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清把と別れた汞は養父の経営する喫茶店へと向かった。
店に入り中を見回すと、客はあまりいなかった。ピーク時間の過ぎた裏通りにある喫茶店ならこんなものだろう。
「お、汞ちゃん。久しぶりだなぁ」
カウンターに座っている中年男性が声をかけた。
「こんにちは、長谷部さん。二、三ヶ月振りですかね」
「ああ、そうかもなあ。大学院だっけ? 勉強好きだねえ、汞ちゃんは」
長谷部はケタケタ笑う。
「ええ、楽しいですよ。長谷部さんもごゆっくり」
「おう」
長谷部は手に持った競馬新聞にまた意識を戻し、うーんと悩み出した。
「おかえり、汞。珍しいな、こっちに来るなんて」
カウンターにいて片付けをしていた養父が言う。
「うん。お養父さんに相談があって。ちょっとこっちでいいかな?」
汞はカウンターに入り、隅の方に行き養父を小さく手招きした。
養父は汞の方へ移動し、小さな声で問う。
「何があった」
「うん。ちょっと急ぎで調べて欲しい事があって。……欅学院三年生の原田結貴。旧姓は中浦結貴」
養父は顔を強張らせ、それから苦い顔になる。
「お前、それは……」
「お養父さんがそんな顔をするなら当たり、って事だね」
汞は苦笑した。
「素行や経歴でいいのか」
「うん」
「わかった。ちょっと店番頼む」
「うん」
汞は頷き、養父はカウンターの奥にある厨房に入り、そこから外に出た。外には二階に行く階段がある。二階は住居兼事務所になっている。住居できるが、ここに住んでいるわけではない。自宅は別にちゃんとある。
暫くすると養父は戻って来たが、手にはA4サイズの茶封筒を持っていた。
「これに経歴諸々が入ってる。直近の素行やらはまた後で渡す」
養父は汞に茶封筒を渡す。茶封筒はそれなりの重さがあった。
「ありがとうお養父さん。ていうかもう調べてたんだ」
苦笑しながら汞は受け取った。
「ああ。いつかお前が訊いてくるかもしれないと思ってな。勿論、佳奈恵も了承済みだぞ。凛子さんも汞に任せるって言ったからな」
「そう」
「どうする。今見るか?」
「ううん。家で見るよ」
「そうか。気をつけて帰れよ」
「うん。じゃあ帰るね」
「ああ」
汞は茶封筒をショルダーバッグに入れ、軽く養父に手を振って店を後にした。
家に着くとすぐに自室に行き、ショルダーバッグから茶封筒を出す。
イスに座り茶封筒を開けると黒いファイルが入っていた。ファイルを出し、中を開くと『原田結貴に関する報告書』という見出しの書類がファイルされていた。
パラパラと報告書を捲り、読み進める度、子よりも両親が最悪だという事がよくわかった。最悪の両親の影響を一身に受ければああいう結果になるのは当然の事だろう。
汞は一通り読み終えたファイルを無造作に勉強机に置いた。
イスの背に体重を預け、天井を見る。
オフホワイトの天井をぼんやりと眺め、情報を整理する。いや、整理する必要など無い。報告書の三人がクズだという事。子供はこれからも清把に手を出す事。
場合によっては——いや、清把を絶対に手に入れるために襲うだろう。
嫌がり必死に抵抗する清把を組みしき、その抵抗すら本気の抵抗では無いと勝手に思い込むんだろう。
あのクズと同じ様に——。
そう思ったら汞の身体中の血が熱くなり、例え様が無い程の悪寒と吐気がせりあがり——
「ぅんっ、ぐっ、ごほっごほっ——」
すぐにイスから立ち上がり、咄嗟に掴んだゴミ箱に、汞はせりあがったものを吐き出した。
「っはあっ、はあっ、はあっ……」
汞は息を整える。立とうとしても立ち上がる事ができず、膝でベッド近くにあるティッシュの所まで移動し、微かに震える手をティッシュに伸ばした時。
目にうつった掌は赤黒かった。
「————っ」
汞は手を引っ込め、身体の向きを変えてベッドに寄りかかった。
両膝を立て、両膝に両手をのせた。
両掌は赤黒い色が付いていた。
汞はじっと掌を見つめ、溜息を吐いた。
「あーあ。嫌だなぁ」
そうぽつりと零し、立ち上がる。
そしてティッシュを数枚取り、ゴミ箱を持つ。
ドアノブが汚れない様ティッシュで掴み、部屋を出た。
養母が帰って来るまでに片付けなければいけない。
何事も無かった様に。




