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公園に入ると開けたスペースがあり、休みの日などはそこに何台ものキッチンカーが来たり、大道芸をしたりしている。今は大学生だろうか。ストリートダンスの練習をしているグループがいた。
清把達はそのグループとは反対側の、人気が少ない場所に移動した。ここなら多少大声で話しても、不審な目を向けられる事はないし、野次馬も少なくてすむ。
原田は加藤にしっかりと腕を掴まれた状態で、清把達の前にいた。
「えっと、まずはこいつが迷惑かけてごめんね、久桷さん」
加藤が申し訳なさそうに軽く頭を下げた。
「こいつと一緒に駅に向かってたらいきなり『清把だ!』って言って走り出したんだよ。一瞬の事だったから俺も反応できなくて。すぐ追っかけたんだけど、間に合わなくて……ごめん」
加藤はまた小さく頭を下げた。
加藤は悪くなく、むしろとばっちりを受けている側だ。謝られるとこちらが申し訳なくなる。
「加藤君は悪くないよ」
清把が今言える言葉はこれしか思い浮かばなかった。
「まず現状整理しようか。アレは清把ちゃんを自分の彼女だと言っているけど、そうなの?」
「違う」
清把は首も振って絶対に違うと即座に否定する。
現状確認とはいえ、汞にそんな問いをされる事は疑われている様でとても嫌だった。
「そうだよね。清把ちゃんと付き合っているのは僕だからね。嫌な質問してごめんね、清把ちゃん」
汞は詫び、清把の頭を優しく撫でた。
「違う! 清把は俺の彼女だ! 寂しがらせて本当にごめん、清把。でももう大丈夫。これからは俺が側にいるから、機嫌なおしてくれよ。な……?」
原田は謝り、許しを強請る甘えた声で清把に伝えるが、清把はあまりの頭のおかしさにゾッとして汞を見上げ、視線で助けを求めた。
「何をどうすればそこまで思い込めるのかな。清把ちゃんが君に好きだ、とか付き合おう、とか言ったのかい」
「言ってない! そんな事言ったことなんてないよ、汞君」
原田よりも先に清把がきっぱり否定した。汞以外にそんな感情を持ったことなど一度も無い。
「清把……? なに言ってんだよ。俺達一緒に逢って遊んだじゃん。あんなに可愛く俺に笑って……また遊ぼうって言ったらうん、って言ったじゃん。俺の事が好きだから一緒に遊ぶって言ったんだろ? そうだろう……?」
原田が酷くショックを受けた顔をして清把を見ている。
「えっ……? 一緒に遊んでなんて無いよ? え……?」
原田の話に清把も驚いた。遊んだ記憶なんて全く無い。いじめられた記憶ならあるのだが。まさかいじめを遊びと勘違いしているのだろうか。
「おい原田、久桷さんと遊んだっていつの話だ? 俺、お前から女の子と遊んだーなんて話、聞いたことないぞ?」
加藤も清把と同じ様な事を思ったらしく、原田に問うた。
「小学校の時だよ。俺、家の都合で三年の時に編入してさ。清把と同じクラスになって遊んだんだ。そしたら清把の方から俺に近づいてきてさ。色々面倒見てくれるから、俺の事が好きなんだなって。なら俺もその気持ちに応えなきゃって。なのに清把は俺から逃げる様になって。でも俺はそれも俺の気を引きたいんだってわかってたから、根気よくアプローチしてたのに、周りの奴等が俺と清把の邪魔をする様になってあんまり触れ合えなくなるし、また親の都合で転校になるしでちゃんと別れの挨拶もできないしで最悪だった。でもそれならまたちゃんと清把に逢いに行けばいい、今度は結婚を前提に申し込みに行けば喜ぶはずだからって。高校卒業したら清把に逢いに行こうって決めて、それまでに俺も清把に似合う男にならなきゃって色々頑張ったんだ。そうしたら俺が迎えに行く前に清把に逢えたんだ。これはもう運命しかないだろ。清把も俺の事が好きだから出逢えたんだ。それなのに清把は浮気をしていて、俺がどれだけ傷ついたかわかるか!? でもよく考えたんだ。側で支えてやれる俺がいないのが悪かったんだって。心細かったり不安な時に側にいる男に浮気するのは仕方がないって。だから俺は清把の浮気を許すよ。だって清把を愛してるからね、俺は」
原田は悔しげに、憎しげに、悲しげに、表情を色々変えながら話し、最後はとても爽やかな笑顔で清把に手を差し出した。迎えに来たよと言わんばかりに。
だが、原田以外の者は完全に引いていた。顔を引き攣らせドン引きだった。暫く誰も口を開かなかったが、加藤が沈黙を破った。
「……なあ、原田。お前には色々突っこみたいところはあるが……。久桷さん、こいつとのそんな記憶、ある?」
「無い。無いけど、もしかしたらっていうのは……」
思い当たる事はあったが、あれをそんなに都合良く思いこめるのかと思うともう絶対に原田とは関わり合いたくないと清把は思った。
「清把ちゃん、その心当たり、話してくれるかな」
汞が言い淀む清把を促す。
「あ、うん。あのね、原田君が転校して来た時、私隣の席だったんだよね、確か。で、先生に原田君の席の近くの人全員に転校生の子はまだ不安だったり、教科書も足りないのがあるから見せてあげてね、慣れるまで面倒みてあげてねって言われたから、教科書見せたり遊んだりしただけで、別に好きだから優しくしたとかではないんだけど」
「は……? 好きでも無いのに優しくしてあんなに可愛く笑いかけたのか、清把は……」
愕然とした表情と声で原田が呟く。
「え? 私以外の女の子とも遊んでたし、その子も可愛く笑ってたよ。その子、私より可愛かったよ。えっと……確か……そう、貴子ちゃん。貴子ちゃんと菅原君とあと野田? 野川君? だっけ? で原田君が慣れるまで面倒見た記憶はあるけど。それ以外は嫌がらせされた記憶しかない……」
「そんな……」
「原田……」
「成程。つまり、君の思い込みだけで、君は清把ちゃんに嫌がらせをし、かつ今もその思い込みを根拠に清把ちゃんに付き纏っているということか」
汞は原田に呆れと蔑みの混じった視線を冷たく向ける。
「嘘だ、嘘だ……。だってママは女の子はそういうものだって……」
原田は呆然となって呟いている。
「ママ、ね。君はママからそう言われたから清把ちゃんに付き纏って嫌がらせをしたんだね。でも実際は違った。清把ちゃんは君の事を嫌悪している。それはそうだよね、一方的に付き纏われ、歪んだ想いをぶつけられればそれは当然だ。そんな事をして清把ちゃんに好かれていると思えるところがおかしい。君も君のママもね」
「ママはおかしくない!」
原田が激昂した。
「ママは美人で頭もいい。ママの言う事はみんな正しかった! だから俺は間違ってない! おかしいのはお前らだっ!」
「あ、おい、原田!」
それだけ言い捨てると原田は走って逃げて行った。あまりにも一方的な言い分に残った三人は原田を追う事もなく、顔を見合わせた。
「原田……」
深い溜息を吐いて、加藤は脱力した。
「加藤君……」
清把は何と言えばいいのかわからず、ただ見守るしかできない。
「ああ、ごめんね、久桷さん。……俺さ、あいつとは高校入ってからの付き合いだけど、あんな奴だなんて知らなかったし思わなかった。思い込みが強い奴なのは感じてたけどここまで酷いとは思わなくて。ああもう、俺もどうすればいいのかわかんねえ……」
加藤はまた大きな溜息を吐いた。
親友のあんな一面をいきなり見せられて、これからどう付き合えばいいのかなんてすぐにはわからないだろう。
「……加藤君は悪くない。でも、ごめんね。こんな事になっちゃって」
「いや、それこそ久桷さんは悪くないよ。被害者なんだから。……とりあえず、俺も今日は帰るよ。またなんかあったら睦美に連絡するよ」
「うん。あ、でも睦美ちゃんにあんまり迷惑かけたくないし、あの人の事でなんかあったら私に直接連絡くれないかな。いいよね、汞君」
汞は少し考えて「いいよ」と言った。
「ただし、君が清把ちゃんと連絡先を交換したなんて知られたら面倒だから登録する名前は変えてくれるかな、加藤君」
「あ、はい。万が一を考えて確かにその方がいいです。えと、じゃあ何で登録する?」
「うーん……」
清把は考えるが、どうでもいい名前でもいざつけるとなると考えてしまう。
「じゃあ篠原にすればい。加藤君、篠原で登録してくれる? 清把ちゃん、電話番号教えてあげて」
「あ、うん」
汞に指示され清把と加藤は連絡先を交換し、今日はこれでお開きとなった。
加藤の疲労感漂う背中を見送り、二人もゆっくり駅に向かって歩き出す。
手はもう繋いでいない。清把はつい先程まであった温もりを探す様に、右手を軽く握ったり開いたりする。
「清把ちゃん。アレは多分、いや、絶対に清把ちゃんを諦めないと思うから、一人にならない様注意してね」
「えっ!? そんな怖い事言わないで欲しい」
清把は頭から冷水を浴びせられたごとく、恐怖と寒気に襲われた。
「でも事実だよ。だから一人にならない様、十分気をつけてね」
「うん。わかった……」
清把は沈んだ声で返事をした。
汞がここまで言うならそれはもう確信ではなく確実なのだ。
これからの事を考えると憂鬱しかないが、汞と一緒にいられる時間も増える。
それに関してだけは原田に感謝してもいいかもしれないと、清把は隣をゆっくり歩く汞を見上げた。
スマホがまだ存在しない時代の話です。携帯電話の時代です。




