修羅たち一歩目の躍進、そしてまた研鑽の日々へ
「……えー二回戦第二試合、東側、傭兵団の団長ガラク選手より、棄権の申し出がありました! よって、修羅道場バファロー選手の不戦勝ォッ!」
司会の困惑した声が響き渡る。だが、それはほんの始まりに過ぎなかった。
一回戦で見せつけられた素手による全身鎧に身を包んだ巨漢を昏倒、矢の雨を無傷で往なし、大鎚を超える張り手と大砲のごときドロップキック。そして、二回戦第一試合で見せつけられた、弟子同士の超高密度な同門対決。
それらを観戦していた参加者達は逡巡する。
武器や魔法に頼り、戦うことを「本業」としてきた傭兵や冒険者たちにとって、怪我はそのまま死や失職を意味する。格闘技という、この異世界の誰もが見たこともない未知の技術に対し、「すぐには対策が取れない」と判断した猛者たちは、自身の誇りと生活を守るため、次々と棄権を表明していった。
「悪いが、棄権させてもらう」
「俺もだ、とてもじゃないが割に合わん」
「私も、後学の為に観戦はさせてもらうが」
「そうだな、あいつらはあまりにも底が知れない」
「またしても棄権だぁ! これにより、準決勝を含むすべての対戦が不成立! 驚くべきことに、本大会の決勝戦は――修羅道場フランソワ対、同じく修羅道場バファロー! 奇跡の同門決勝戦となるぞォォォ!!」
会場の観客たちは、もはや呆気にとられ、同時に「修羅道場」という存在への底知れない畏怖に包まれていた。
闘技舞台の中央。美しき毒蛇フランソワと、動く肉の城塞バファローが対峙する。
つい先日まで宿屋で罵られていたバファローは、今や堂々たる体躯の風格を漂わせ、フランソワを見据えていた。
(フランソワ先輩……オリバー先輩の分まで、僕は全力でいきます!)
(いい気迫ね、バファロー。その鎧でどこまで耐えられるかしら?)
「決勝戦――始めいッ!!」
銅鑼の音が鳴り響いた瞬間、バファローが大地を爆発させて突進した。
「ふんッ!!」
凄まじい質量と前進のスピードを乗せた張り手が、容赦なくフランソワを襲う。まずは、バファローの圧倒的なパワーが舞台を支配し、突っ張りと摺り足による重圧でフランソワを攻め立てていく。
しかし、一番弟子の実力は、バファローの想像を遥かに超越していた。
フランソワは、その爆発的な張り手を紙一重の脱力ですり抜けながら、鋭い指先をバファローの巨体へと突き立てた。
シュッ! ガキィィン!!
狙ったのは、バファローの右肩の付け根。ただ一点のみ。
どれほど頑強な筋肉と脂肪の鎧を誇ろうとも、同じ場所に、通背拳の透過する衝撃と蛇拳の鋭い刺突が何度も、正確無比に叩き込まれればどうなるか。
ドスッ! バキッ! ズシン!
フランソワは決して深追いをせず、バファローの猛攻を往なしながら、狂いなく右肩の「一点」にのみ攻撃を集中させてダメージを蓄積させていく。十発、二十発。雨垂れが岩を穿つが如き冷徹な連撃。
「う、おおぉ……!?」
ついに、バファローの肉体に限界が訪れた。右肩に溜まった致命的な痛みに耐え切れず、バファローの強固な構えが一瞬だけ、ほんのわずかに怯んで崩れた。
(今だっ!)
冷徹なる毒蛇が、その好機を見逃すはずがない。
「――これで終わりよ、バファロー!」
フランソワの身体が極限まで撓り、爆発的な脱力から放たれた渾身の通背拳が、バファローの胸板の正中線へと真っ正面から炸裂した。
ドバァァァン!!!
鎧を透過する最大威力の衝撃波がバファローの巨躯を突き抜ける。
「が、はっ……!」
バファローは堪らず、ズシンと激しい音を立てて舞台に膝を突いた。これ以上戦えば、肉体が本当に崩壊する――ハルトのしごきの中で覚えた「死線」の感覚が、彼に終わりを告げていた。
バファローは床を拳で叩き、悔しげに顔を歪めながらも、堂々と右手を挙げた。
「……っ、参りました……! 僕の、負けです!」
清々しい降伏宣言。その瞬間、会場を埋め尽くした観客たちから、勝者と敗者の双方を称える割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こった。
「勝負あり! 優勝は、修羅道場フランソワぁぁぁ!!」
その後の表彰式では、貴賓席で未だに青い顔をして震えている領主から、優勝賞金である金貨五十枚が入った重い袋が、フランソワの手へと手渡された。武器も魔法も持たないエルフの娘が、武術大会の頂点に君臨した瞬間だった。
「で、で、ではっ! ここ、これにて新春武術大会を閉幕とするっ!」
領主のたどたどしい宣言で大会が閉幕し、夕暮れ時の静けさが戻った修羅道場。
広間に集まったフランソワ、オリバー、バファローの三人。そして、その前に立つ師、陣春人。
フランソワは手に入れた金貨の袋を、春人の前の机に静かに置いた。
「師匠、賞金の金貨五十枚です。これで、道場の資金不足は解決ですね」
「ああ、助かった。これでバファローに心置きなくちゃんこ鍋を食わせてやれる」
春人はフッと短く笑うと、腕を組んで三人の愛弟子たちを真っ正面から見据えた。
「フランソワ、オリバー、バファロー。初の表舞台で、修羅道場の名を背負い、よく戦い抜いた。お前たちの健闘を称える。……だが」
春人の瞳に、一瞬にして武の絶対者の鋭い光が宿る。
「決勝戦の通背拳、まだ無駄な力みが残っていたな。バファローも、軸をずらす際の摺り足が僅かに甘い。オリバーは言うまでもない、集中力の維持が課題だ。――お前たちの『格闘技』は、まだ始まったばかりだぞ」
その言葉に、三人の背筋がピシッと伸びた。世界を震撼させた自分たちの強さなど、この隔絶した強さを誇る師匠の前では、未だに赤子も同然なのだ。だが、その事実が、彼らの胸をこの上なく熱く高揚させた。
「さあ、飯を食ったら明日からまたシゴきだ。全員、気合を入れろ!」
「「「はい、師匠!!!」」」
「ちょっと! その前に試合で負った傷の治癒が先でしょ!」
ポルが呆れ顔で笑いながら弟子達に治癒魔法を掛け、ちゃんこ鍋の湯気が再び道場を包み込む。異世界の常識を粉砕した発展途上の修羅たちは、さらなる高みを目指し、再び地獄の修行の日々へと歩みを進めるのだった。




