肆拾壹
大晦日。
年越しそばも食べ、風呂にも入り後は寝るだけという状態で清把は自室のベッドで本を読んでいた。
今年は田舎へと行けないので、母親と清把は家でのんびりとしている。父親と鈴花は父親の実家へと行き新年を迎える。
母親と清把が田舎に行かないのなら、今年は全員で父親の実家に行かないかと父親に言われたが清把は断った。父方の親戚とも仲は悪くないが、良くもない。泊まりができる程の親密さは清把には無いので断った。清把が行かないなら母親も行けない。高校生とはいえ、女の子を一人家に残して出かけられない。ストーカー騒ぎもまだ完全には片付いていないのだ。だから当然母親も留守番となる。
二人には気にせず楽しんできてほしいと言って、清把と母親は二人を送り出したのだ。
母親も一人でのんびりできるので、気楽でいいと言っていた。今は居間で年末の歌番組を見ている。
本も読み終わり次はゲームでもするかと思い、携帯ゲーム機を取りにベッドから下りようとしたら、枕元にある携帯電話が鳴った。
佳奈恵からの着信だ。
清把は慌てて電話に出る。
「もしもし、清把です」
『佳奈恵よ、清把ちゃん。夜遅くにごめんね。どうしても早く伝えなきゃいけなかったから』
時計をちらりと見るともう二十二時を過ぎていた。
「大丈夫ですよ。それより何かあったんですか」
佳奈恵がこんな時間にかけてくるのだ。しかも電話だ。よほどの事があったということだ。
『……うん。清把ちゃん、落ち着いて聞いてね。……汞が、死んだの』
「え…………」
清把の下腹部がヒュッとなり、頭は痺れた様になった。
(え……瑣高君が、死ん、だ……?)
頭がふわふわクラクラしてきた。
(瑣高君が……死んだ……?)
『……把ちゃ……清把ちゃん、清把ちゃん!』
意識が遠のきそうだった清把がハッとした。
佳奈恵の大きな声で、遠のきそうだった意識が戻って来た。
『聞こえてる、清把ちゃん! 清把ちゃん!』
心配そうに必死に声を出す佳奈恵に「はい……」と清把は答えた。
『それでね清把ちゃん、凛子さんが清把ちゃんが来たいなら来てもいいって言ったの。だから清把ちゃんも行くでしょ、汞の所に。で、行くならいつがいいのか教えてほしいの。私はいつでも行けるけど、清把ちゃんはそうじゃないでしょ。一緒に行きたいから決まったら連絡してほしいの』
「……行き、ます。はい、わかりました、佳奈恵さん」
清把は佳奈恵の言葉を聞きながらも、全く頭に入らない。頭にしみこまず、スルッと滑っていく様な感覚だ。
『うん。時間なんか気にしないでいつでも連絡してくれていいからね、清把ちゃん』
「はい、佳奈恵さん。それじゃあ、また」
『うん』
そう言って清把は電話を切った。
清把は枕元に携帯電話を置き、部屋の電気を消してベッドに入った。
部屋は真っ暗になり、目を開けていても閉じていても暗闇しか目に入らない。
清把は暗闇の中でぼんやりと今の会話を反芻する。
『汞が、死んだの』
佳奈恵さんはそう言った。
瑣高君が、死んだ。
死んだ。
死んだ……?
瑣高君が……死んだ。
身体の底からブワッと感情が迫り上がり、それはすぐに涙となって清把から溢れ出た。
「ゔっ、うぅっ……。さ、こう、くん……うそっ……さこう、くんっ……ゔっ……」
清把は声をなるべく押し殺して泣いた。
母親が寝るためにもう二階に来るとは思わないが、それでも万が一と考えてなるべく声を抑える。
抑えて泣きながらも心の中で、瑣高との思い出が蘇る。
いつも優しく接してくれた、綺麗な瑣高君。
怒られたり呆れられたりもした。
でもそうされてもその中には、瑣高君の優しさをちゃんと感じられた。
これは清把ちゃんのためだからと。
でも本当は私に村の血が流れていたから、里如君達への嫌がらせのために親切にしただけだって。
そう言っていたけれど、本当に嫌がらせのためだけに私に優しくしてくれていたんだろうけど。
私達が憎いっていうのも本当なんだろうけど。
でも、私の相手をしてくれていた瑣高君は、私の相手をしている時は、そんな気持ち——負の気持ちは無かったと思う。だっていつも、優しい目で私を見ていたもん。私が勝手にそう感じて、そう思ってるだけかもしれないけど。
ああ……沢山、瑣高君との思い出が溢れてくる。
一つ思い出せば、また一つ、また一つと数珠繋ぎの用に次々と思い出が浮かび上がる。
でも、その中でたった一つ、一番記憶に焼きついた顔がある。
あの日、瑣高君と逢った最後の日。
ほんの一瞬だったけど。
苦しそうで、辛そうで、全てを諦めた様な表情で。
でもどこかほっとした様な、嬉しそうな表情をした瑣高君の顔が、あんまりにも綺麗で、綺麗すぎで記憶に焼きつき、胸に突き刺さる程の鮮烈さが、ついさっきの事の様に思い出せる。
でも、その本人はもういない。
この世の何処にもいないのだ。
「瑣高君……瑣高……瑣高、瑣高の、バカ」
清把は布団の中にもぐり、泣きながらそう呟いた。




