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九夏(きゅうか)の恋  作者: 水瀬 りお


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肆拾伍

祀賀偂(しがさき)の家につき、清把達は母屋ではなく離れへと案内された。

凛子が清把の母親、美夏子に挨拶をしておきたいからとのことだった。


清把、美夏子、佳奈恵は離れのリビングにいた。

清把は早く瑣高に逢いたかったが、逢うのが怖いとも思っている。自分の目で瑣高の亡骸を見てしまえば、瑣高はもうこの世にはいないという現実を受け入れなければいけない。受け入れたくなくても、信じたくない現実を突きつけられるだけ。瑣高に逢う心の準備はしたつもりだったが、こんなにも簡単に心がぐらつくのなら、平静を保って逢うことはできなさそうだった。

そんな清把の心を落ち着けるためにも一旦離れへ連れて来られたのはよかったのかもしれない。


「初めまして、よね。流澤(ながさわ)実夏子(みかこ)さん」


向かいのソファーに座る凛子が美夏子に冷たい笑顔を浮かべた。

「そうですね。あと今は久桷(くずみ)美夏子です」

美夏子は凛子の冷たい視線にも怯まず答えた。

「ああそうでしたね。……まあ私にしてみれば流澤の家の者には変わらないので」

凛子は一呼吸置いてからまた話し出す。

「それであなたは家の事、どれくらい知っているのかしら」

冷んやりと鋭い視線を向けて美夏子に問う。

「……娘が知っている事だけです」

美夏子は凛子にのまれないよう、少し強い口調で答えた。

「そう。あなたはうちの事、なんて言われていたのかしら」

「子供の頃、ここら辺には何があるのか訊いた時には廃屋があるから絶対に近づくなと」

「廃屋、ね。っふふっ。ふふふっ。五百年も私達を酷使しておきながらここには人がいない、ですって! 今この瞬間も殺されているのに、廃屋だから近づくな、なんてね! ……本当、この村の奴らはゴミ以下だわ」

「……ええ。そうですね」

凛子は美夏子の言葉に強い衝撃を受け、驚愕の顔で美夏子に釘付けになった。

「私はこの村で生きた時間より、外で生きた時間の方が長いので、この村の歪さが理解できます。でも村で産まれ育ったので、村の気持ちも理解できます。だから……、娘が言った様に、呪いを解いた時にこの村が謝罪なり浄化なり、アフターケアをしなければいけなかったんですよ。そうすれば、私達の関係もほんの少しだけ変わっていたかもしれない。でも、この村がそんな事をするとは思わない。だからあなた達が私達や村を憎むのは当然だと思います」

美夏子は真摯に自分の考えを吐露した。

凛子は毒気を抜かれた様で、険しかった表情が少しゆるんだ。


「……嫌なら逃げちゃえばよかったのに」


ぽそっと佳奈恵が呟いた。

その言葉に三人ははっとした顔で佳奈恵を見た。

「え、や、何!? 私、なんか変なこと言った!?」

佳奈恵は三人の視線が一瞬で自分に集まりおろおろした。

「確かに。嫌なら逃げればよかったのにね。最初の人達はともかく、呪いが解かれた後なら何処にでも行けたんじゃないのかな」

「馬鹿ね、清把。いくら呪いを解いたからって、村の人達が逃すわけないでしょ。お役目は無くなっても穢れ自体は残ってて、残った穢れを受けさせなければいけないんだから」

母親は娘の考えに突っこみを入れた。

「でも、全員は無理でも一人や二人なら逃げられたんじゃない?」

「多分無理ね。逃げるなんてできない、もしくは逃げるという考えすら浮かばないと思うわ。……そういう風にね、小さい頃から何かしら言われ続けていたと思うわよ。たとえば、お前はこの村で一生生きるんだとか、外に行ったって行く場所なんかないぞ、とか?」

「え、なにそれ。……でもまああるか。昔はそういう感じだもんね。郷土史とか古い本とか読んでるとそういう空気感があったし。まあ田舎ってそういう感じがあるのはわかるし」

親子二人でうんうんと頷きあっている所に突然笑い声がわいた。

「ふっ、ふふっ、あははははっ! ふふふっ、いやだ、何これ。私達の五百年をそんな簡単に言われるとは思わなかったわ! しかも流澤の者にね! 一体どんな皮肉かしら!」

自嘲しながら凛子は言った。

「凛子さん……」

そんな凛子を佳奈恵は悲しむ様な、憐れむ様な、痛ましい様な表情で見、清把と美夏子はしまったという様な表情で互いを見た。

五百年という長い時間、この村に虐げられていた一族に対して、虐げていた側が軽々しく言っていい事では無い。

三人は凛子が落ち着くまで、ただ見守るしかない。

落ち着きを取り戻した凛子は立ち上がり、居間を出て行ったがすぐに戻って来た。水の音が聞こえたから、多分水を飲んできたのだろう。

ソファーには座らず立ったまま、座る三人に言った。

「じゃあ行きましょうか」

凛子はもうこれ以上話す事はないという気配を出していた。

母親と佳奈恵は立ち上がったが、清把は立ち上がれなかった。

「清把?」

立たない娘に母親は声をかけた。

清把は凛子のその言葉を聞いた瞬間、心臓が跳ね上がった。

瑣高に逢える。

だがそれは、瑣高の死を目の当たりにして受け止めること。

瑣高の死を——。

「あら、お嬢さんは瑣高に会いたくないのかしら」

清把ははっとして凛子を見上げた。

「……逢いたい、です」

「そう。なら早く立ちなさい」

促されても清把は立ち上がれなかった。

怖くて。

怖くて、怖いけど、瑣高に逢いたい。

でもそれは瑣高の死を完全無慈悲に清把に突きつけるのだ.

瑣高はもう、この世の何処にもいない、と——。

「ふふ。お嬢さんは瑣高に会うのが怖いのね。瑣高が死んだって認めたくないのね」

清把は内心びくりとし、下げた視線をまた凛子に戻した。

「でも会わないなんて許さないわ。だってあなたにはちゃんと認識してもらわないとね。——誰が、瑣高を殺したのかを、ね。ねえ、お嬢さん」

凛子は艶然と微笑んだ。

清把の視界がうっすらと滲み始めた。

「清把」

母親が心配して声をかけ、隣に座り背を撫で、膝に置いた手に自身の手を重ねる。

「それにしても上手くやったわよね。あの子、無様に死なないために、小さい頃から必死に感情を殺してきたの。中学生になる頃にはもうかなり感情を擦り潰して……コントロールできる様になっていたわ。そんな、無様に死なないために自ら壊れた瑣高をあなたは上手に誘惑して籠絡した。その結果がこれよ。あなたはね、人一人を殺しているの。瑣高に想いを寄せる事が死に繋がる事を知らなかったとしても、あなたのした事——瑣高を好きになり想いを寄せた事で瑣高は死んだ。その事実から目を背ける事は絶対に許さない。あなたはその目でしっかりと死んだ瑣高を見て、現実を——瑣高を殺したという現実を受け入れ認めなければいけないのよ」

「っ……!!」

清把の両目から一気に涙が溢れ出た。

「清把!」

母親が俯き、涙を流す娘を抱き寄せた。

母親は娘を抱きしめながら凛子を見上げ、強い非難の視線を向けた。

「そこまで言う必要はないでしょう。この子はまだ息子さんの死を受け入れきれていない。でも受け入れなければいけないこともわかっています。だから」

凛子は美夏子の話を遮って話す。

「だから今はそんな事を話すな、優しくしろとでも言うのかしら。だとしたら笑ってしまうわ。ふふっ。今の話はね、あなたにも言っているのよ、流澤さん」

「え?」

「あら、わからなかった? 今は瑣高が死んだけど、瑣高の前にどれだけ祀賀偂(しがさき)の者が、他の二家があなた達流澤の者やここの村人達に殺されたと思っているの? 今あなた達がいるのは私達三家が犠牲になったから、今この場所にいるのよ。おわかりかしら」

「っ……。それは……」

美夏子は眉間に皺を寄せ、口籠る。

凛子の言う通り、この村の者は犠牲なった家の者達の命の上で生きている。

だからお前も息子の死に様を見届けろと凛子は言っているのだ。

何も言い返せなくなった美夏子が強く唇を引き結んだ所で、隣の清把が動き出した。

ワンピースのポケットからハンカチを取り出すと、涙を拭い始め、少しの間、ハンカチを両目に押し当ててから外し、ソファーから立ち上がった。両目は赤く腫れたが、目には力が戻った。

瑣高の元に行く決意がついた様だ。

「お母さん、行こう」

娘の決意した顔を見上げ、母親も決意した。

おそらくこの村の人間で、忌み避けられる家の者の神葬祭に出るなど初めてであろう自分が見届けなければいけないのだと、それが今まで何も知らずに生きてきた自分への義務と責任なのだと思い、ソファーから立ち上がった。

そんな二人を凛子は満足そうに見、「こっちよ」と言い玄関へ向かった。

清把と美夏子は後に続こうとしたが、佳奈恵が「大丈夫、清把ちゃん」と声をかけた。

三人のやり取りに口を挟む事ができず、見守る事しかできなかった佳奈恵がようやく声をかけられたのだ。

「うん、大丈夫だよ、佳奈恵さん。……瑣高君のお母さんの言う通り、私はちゃんと瑣高に逢わないといけないの。ちゃんと逢うって決めたはずなのにね。ここまで来て怖気付くなんて駄目だね」

力無く小さく苦笑した清把を佳奈恵はぎゅっと抱きしめた。

「おかしくないよ、清把ちゃん。そう思うのは当然だよ。大丈夫、私もお母さんも一緒にいるんだからね」

「佳奈恵さん……」

清把はまた涙腺が緩みそうになったが、ぎゅっと目を瞑り、佳奈恵をそっと押し返し、佳奈恵は離れた。

清把は佳奈恵と母親を見、小さく頷き、玄関へと歩き出した。

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