表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/43

參拾陸

夜の七時過ぎ頃、康太ともう一人の男性が祀賀偂しがさきの家に着いた。

「康太さん。遠い所ありがとう。迷惑かけてごめんね」

凛子は母家で康太を迎え、申し訳ない顔をして言った。

「いえ。こうは俺の息子でもあります。ですから気にしないで下さい。それより汞は……」

普段は何事にも動じない康太だが、息子の事となると話は別の様だった。

「ああ、そうね。そちらの方がお手伝いして下さる方でいいのかしら」

凛子は康太の言葉を軽く流し、康太の一歩後にいる、初老の男に視線を向けた。

身体は鍛えているのか、この年頃には珍しく、余分な肉はついていない様だ。顔は強面と言われる部類で、どことなく陰気な感じのする男だった。

「あ、そうです。沢田さんです。沢田さん、こちらが義姉の凛子さんです」

沢田はぺこりと頭を下げた。

「よろしくお願いしますね。玄関で話すのもなんですし、話しながら部屋へ案内しますのでどうぞ。ああ、母屋はスリッパは無いの。床が冷たくて申し訳ないけどこちらへ」

二人は頷き、靴を脱いで凛子の後に続く。

年季の入った家は、歩くと場所によってはギシギシと音がなる。

「この家で見たこと、起こったこと、聞いたことは絶対に口外しないで下さい。そのかわりというわけではないですが、日給で十万円お支払いします。今日はここまでの交通費として五万円、お支払いします。……こちらが滞在中使用してもらう部屋です。どうぞ」

凛子が障子を開ける。

部屋は十二畳程の広さで、机、座布団、ストーブ、布団等があった。

「先にお金、置いておきますね」

凛子は机に二つの茶封筒を置いた。

「凛子さん、私は……」

「駄目よ、康太さん。これはお仕事なの。お仕事にはお給料が必要でしょう。だから受け取ってちょうだい。受け取れないなら帰って下さい」

凛子は康太の言葉を遮って言った。

沢田は机に置かれた封筒を取り、中を確認した。

「ありがとうございます」

低い声で凛子に頭を下げた。

「はい。明日もよろしくお願いしますね」

凛子は康太に視線を向けた。

「……わかったよ、凛子さん」

康太も茶封筒を机から取った。

「はい、よろしくお願いします。ああ、お風呂とトイレはこの先を真っ直ぐでつきあたりを右ね」

凛子は廊下に出て、指を指す。

「その前に凛子さん、汞は……」

康太は息子に早く会いたかった。

あの夏から康太も会っていないのだ。

どんなに気にかけても汞は会ってはくれなかった。

メッセージを返してくれるだけだった。

「お願いします、凛子さん」

康太は凛子に懇願する。

凛子はそんな康太をじっと見返し、言った。

「今日は駄目。今日はもう疲れてるでしょうし、今から作業をしたら深夜になるわ。康太さんには申し訳ないけれど、明日まで我慢してほしいの」

「凛子さん……」

康太はじっと凛子の顔をみる。この顔は絶対に譲らない、言う事は聞かないという顔だと、康太はすぐにわかった。それなりに長い間、付き合いがあるのだ。もう諦めるしかない。

「……わかりました」

「康太さんの気持ちはわかるの。でも駄目な時は駄目なのよ。ごめんなさいね」

「いえ」

康太は小さく頭を振った。

凛子は先程の話の続き、この家での注意事項を伝え終わると離れへと帰って行った。


凛子がいなくなると、康太と沢田は座布団に座って力を抜いた。

机の上にはお茶のセット一式に、茶請け、ポットがあったので、康太は茶筒から急須へ茶葉を入れ、お湯を注いで湯呑みに茶をいれた。

沢田に茶を勧め、自分も冷ましながら飲む。

冷えた部屋にいるとお茶のあたたかさが身に染みる。ストーブはつけたばかりなので部屋はまた寒いのだ。

沢田も茶を飲み、軽く息を吐いた。

「……あの奥さん、俺らと同じか近い匂いがするな」

ぼそりと零した言葉に康太が固まり、視線を手元の湯呑みから向かいの沢田へ移す。

「そう、ですか……」

康太はそれ以上は言えず、視線を沢田からまた湯呑みへ戻す。

それ以上の言葉は互いに出ず、荷物を片付け、風呂に入って早々に休んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ