參拾參
瑣高が逝った。
お昼に行った時はなんでもなかったのに。
……ううん。そう見せてただけよね。私も見て見ぬふりをしていた。
私は血で汚れた瑣高をぼんやりと見下ろす。
随分と痩せてしまったし、血で顔も汚れているけど、私は綺麗だなと思ってしまった。
凄惨な美、とでもいえばいいのかしら。
私はエプロンのポケットから携帯電話を出して、瑣高の写真を何枚か撮ったあと、これからどうしようかと考えた時。
私は苦笑してしまった。
息子が死んだというのに、こんなになんとも思わないなんてね。
『この家に産まれたからにはいつ死んでもおかしくない』って、小さい頃から言われていたし、自分自身もそうなるという心構えができていたからかもしれない。
……けど本当の理由は違う。
だって私、瑣高の事、息子だなんて思っていないから。
だってなんとも思っていない男に強姦されて産んだ子だもの、当然よね。
同じ職場にいたあのクズは私を気に入って、ことあるごとにちょっかいを出してきた。私はクズの事なんてなんとも思ってないし、むしろ鬱陶しかったから声をかけられても無視していた。
けど、会社の創立記念のパーティーの日。
ちょっとの隙を見つけてクズは私に薬を盛って、抵抗できない程度に弱らせて部屋に連れ込んで、無理矢理ヤッたのよね。初めてがアレだったなんて最低過ぎた。本当に。
ヤッた後は俺の女だと言いふらし、その度に否定して大変だったわ。はあ……。
その後、まさか妊娠するなんて思いもしなかった。ある日からなんだか体調が悪くなり出して、急に吐気がきたり、微熱が続いたり……。
そこでやっと気づいたのよね、生理が来てない事に。もしやと思って検査薬で調べてみたら陽性。
もう目の前が真っ暗になったわね、本当に。
でも検査薬だけじゃ確定とは言えないから病院に行ってちゃんと検査してもらっても、結果は陽性だった。子供を産む気なんて無かったのに。産むとしてもそれはクズの子供じゃないのよ。
絶望しながら家に帰って、堕ろす手続きをしようと決めていたのに更なる絶望が次の日に訪れるなんて思いもしなかったわ……。
月曜日、出社すると同じフロアの人達が笑顔で私を見てきてなにがあったのか不思議に思いながら席に着くとクズが物凄い笑顔で寄って来て、しかも抱きついてきたのよね。私驚いてすぐに突き飛ばしたけれど、周りの皆は照れるなよ、おめでとうとか言っててわけわからなかったわ。
理由はすぐにわかったけど。
「凛子、愛してる。三人で世界一幸せな家族になろうな」
ってクズが気持ち悪い程の笑顔で言うんだから。
流石の私も頭真っ白になって動けなかったわ。
フロアからは一斉におめでとう、羨ましい、幸せに、とか言われて今すぐ死にたいと思ったわよね。だけどなんで私が妊娠したのを知ったのか、後からクズを問い詰めたらクズの友人がたまたま私が病院から出るのを見てすぐにクズに言ったらしい。
お前らやっぱり付き合ってたんだな、祀賀偂さん、産婦人科から出て来るの見たぞって。
最悪だった。
人生で最低最悪だと思った。
やっぱり家は最低最悪の血だって絶望するしかなかった。
結局、私はクズと籍を入れて瑣高を産む事にしたけど、私はクズが好きで籍を入れるわけではないとクズにも周りにもわからせるために、徹底的に社内ではクズを無視したし、今まで以上に誰に対しても仕事の会話以外はしなくなった。そんな私の態度を見て、皆疑問を持ち始めた。
あれ、本当に愛し合っているのか、どうみても嫌われている風にしか見えない、凛子さん、全く笑わなくなったし、でも子供は産むんでしょ、でも凛子さん、原田さんの子だって言ったっけ? とか言われ始めて次第に私の子は本当にクズと私の子か、なんて言われるようになった。
こうなると流石のクズも周りの視線が気になるのか、私に早く仕事を辞めてくれとか言い出したわね。俺の給料だけで生活できるんだから、ともほざいたわね。私、本当は働かなくてもいい程の資産があるから笑っちゃったけどね。
クズはきょとんとした顔をしたから言ってやったわ。
「私、クズに養ってもらう程、おちぶれていないの。それに私、この子がどうなっても別にどうもしないわよ」
それを聞いたクズは顔を引き攣らせながら「可愛くない女だな」と吐き捨てる様に言ったっけ。
「私、別に可愛くないけど。あなた馬鹿かしら?」
って返したら舌打ちして去って行ったっけ。
でもこれ、昼時のカフェだったから社内の人もちらほらいて、今の会話があっという間に広まって、クズは周りの視線や陰口に耐えられなくて、私より先に会社辞めたのよね。クズのくせに傷つく心はあるなんて呆れたわ。図々しいにも程がある。
臨月になる頃、私は会社を辞めた。瑣高が産まれた後、私とクズは同じマンション内の別の部屋で生活して、私達は一切関わらない生活をしたわ。私はクズが何かを言ってきても、必要な事以外は徹底無視をしていた。クズは自分を蔑ろにされるのが物凄く嫌で、かつ自分に靡かず屈服もさせられなかった私に興味を無くし、瑣高が二歳になる頃には完全に接触は無くなった。
瑣高が小学生になる頃、離婚したいと言ってきたけど私は拒否した。瑣高のために便宜上でも父親はいた方がいいから小学校卒業まではしないと伝えた。クズは同意せざるを得なかった。当然だ。
無事瑣高が小学校を卒業したから、離婚し、中学まではこちらにいて、高校はこっち——実家の方にした。母さん達の世話もあったからね。
でも瑣高をここに縛る気はまだ無かったから、佳奈恵ちゃんの所に養子に出して、私が逝く頃にでも帰ってくればいいと思ったのにね。
人生、そう上手くはいかないってわかっていたのにね……。
私は瑣高の頬をそっと触る。
「ごめんなさいね、瑣高。あなたも気づいていたと思うけど、私、あなたの事を息子としては愛して無いの。可愛いペットぐらいにしか思えなかった。だって強姦されて妊娠した子よ。いずれ子供を産むにしても自分で選んで納得した相手の精子が欲しかったわ。そもそも私、体外受精で子供を産むはずだったもの。男に抱かれて妊娠なんて——高弥以外の男なんて考えた事も無かったもの。だからせめてあなたを嫌いにならない様に、私の好きな人の名前を入れたのよ。顔も私似で良かったわ」
ふふっ、と小さく凛子は笑う。
「でも、あなたとの生活はそれなりに楽しかったと思うわ。あなたがいたから、高弥が逝ってもほんの少しだけど哀しみが紛れたもの。ありがとう、瑣高。あとはあなたの遺言通りにしてあげる。……先に見ちゃったけど、ここにクズ達を呼ぶなんて、何をするのかしらね、瑣高? ふふっ。私にとっても面白い事だといいけど。ああ、安心して。何が起こっても私がちゃんと後始末してあげるからね、瑣高」
凛子は瑣高から手を離した。
「さて。これからちゃんときれいにしてあげるからね。……でも、一人でできるかしら。瑣高、大きいから……。あ、母さんにも言わなきゃ」
言いながら凛子は障子を開け、母親達のいる部屋へと移動した。




