ直した。二十年書いてきて、まだ綴じ方が変わる。ありがたいことだと思うことにする。
王国歴1666年 実りの月
山の書庫への使節に、今年は妙な奉納が加わった。麓の村の五十年かけて工夫した犂の刃の入れ方を村長が、どうしても山に納めたいという。偉い学者の書でなくてよいのかと考案した本人は案じていたが、書庫の返事は素気ないほどだった。新しければよい。誰のものかは、量らない、と。奉納の日、爺さまは一張羅を着て、震える声で刃の角度を語り、書庫の姉が、それを一句も違えず肌に留めた。帰り道、爺さまは何度も山を振り返って、わしの犂が、英雄と同じ棚か、とつぶやいた。同じ棚である。あの山では、初めから、棚はひとつしかない。
王国歴1666年 花冠の月
リノ、四つ。初めての嘘を確認する。菓子のありかについてである。隠し場所は私の靴の中だった。先が思いやられる、という言葉の意味を、今日、身をもって知った。
王国歴1665年 聖燭の月
冬営地に、客人があった。小柄な、日に灼けた、よく歩く足をした御仁で、旅装のまま石蔵に直行し、名乗るより先に綴じ棚の並びを褒めた。ミレイア・ソル・グランヴェ殿。『神統断片拾遺』の筆者である。綴り方にいたころ、私はあの書の写しを二部こしらえた。筆写した者として言うが、あれは写しながら手が止まる書である。用向きは、拾い方との組み仕事だった。諸国の神々の断片を集めるのに、旅団の足と帳面を借りたい、代わりに自分の集めた種を旅団に開く、と。クローネ殿は引き受け、世話役に私が付いた。挨拶のとき、ミレイア殿は私の顔をじっと見て、『七つの隣人』の、と言った。読んだわ。止まり木の章は、見た者の文章ね。あとは聞いた者の文章。区別が付くように書いてあるのが良い、と。褒められたのか検分されたのか、いまだに分からない。ひとつだけ、断られた話がある。ターリャの古い思い出しの帳面を見たい、という求めだけは、門外不出ゆえ通らなかった。ミレイア殿は粘らなかった。当然ね。門外不出でない神代なんて、値打ちがないもの、と笑っただけだった。この方とは長い付き合いになる。その晩のうちに、そう帳面に書いてある。
王国歴1665年 日盛りの月
峠下の宿、生涯の覚えに書く。寝台に先客が大勢いた。小さくて、跳ねて、よく食う先客である。ひと晩で二十と三箇所。朝、亭主に苦情を言ったら、効く草を売ってくれた。その草がまた、よく効いた。効いた草の代金は、寝床代より高かった。旅とはこういうものである。
王国歴1664年 実りの月
テオ、生まれる。男の子である。私は二日遅れて着いた。三日の道を駆けたが、間に合わなかったのである。戸口でセナに詫びかけたら、笑われた。あなたが間に合った試しなんて、初めからあてにしていません、と。寝床のわきに、見覚えのある小さな舟の彫り物が吊るしてあった。この春、あなたが持たせてくれた、あれである。男の子に、とだけ言って。セナはそれを訊きもせず、生まれる前から吊るしていたという。川辺の方の言うとおりだったわね、と言って、赤子を私に抱かせた。テオは私の腕の中で、精いっぱいあくびをした。親になるのは二度目だが、間に合わなかった詫びの言い方は、まだ覚えていない。
王国歴1664年 花冠の月
村参り。帰りぎわに、あなたは小さな包みを寄こした。開けると、木の舟の彫り物である。男の子に、とあなたは言った。うちのセナの腹の子のことなら、まだ男か女かも分からない、と言いかけて、やめた。あなたが言うのなら、男の子なのである。名前は、と冗談半分に訊いたら、あなたは口を結んで、首を振った。それは訊かないであげる。あなたたちが決める楽しみだもの、と。教えないのではなく、あげない、なのである。あなたの黙り方には、いつも決まりがある。知っていることは山ほどあって、その中から、こちらの楽しみを損なわないものだけを、少しずつくれる。舟の彫り物は、胴巻きに入れて持ち帰った。帳面の隣である。濡らすわけにはいかない。
王国歴1663年 白霜の月
書庫に調べ物があって、久しぶりに綴り方の机の並びに入った。親方は私の顔を見て、どちらさまで、と言った。三つ数えてから、にやりと笑って、渡り方の筆は達者か、と。達者です、と答えたら、うなずいて、それだけだった。帰りぎわ、私の昔の机の上に、新しい若いのの帳面が積んであるのが見えた。当たり前のことである。当たり前のことなのに、階段を下りるあいだ、少しだけ胸の奥がすいた。机は人を待たない。待つのは仕事のほうである。それなら、あちらの岸で待っている仕事に、早く行くとしよう。
王国歴1663年 実りの月
早霜で峠が閉じかけ、母隊の荷を軽くする談判になった。轍方の親方は麦を残して書物を下ろせと言い、綴り方の親方は書物を残して麦を下ろせと言う。双方一歩も引かず、裁定はクローネ殿に回った。旅団長の裁きは早かった。本を下ろしなさい。書いた人間が生きてさえいれば、本はまた書ける。逆は、できない、と。綴り方の親方は唸って従い、峠を越えてから、下ろした書物を取りに戻る荷駄を、自腹で仕立てた。どちらも正しかったのだと思う。麦がなければ人が終わる。本がなければ、人が生きた甲斐のほうが減る。旅団というところは、この二つの目方を、毎年どこかの峠で量り直している。
王国歴1663年 花冠の月
リノ、初めての言葉。まんま、でも、母さま、でもなく、ちょう、だった。戸棚の帳面を指して言うのである。セナはしばらく笑って、それから私を見て、あなたの子ね、と言った。誇っていいのか謝るべきなのか、まだ決めかねている。
王国歴1663年 芽吹きの月
年の初めの村参り。渡り方に移って一年になる、と報告したら、あなたは、知っている、と言った。それはそうである。それから、川筋の仕事が増えるなら、月に一度は寄れるかもしれない、と言ったら、あなたは初めて聞いた顔をやめて、少しだけ、本当に嬉しそうな顔をした。知っていることと、聞きたいことは、別なのだそうだ。月に一度、と私が口に出して言うのを、あなたはずっと待っていたらしい。約束は、思い出しの中にあるうちは、まだ約束ではないのである。口に出した日から、私の側の帳面にも載る。載せた。以後、破っていない。




