八
清把はあれ以降、原田に出会う事なく夏休みを迎えた。
互いの学校に連絡した事が良かったのか、原田は清把の前に姿を現す事は無かった。
だが実際は何度か原田は清把の所へ行こうとしたが、その度に運良く人にぶつかって行くてを塞がれて清把に追いつけなかったり、モタモタしてる間に見張っていた加藤に捕まったりして事なきを得ていた。その度に加藤が教師に報告していたので、教師の方も原田の親に連絡を入れては指導と警告をしていたという事を睦美と加藤から聞いていた。
清把は加藤に心底申し訳なく思い、その連絡をもらう度に礼を言うしかできなかった。その度に加藤は気にしなくていいと言ってくれるがどうしたって気にしてしまう。せめてもの礼として、清把は一学期の最後の日に睦美に人気テーマパークの割引券と食事券を渡した。
「え、清把ちゃん。これ貰っていいの?」
「うん。私、夏休みは田舎にずっといるからさ。睦美ちゃん達に使ってもらいたいなって。期限、八月いっぱいだしね。だから遠慮とかいらないから、ね」
とはいってもこのテーマパークはかなりの人気だし、清把も行きたいと言っていた事を睦美は覚えていたので自分よりも清把が使った方がいいのではと思ってしまう。
「大丈夫だよ。私は人混みが苦手だから夏休みに行こうとは思ってないから。もっと空いてから行きたいし。だから先に行って感想聞かせてよ、ね?」
睦美の気持ちを察した清把が、遠慮なくもらってもらうためにさらに理由を付け足して言った。
「そっか。じゃあ遠慮なくもらうね。お土産買ってくるからね」
睦美は清把からチケット受取り、笑顔で言った。
「うん、期待して待ってる」
「任せて!」
二人は顔を見合わせて笑い出した。
そうして夏休みに入り、清把は早々に母親の実家へと向かったのだ。
「あ、お母さん来たみたい」
清把は箱から出そうとした提灯を畳に置いた。
「お、早かったな」
伯父の健一も祭壇の飾りつけの手を止め、母屋の前に止まった車を見た。
「清把! ちゃんと伯父さん達の手伝いしてた? 兄ちゃん、清把、ちゃんとしてた?」
実夏子は車から下りるなりそう言った。
「失礼だな。ちゃんとしてるよ」
「ああ、今もほら、祭壇の準備してるぞ。うちのは皆いねぇからな」
健一は縁側に腰掛けた実夏子に向かって笑いながら言った。
「あら、三人は?」
「里如は青年会、ののかは友達と買い物、ももかは田村の方だ。だから今うちはだーれもいねえのさ。母ちゃんに言ってやんな、清把は一生懸命働いてますってな」
「そういうことだよ、お母さん」
清把は淡々と祭壇を飾りつけていく。
「それなら清把が働くしかないわねえ。特に今年は無理言ったしね」
実夏子は清把を褒めることなく当然の事だといった顔する。清把も働くのは当然だと思っているので、褒められなくてもどうもしない。
「別にうちは構わねえよ。それどころか手伝いが増えて大助かりだ」
はははと健一は笑う。
「そうね。里如達も家にいるより外にいる方が多いもんね。まあそういう年頃だから仕方ないけど」
満知子が苦笑しながら同意する。
「そういうわけだ。実夏子、荷物置いてきたらこっち来い。離れは今誰もいないから」
「父ちゃん達は畑?」
「ああ」
「わかった。あ、満知子、そのお土産頂戴」
実夏子は開いたトランクの所にある薄い黄色の紙袋を指差し、満知子が渡す。
「兄ちゃん達のお土産はこれ」
実夏子は薄い黄色の紙袋を満知子から受取り、健一に渡す。
「おう、ありがとさん」
健一は紙袋を受け取った。
「で、こっちがお供物ね」
実夏子は満知子から白い紙袋を受取り、健一に渡す。
「おう」
健一は供物を受取ると、部屋の隅に置いた。
「じゃ、荷物置いてくるね」
実夏子は車に戻り、トランクから荷物を取り出し離れへと向かった。
満知子は母屋へと入った。
「満知子、麦茶出しといてくれ」
健一が台所へ向かった満知子に声をかけ「わかった」と声が返る。
「清把もちょっと休憩だ。実夏子が来るからな」
「うん」
清把は空いた箱を片付け、座敷の方へ移動した。
夜になり、子供達を部屋に追い払った後、健一と実夏子は母屋で兄妹二人で酒を飲んでいた。
「兄ちゃん、清把大丈夫だった?」
「ああ。何度も言ってるが、元気にしてたぞ。畑手伝ったり満知子と遊びに行ったりしてな。里如達とはあんまり遊びに行ってないが、ちょっと買い物に出かけたりはしてたな」
「そう。ならよかった」
実夏子はほっとしてコップに入っているビールを飲んだ。
「まさか清把にストーカーがいるなんて思わなかったからね。勿論、つきまとっている子がいるとは聞いていたけど。しかも小学生の時の同級生でそこから延々清把の事を好きだったんだから、ねえ」
実夏子は溜息を吐いて、またビールを飲んだ。
「話を聞いた時は本当、驚いたわ。名前とかはわかってたから相手の親にも注意したけど、悪いと思ってないのよ、あっちは。だからパパからも言ってもらったの。つきまといを続けるなら学校にも警察にもありとあらゆる所に言って然るべき対応をするって。そしたら両親揃って謝罪してきたけど。でも電話でだけよ。外で会ってとかじゃなくて。信じられる? 自分の子がやらかした事なのに!」
実夏子は吐き出す様に健一に言う。
「清把もぞっとしてたけど、自己防衛するしかないって思った、なんて冷静に言うからどうすればいいのかわかんなくなっちゃって。だから今年は早めに実家に行かせようってパパと話したのよ。清把もそうするって言ったから。兄ちゃん達には申し訳なかったけど」
「ウチは構わねえよ。父ちゃん達もあんまり会えない孫をかまえて喜んでたしな。ていうか随分とこっちに馴染んでるぞ、清把」
健一もコップに入ったビールを飲んだ。空になったので瓶から注ごうとしたが、実夏子がビールを注いでくれた。
「まあだからいざとなれば、こっちに来ても問題はねえよ。姪が娘になる様なもんだ」
健一はとつとつと言った。
「兄ちゃん……。ありがと。どうなるかわかんないけど清把の意思を聞きながら、なんとかするわ」
「ああ、そうしろ」
二人はふっ、と息を吐いてビールを飲む。
おつまみの枝豆を食べながら、今度は昔話に花を咲かせた。
清把は布団に入ったが、すぐには眠らず汞の事を今日も考えていた。今日だけではなく、毎日、だが。
(汞君、大丈夫なのかな……)
最後に汞に会ったのは六月の半ばだった。
汞の体調が良くないから、汞の代わりに叔母で養母の佳奈恵が清把の迎えに来てくれていたのだ。
佳奈恵から聞く限りでは、病院には勿論行ったが、直ぐに治るような感じではない様で、今はこっちで療養しているとの事。
汞に会いに行きたいが、汞の家には行けないのだ。どうにか行ければと、それとなく探ってみたが行く手立ては見つからなかった。あまり深入りすると、祖父や伯父に警戒されてしまう。散歩に行くと言って汞の家の辺りをそれとなく行こうとしても、何処からともなく人が出て来て止められ、最後には伯父に叱られるという事を、汞の家の事以外にもしているのであまり目立ちたくはない。ただそのせいで、今では『流澤の家の者』『健一の姪』と周知されたので、あまり不審な目は向けられなくなった。
お盆が終わった頃、佳奈恵がこちらになんとしても来るというので、汞に会うには伯父達の目を盗んで佳奈恵に合流するしかない。
ただどうやって合流するかはまだわからない。佳奈恵の連絡待ちだ。
(汞君、大丈夫かな。まだ具合悪いのかな)
毎日毎日汞の事を想い、考える。
そして願う事は一つ。
汞君に会いたい——
ただそれだけだった。




