鳴動し、跳躍する城塞
「第二試合、修羅道場オリバーの勝利ィィッ!」
再び訪れた静寂。そして、それを塗り替える激しい歓声。
修羅道場の弟子たちによる二連続の番狂わせに会場が沸き立つ中、どす、どす、と地響きを立てて舞台に上がるのは、修羅道場の三番手――猪の獣人、バファロー・ビッグスである。
「さあ、大会は早くも大荒れだぁ! 続く第三試合、東側からの入場は、我がアルディア領の若き天才! その神速の剣技は、目にも留まらぬ速度で敵の急所を抉り取る――美技のレイピア使い、シルバぁぁぁ!!」
黄色い歓声を浴びながら、華奢で洗練された衣服に身を包んだ男がしなやかに舞台へ上がった。その手には、針のように細く鋭い一本のレイピアが握られている。シルバはバファローの丸々とした巨体を見て、あからさまに不快げに鼻を鳴らした。
「対する西側は、またしても修羅道場! 実家の宿屋では無駄飯食らいと罵られていたデブ獣人、バファローだぁ! ……おいおい、いくら数日前に酒場で大鎚を受け止めたからって、レイピアの刺突は『面』ではなく『点』の攻撃だぞ!? 鎧も着けずにそんな贅肉を晒して、穴あきチーズにされるのがオチだ!」
司会の辛辣な言葉に、観客たちも「そうだ! シルバ様、そのデブの腹を風穴だらけにしてやれ!」と叫ぶ。
だが、バファローは観客の声など耳に入らぬ様子で、春人から伝授された相撲の構え――深く腰を落とし、両手を前に出す形を取った。その瞳には、かつての臆病者の影は一切ない。
「それでは――始めいッ!!」
銅鑼の音が響いた瞬間、シルバの身体が陽炎のようにブレた。
「ふん、鈍重な獣人が。私の華麗な剣技が見えるか?」
シュシュシュシュッ! と、空気を細かく切り裂く連続音が響く。シルバは俊敏なステップでバファローを翻弄しながら、その鋭い剣先で怒濤の連続突きを浴びせかけた。
ドスッ! ドスッ! ドスッ! ドスッ!
バファローの剥き出しの胸や腹、肩に、針のような鋭い刺突が何発も突き刺さる。
しかし、バファローは防御の構えを一切取らなかった。ただ両足を肩幅に開き、腰を落とし、地獄のシゴキによって練り上げられた全身の筋肉と脂肪を極限まで緊張させ、そのすべての刺突を『真っ正面から受け切って』いた。
「なに……!? 刺さらない、だと……!?」
シルバの顔に驚愕が走る。彼のレイピアは、バファローの皮膚を一枚も破ることができず、まるで強固な鉄壁にぶつかったかのように弾かれていたのだ。
「舐めるな! ならば急所の喉元、あるいは目だ!」
シルバは即座に狙いを変更し、筋肉の鎧の隙間である致命の急所へと必殺の突きを放った。
だが、バファローはただ受けるだけの木偶ではなかった。
(――師匠の言った通り、全部受ける。でも、芯は外す!)
突きが届く直前、バファローは相撲の『摺り足』の要領で、足裏を地面に滑らせて身体の軸をほんの数センチだけ横にずらした。
キィィン! と虚しい金属音が響く。シルバが狙った喉元への刺突は、バファローがずらした首筋の分厚い筋肉へと受け流され、急所を完全に外された。
「しまっ……!?」
連続の全力刺突により、シルバの呼吸が乱れる。危険を察知した彼は、仕切り直すために一歩、大きく後ろへと跳んで距離を取ろうとした。
――その隙を、春人の目が、そして春人の指導によって鍛え上げられたバファローの肉体が逃すはずがなかった。
「ふんッ!!」
バファローは大地が爆発したかのような強烈な踏み込みを見せた。
相撲とプロレスの鍛錬によって発達した下半身の筋肉とバネ。その爆発的な前進力は、シルバの想像を遥かに超える速度で間合いをゼロにした。
「なっ、速……っ!?」
目の前に突如現れた肉の壁に、シルバは咄嗟にレイピアと腕を交差させて防御の姿勢を取った。
だが、そこへバファローの丸太のような右腕が、容赦なく突き出された。――爆発的な前進力によるすさまじい速度が加わった渾身の『張り手』。
ドゴォォォン!!
およそ素手が出していいとは思えない質量兵器のような打撃が、シルバの防御ごと叩きつけられる。凄まじい衝撃に、シルバのレイピアはへし折れ、その華奢な体勢は完全に崩れ去った。
「これで、終わりだぁぁぁ!!」
体勢を崩し、宙に浮きかけたシルバの目の前で、バファローの巨体が驚異的な跳躍を見せた。
修行の成果。春人とのスパーリングで、跳躍の高さ、身体のひねり、着地の姿勢に至るまで徹底的にフォームを調整し続けた、プロレスの華。
「これが、師匠直伝――ドロップキック!!!」
バファローの両足が、シルバの胸板へと寸分の狂いなく、真っ正面から炸裂した。
ズドォォォォンッ!!!
舞台全体が激しく揺れ動く。
直撃を受けたシルバの身体は、まるで大砲から放たれた砲弾のように凄まじい勢いで真後ろへと吹き飛んだ。舞台の床を何度もバウンドし、そのまま舞台の壁をも突き破って、場外の観客席の空きスペースへと文字通り弾け飛んでいった。
静まり返る会場。
折れたレイピアの破片が、舞台の床にチリンと寂しい音を立てて転がる。
「……しょ、勝負あり! 勝者、修羅道場バファロー!!」
司会の震える声が響き渡った瞬間、バファローは天を仰ぎ、その太い両腕を突き上げて、胸の奥底から爆音のような勝利の雄たけびを轟かせた。
「ゴアァァァァァァァッ!!!」
その咆哮は、かつて自分を「無駄飯食らい」と蔑んだすべてを吹き飛ばし、不壊の鎧、そして動く肉の城塞としての威厳を世界に証明する響きだった。
「なんだあいつの速さは!? 本当にあれが『無駄飯食らい』のバファローかよっ!?」
「噓だろ!? いくらシルバが華奢だからって、蹴り一発であそこまで飛ぶか!?」
「そもそもあいつ、レイピアで刺されまくって傷一つないってどういうことだよ!?」
ざわつく観客たちをよそに、バファローは大きく息を吐き呼吸を整える。
「ごっつあんです!」
興奮冷めやらぬ内にバファローは春人に向かって、教わった通りに力強く一礼した。




