第4話:一匹狼は自爆する
三連休ということもあり、前半二日間は両親、妹と一緒に小旅行をした。
行動力の凄い家族を持つのは大変だ。
提案から決定までが早すぎる。人混みが苦手な俺の気持ちも考えてほしい。
最終日はゆっくり部屋でゴロゴロ──とでも考えていたら、部活に行く妹が「ラノベを買ってきて」と言うので、嫌々引き受けることにした。
以前、黒川と友達になった日に買いそびれた新刊だ。
面倒だが断ったら何をされるかわからない以上従うしかなかった。
「俺も読みたかったから良いけどさぁ……」
楽しみよりも体がダルい。
対人恐怖症のせいで人間関係の燃費が悪すぎる。
──ウジウジ考えずに頑張りますか。
コンビニのセルフレジで炭酸飲料を一つ買う。
本屋までは歩きだ。
人目を忘れるために、できるだけ虚無になって歩く。
ボーッとしていたら、すれ違う人と肩がぶつかった。
掠った──の方が合っているかもしれない。
それなのに、相手はブチ切れの様子だった。
「おいゴラァ。ちゃんと前見て歩けや。目ぇ着いとらんのちゃうん──あ」
「ごめんなさい。よそ見をしてて……あ」
お互いの視線が虚空で絡まり合う。
黒川だった。
俺を睨む鋭い瞳は直ぐに穏やかなものへと変わる。
しかし、虎の尾を踏んでしまったような恐怖が胸を満たした。
「黒川ごめん」
「ウチもごめんな。黒すぎて誰かわからんかったわ」
黒い服の何が悪いって言うんだ。
これは動きやすい上に通気性も最高の一品。
それを否定するというのなら、俺もできる限りの全力を尽くして抗議するつもり。
「服装もっとこだわった方がいいんちゃうん」
「こだわってこれだ」
「嘘……黒以外服、一着もないん?」
「全部これらと同じサイズ・値段だ」
「……」
どうやら普通じゃなかったらしい。
服とかを選ぶのが面倒なので、今のところはこれで満足しているが。
「水瀬くんは今からどこ行くん?」
「本屋にちょっと……妹にお使いを頼まれたから」
「へ−妹おったんや! 末っ子やと思っとったわ」
「一応理由を聞いても?」
「いつもオドオドしとって情けないから」
ですよねー。
弟キャラみたいで可愛らしいからって感想が返ってくるなんて期待してないさ。
期待は……してない。うん。
「黒川は兄弟いるのか?」
予想しよう。
我が強くて口論では絶対に勝てない──絶対一人っ子だ。
親からの愛情を独り占めして育ってきたから、我慢とかできなさそう。
「今すごく失礼なこと考えてへん?」
「えぇ!? そ、ソンナコトナイヨー」
「怪しっ。思っとることは早くゲロっとく方がええんやで。ウチ結構くすぐるの得意やから」
「考えてません」
「あ、今目ぇ逸らした」
「ちょ待っ──」
容赦無く黒川の細い指が脇腹を這う。
触れられていないところまでビクビクと勝手に震えた。
彼女が言ったように、本当にくすぐるのが上手──、
「やめてっ、降参! 降参だからっ……あははははは!」
「やめてって言われたら、余計やりたなるやん?」
「ちょ、そこは──っ!」
指は少しずつ上昇し、脇辺りを弄る。
そして愉快に笑う声が聞こえた。
黒川のくすぐり攻撃は、周りから白い目で見られていることに気づくまで続いた。
「あ、めっちゃ見られとった」
スッと黒川は両手を引っ込める。
俺は顔が熱くて気を失ってしまいそう。
「とりあえず……逃げよっか」
「うん……」
気まずそうに言われ、俺は目を逸らしたまま答えることしかできなかった。
路地裏に逃げ込むなり、思っていることを全て言ってやった。
黒川はちゃんと目を見て聞いてくれるので話しやすい。
他の人だと声が詰まるが、それも彼女の前ではない。
「もう人前であんなことすんなよ」
「ごめんって」
「あれ……『人前で』ってことは、人前じゃなかったらしてええってこと?」
「違っ──何、黒川は俺の体に触れたいのか」
「は、はぁ? ウチは別に水瀬くんとぎゅ〜なんかしたくないわ」
「?」
「ほんまバカなことばっか言うんなら、その舌を引っこ抜くッ!」
「今何も言ってないが!?」
ボンッと、耳の先まで黒川の顔が赤く染まる。
理不尽に牙を剥き出してきた理由はわからない。
わかることは一つ。「あれは事故。事故やから」と自分に言い聞かせていた。
時々俺の方を見て、勝手に顔を赤くしている。
そんな時、ふと一つの言葉が頭をよぎる。
天音に傷つけられた時、黒川が俺にかけてくれた──温かい言葉。
自分なりに少し言い換えるが、もしかしたら今の黒川を助けるのに最適かもしれない。
「俺の胸でよかったら貸したる──言っとく方が楽になるで」
小さな肩に手を置いて言ってやる。
どうだ。これで少しは気が楽になったのでは?
やってやったぜと、内心ガッツポーズを決めて、チラリと黒川を盗み見た。
唇を噛み締め、強く握られた拳がプルプルと小刻みに震えている。
「もう! ほんっと信じられないんやけど! ばか、最悪! ばか、変態!」
「へ、変態……?」
なぜここまで言われる必要があるのか。
俺の人生史上、トップクラスの慰めだというのに。
「そう、水瀬くんは変態っ! 胸を貸すって、ぎゅ〜のことでしょ!? あれは恋人同士ですることで……」
「やば。俺らもう二回もしてしまってる……」
「は! 数えんな!」
ポカポカと胸板を叩かれるが痛くない。
どんな反応をしたらいいのかわからず、ジッと見つめていると、涙目の黒川が見上げてくる。
「このことは恥ずかしいから忘れてほしいんやけど……、だめかな……?」
「忘れます」
思わず言ってしまった。
『友達の上目遣いが可愛すぎてつい』なんてことは言えるはずがない。きっと死ぬまでネタにされるに決まっている。
仮に妹にでも知らされたら、即家族会議が開かれることは目に見えている。
三度、彼女ができる度に味わうあの空気はもう散々だ。
もう二度と経験したくない。
家族会議の存在を忘れるためにも、俺は何か別のことを無理やり探す。
「──そうだ。これから本屋行くけど来る?」
「え──行く!」
黒川は本が嫌いだと勝手な偏見を抱いていたが、どうやら違ったらしい。
◇
本屋に入ると、黒川は別世界に来たみたいに目を輝かせていた。
「ウチ本嫌いやったけど、こうして見ると面白そうなのがいっぱいあるんや」
なんだよ。
やっぱり嫌いだったんじゃないか。
一人の本好きとしては、このままラノベの良さに気づいてもらいたいところだが──
「漫画んとこ見てくるわ」
「お、おう」
ダメだ。
俺の希望は無惨に散っていく。こんなことなら布教はやめておこう。
新作コーナーで妹と読み進めているラノベを手に取り、セルフレジで済ませた。
黒川は……まだ漫画のところだろう。
俺の今日の任務は達成されたので、あとは早く帰るだけだ。
「黒川は良いのが見つかったか?」
「んー、これ。キャラが結構好みやわ」
これは──。
「今日はお金持ってきてないから、今度買いにくるわ」
「それなら全巻家にある」
「ほんま?」
「うん。よかったら今度家に読みにくるか?」
「行く」
即答だった。
それほどこの漫画が気になるのだろう。
まさか黒川が興味を持った漫画は、さっき買ったラノベのコミカライズ版だったなんて。
俺としても、いち早く読んでもらいたいものだ。
「日時は追って連絡──そういやまだ連絡先交換してなかったな」
「ウン、ソウダネ」
「……? せっかく友達になったからさ、連絡先を……交換してくれないか?」
「……」
無言のままスマホを操作して、その画面を見せてきた。
メッセージアプリの『友達追加』の画面だ。
──ということは、追加していいってことだよな……?
恐る恐るQRコードを読み取ると、同時に俺の友達欄に名前が一つ増える。
「黒川ちん……」
「は──」
書いてあった名前を読み上げると、黒川は何やら物凄い速度でスマホを弄る。
その様子に気を取られ、次に黒川の名前を見た時には『黒川』に戻っていた。
「黒川ちん」
「それ以上言ったら殺すで」
どうやら黒川にも知られたくないことの一つや二つはあるらしい。




