三十二
季節は確実に移ろい、秋になり、冬になった。
瑣高が流澤の三人を追い払って以降、大きな騒ぎはなくなった。
それでも一週間に一度、流澤の誰かが瑣高達の家に来るが、祀賀偂の者は誰も流澤の者に姿は見せなかった。
十二月も終わりの頃、瑣高はベッドの中にいた。
もうすぐ目の前に死が迫り、起きてはいられなくなった。ここ一週間程はもう寝たきり状態だ。
「瑣高、具合どう? お粥置いて置くから食べれたら食べてね」
部屋に入った凛子が、小さな茶碗に入ったお粥と白湯を盆にのせたまま、サイドテーブルに置いた。
「うん、ありがとう。母さん」
瑣高は寝たまま凛子に言い、凛子は微笑した。
額にかかった瑣高の前髪を少し払う。
「前髪伸びちゃったわね。切らないと」
「そうだね。新年前には切ってもらおうかな」
(まあそこまでは生きてないけどね)
「そうね。ちゃんと切ってあげるわ。私、もう行くけど何かあったら呼んでね」
凛子は枕元にある瑣高の携帯電話に視線を向けた。
「うん、わかってる。ありがとう、母さん」
瑣高は微笑を浮かべ、凛子は息子のその顔を見てから部屋を出た。
凛子の気配が遠ざかる。
平静を装っていたが、もう必要ない。
瑣高は大きく息を吐き出した。
苦しい、苦しい。
胸が、喉が、息が、腹が、全てが、苦しい。
「ゔっ、ぐはっ……」
ごほごほと血を吐き出して、また咽せる。
さっきからその繰り返し。
朝に換えてもらったきれいなシーツも布団もまた赤黒く汚してしまった。
母さんに申し訳ないな……。
「ぐっ、かはっ」
そしてまた血を吐いた。
これだけ吐いたのに、まだ血は残ってるんだな。
内臓は腐り、あるいは喰われて無くなり、痛みと熱に侵され、もう意識も曖昧になりながらも、そんな事を思う。
「もう、すぐ、だな……」
誰もいない部屋で呟く。
僕の声よりも大きい時計の音が、シンとした部屋に響く。
「ゔっ」
また迫り上がる血を何とか飲み込み、吐かない様にやり過ごす。
……今更かもしれないけど。
疲れて少し目を閉じた。
思い浮かぶのは清把の姿。
可愛い、可愛い、僕の、清把。
あの夏の日以降会ってない。
会えない、逢うわけにはいかない。
だって清把は流澤の血を引く子だ。
僕を黄泉路に進ませた元凶で、僕をこんな姿にした憎らしい娘だ。
……でも、それでも、僕だけに向けられたあの可愛らしい笑顔を思い出すと、愛しさが際限無く溢れてくる。
逢いたい。
逢いたい。
でもこんな痩せ衰えた姿は見せなくない。
でも本当は逢いたいよ、清把。
でも逢っちゃいけないんだ。
でも逢いたい、でも駄目だ、でも逢いたい、でも駄目だ、逢いたい、駄目だ、逢いたい、駄目だ……。
延々と続く終わらない無意味な問答。
でも逢っては駄目だ。
僕は可愛い可愛い清把を突き離したい。
でも離したくない、誰にも渡したくない。
だから——だから清把。
もし、もし君が——僕が死んだ後も、心の底から求めてくれたなら、僕は必ず逢いに行くよ。
必ず、必ず、迎えに行くからね。
それが——あいつとの契約。
ああ—— ごめんね、清把。
もう、めは、あけられ、そう、に、ない、や……。
「あい、してる、よ、ぼくの、きよは……」




