↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/21

天賦と呪いは紙一重

 生まれつき、ミゲル・サンティエゴの脚は常人の倍近く長かった。

 何の変哲もない人間の両親から生まれ、周囲に自分と同じ特徴を持つ者が誰一人として存在しなかったミゲルにとって、その特異な身体は呪いでしかなかった。幼少期から「気味が悪い」「化け物」と蔑まれ、石を投げられ、差別と孤独の中で生きてきた。

 成長したミゲルは、居場所のない故郷を離れ様々な場所を流れ流されて、今ではアルディアの路地裏の片隅で、異様に長い脚を少しでも隠すようにして、いつも膝を抱えて小さく縮こまっていた。世界から隠れるように息を潜める。それが彼の日常だった。

 「おい、そこの不気味な長脚。いいモン持ってんじゃねえか。場所代として寄越せや」

 そんな彼の前に、下道な笑みを浮かべた数人のゴロツキが立ち塞がった。絡まれるのはいつものことだ。ミゲルが諦めに瞳を曇らせ、じっと耐えようとした、その時だった。

 「そこまでだ。公共の街道における恐喝行為は、防犯令第十二条に抵触する犯罪だ。速やかにその男から離れ、退散しろ」

 凛とした、しかしどこか堅苦しい大声が響いた。

 ゴロツキたちが振り返ると、そこには新鮮な野菜や肉が詰まった大きな籠を背負った男が立っていた。修羅道場の四人目の弟子、ボリス・ボルコフである。食材の買い出しの最中だったボリスは、元兵士としての習慣から、目の前の理不尽な暴挙を見過ごすことができなかったのだ。

 「あぁ? 何だお前、防衛隊の回し者か? 武器も持たねえ癖に正義の味方気取りかよ!」

 ゴロツキたちの標記が、一瞬でボリスへと切り替わる。先頭の男が威嚇しながら、ボリスの胸ぐらを掴もうと勢いよく手を伸ばした。

 だが、その手がボリスの衣服に触れるよりも早く、戦場の術理が牙を剥いた。

 ボリスは伸ばされた男の手首を、寸分の狂いもなく左手で捕らえ、右手で男の肘を下から支えた。シスタマの『脱力』によって力みを完全に消した状態から、コマンドサンボの『関節破壊』へ流れるように移行する。

 バキィッ!!!

 「ギャァァァァァッ!?」

 鈍く、しかし確実に骨が砕ける音が路地裏に響き渡った。ボリスが身体の軸をほんのわずかに捻っただけで、掴みかかろうとした男の手首と肘の関節が、一瞬にして本来曲がらない方向へとねじ折られたのだ。

 「な、何をしやがったテメェ――!」

 「警告する。次の一歩を踏み出せば、次は足の関節を破壊する。歩行能力を永久に失いたくなければ、その負傷者を連れて即座に退却しろ」

 ボリスは直立不動の姿勢のまま、一切の感情を交えずに冷徹に告げた。その一点の曇りもない瞳と、底知れない強さに恐怖したゴロツキたちは、痛みに悶絶する仲間を担ぎ上げ、一目散に逃げ出していった。

 まさに一瞬の出来事だった。

 地面に座り込んだままのミゲルは、ただ唖然として固まっていた。武器も持たない男が、触れた瞬間に悪党の腕を破壊したのだ。

 「怪我はないか? 脅威は排除した」

 ボリスはカチッとした丁寧な動作でミゲルに右手を差し伸べた。

 ミゲルはその手を恐る恐る握り、長い脚を折り畳みながら立ち上がった。

 「あ……ありがとう、ございます。でも、僕に関わらない方がいい。この通り、僕の脚は気味が悪くて、どこに行ってもみんなとは違う化け物だから……」

 ミゲルは自嘲気味に笑い、自分の長い脚を隠すように視線を落とした。せっかく助けてくれた男にまで、不気味だと怯えられるのが怖かったのだ。

 だが、ボリスはふむ、と生真面目に首を傾げた。

 「孤立無援、かつ明日からの生活基盤が不透明ということか。ならば、私についてくるといい。我が道場には、腹一杯のちゃんこ鍋と、己を鍛え上げる規律がある」

 ボリスはミゲルの悲観を完全に事務的な論理で解釈すると、有無を言わせぬ規律正しい足取りで、ミゲルを修羅道場へと連れ帰った。

 「ハルト師匠、ただいま戻りました。買い出しの途上、保護すべき人材を発見したため、同行させました」

 道場の広間に足を踏み入れたミゲルは、その場の空気に圧倒された。

 そこには、春人を筆頭に、フランソワ、オリバー、バファローといった面々が揃っていた。ボリスに促され、ミゲルが恐る恐るその「異様に長い脚」を衆目に晒した時、彼は身構えた。また化け物を見るような目をされる、そう確信していた。

 しかし、誰も怯えなかった。それどころか、バファローは「おおー!」と目を輝かせ、オリバーは「凄い!」と感嘆の声を上げ、フランソワは感心したように頷いている。ポルは「あれ? あの長い脚、もしかして……」とミゲルの脚について思い当たる節があるようで、そのことを思い出そうと首をひねっている。

 そして、岩のように腕を組んで座っていた主――陣春人が、ゆっくりと立ち上がった。春人の瞳には、蔑みも、怪訝な色も一切なかった。

 「……素晴らしいな。実に見事な脚だ」

 「え……?」

 春人の口から飛び出したのは、掛け値なしの純粋な「称賛」だった。

 「その長い脚は、異形でも呪いでもない。格闘家にとって、並の人間が一生かかっても手に入れられない、天賦の『間合い』であり、最高の武器だ。ミゲルと言ったな。その脚、私に預けてみないか? お前を、誰よりも華麗に、誰よりも高く舞う、最強の拳士に育て上げてやる」

 春人はフッと優しく笑うと、真っ直ぐにミゲルへ向かって入門を勧める手を差し伸べた。

 「僕の、この脚が……最高の武器……?」

 幼い頃からずっと呪いだと信じ、隠し続けてきたコンプレックス。世界から否定され続けたその身体を、目の前の圧倒的な存在感を放つ超人が、最高の才能だと全肯定してくれたのだ。

 ミゲルの大きな瞳から、堰を切ったように涙が溢れ出した。

 「お、願いします……っ! 僕を、弟子にしてください! この脚で、僕も強くなりたいです……っ!」

 ミゲルは床に崩れ落ち、涙ながらにハルトの手を強く握りしめて入門を決意した。

 修羅道場に五人目の弟子――ミゲル・サンティエゴが加わった瞬間だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。