三十一
ののかは父親に瑣高の家に連れて行かれた次の日、里如に昨日の事はどういう事なのか訊ねる事に決めた。
父親達には訊きにくいが、兄にならまだ訊ねやすい。それに昨日の今日で、父親に近づく気には到底なれなかった。
兄にメッセージで仕事が終わったら一緒に買い物に行きたいと、嘘のメッセージを送った。兄からは了解との返事が来た。
夕方、ホームセンターの駐車場で待ち合わせ、兄と合流したののかは話があると言って兄の車に乗り込んだ。里如はののかの様子から何を訊きたいのかは察し、とりあえずまた車に乗った。
しばらく黙っていたののかだが、決断したのか運転席の里如に顔を向け、昨日の事を問う。
「兄ちゃん、昨日の事なんだけど。あれって一体なんなの? 私、全く意味がわからないんだけど。それに、隣に家があったなんて初めて知ったよ。兄ちゃん達はただ廃屋だって言ってたのに……。ねえ、教えて、兄ちゃん。なんで父さんは私を、うっ、売る、みたいなことをしたの? 兄ちゃんなら知ってるんでしょ、ねえ、教えてよ!」
ののかは里如の腕を掴んで揺らす。
「ののか……」
里如はやっぱりかという顔して、眉間に皺を寄せた。あの日からののかにあいつらの事を訊かれたらどうするべきか考えていた。
何も言わないのは難しいし、かといって全部を話したくは無い。ののかには家の事には関わって欲しくない。普通に仕事をし、結婚して子供を産んで幸せになってもらいたい。
里如は答えられず、眉間に皺を寄せたまま、ただ俯いている。
ののかは兄の胸中などわかるはずもなく、清把の言った通り話す気など無いのだと判断した。だから、清把に言われた通りの事をしてみることにした。
「兄ちゃん。隠さなくてもいいよ。私、清把ちゃんからきいたから」
「はあ?」
俯いていた里如がバッと顔を上げ、厳しい顔をののかに向けた。
「ののか。清把はお前に何を言ったんだ」
「っつ……」
ののかは兄の恐ろしい顔を見て竦み上がった。こんなに怖い顔は初めて見た。一昨日も父親の本当に怖い顔を初めて見た。この二人にこんなに怖い顔をさせるなんて一体どんな秘密だというのだ。
こんなに怖い思いをするなら訊かなければよかったと後悔したが、訊かなければまた理不尽な事をされる予感はあった。だから怖くても訊くしかない。
「ぜっ、全部、だよ。だから、嘘ついてもすぐ、バレるからねっ、兄ちゃん」
恐怖で少し声が震えたが、何とか言えた。
里如はじっとののかを見つめた。ののかは兄の探る様な視線から目を逸らしたかったが、我慢して兄の目をじっと見返した。兄は諦めたのか、はあと大きな溜息を吐き、話し始めた。
「家はあの家の目付役だからあの家が途絶えない様にしなけりゃならない。そのための女を家から出すって父さんと祖父ちゃんが言い出した。俺はお前をあの家に出すなんて絶対に嫌だから、父さんと祖父ちゃんを見張ってたんだ。だからすぐにお前を助けに行けてよかったよ。本当に」
里如は顔を緩めてぽんぽんとののかの頭を叩いた。
「う、うん」
ののかはぎごちなく笑顔を作ったが、話は全くわからない。
(目付役? 女を出す? さっぱり意味がわからない!!)
ののかはさっぱりわからない中でもなんとか他に訊き出せないか考える。
(そうだ、清把ちゃん!)
あの嫌な男の人は清把ちゃんと知り合いの様だったし。それなら……。
「あの人、清把ちゃんと知り合いみたいだけど、何処で知り合ったんだろうね?」
「清把」
「え?」
兄の手が止まり、低い声音で兄は清把の名を呟いた。そのあまりの感情の変わりようにののかは戸惑った。
「清把。あいつのせいでお前はあいつの家に連れて行かれたんだ。清把に何を言われた? ののか、いいか、もう清把と連絡をとるな。あいつの言った事も信用するな。いいな、約束だぞ。兄ちゃんがお前を絶対に守ってやるからな」
里如は身体を捻ってののかをぎゅっと抱き寄せ、抱きしめた。そしてすぐに身体を離すと、そこにはいつも通りの兄がいた。
「よしっ。じゃあ、帰るか。夕飯食べて帰りたいとこだが家に連絡してないからもうあるだろうしな。ほら、ののかも自分の車に行け」
里如はぽんとののかの肩を押す。
「あ、うん」
ののかは言われるがまま車を降り、自分の車へと戻った。
里如ははあと溜息を吐いたあと、ハンドルに手を乗せ、そこに額を付けた。
(清把は、山の好きなただの子だったはずなんだけどな)
清把は毎年家に来ては、山の中を彷徨いたり、縁側で外を眺めていたりしていた。畑仕事も手伝ったりした。たまにどこか近寄り難い時もあった。ただ、ぼんやり外を眺めているだけなのに、なんとなく近づいてはいけないと感じるような時があった。もしかしたらそれが祖父が言っていた、お山の子というやつだからかもしれない。
それだけのはずだったのに、今は里如達の手を煩わせる存在になった。清把のせいで大事な妹が犠牲にさせられる。絶対に許せる事ではない。
はあ、とまた溜息を吐いてから里如は顔を上げた。
(ののかを守るためにもやる事はやらなきゃな。ムカつくけどな)
里如はわき立つ苛つきを振り払い、シートベルトを締め、エンジンをかけた。横を見ると、ののかもまだ出てなく、里如と同じ様にぼんやりしていた。里如は軽くクラクションを鳴らしてから、車を走らせた。里如のクラクションでののかも気づいたらしく、エンジンをかけ、車を走らせた。




