二十六
里如は仕事が終わると真っ直ぐに瑣高の家へと向かった。
今日も瑣高の様子を見なければいけないのだ。
里如は車を適当な所に止めて、瑣高の家へ上がる坂道を上っていた。
里如は母屋の玄関には行かず、中庭へと向かう。
そこには紫紺の着物を着た瑣高が縁側に座っていた。
瑣高はゆっくりと、里如の方を向いた。
「ああ、また来たんだ。でももう来なくていいよ。僕は元気だからさ。ほら」
瑣高は立ち上がり、しっかりとした足取りで里如に近づく。里如は反射的に下がる。
「くくっ。そんなに僕が怖いなら来なければいいのに。もう体調は問題ない。正直、鬱陶しいんだよね。僕達のおかげで普通に生きているくせに、図々しくも僕達を管理しようとするなんて。そのくせ敬う事もしない。そんな奴らの顔なんて見たいと思うかい? 僕達はお前達の顔なんて見たくも無いし、お前達のために、僕達の貴重な時間を使いたくなんて無いんだけどね」
瑣高は綺麗な嘲笑を浮かべた。その顔を見た里如は腹が立ち、思わず言葉を口にした。
「ああそうかよ。こっちだってお前らの辛気臭い顔なんて見たくもない。仕事だから来てやってるだけだ。……ああそうそう。清把はもう帰ったぞ。もう二度とお前と会うことは無いだろうな。ははっ」
里如も瑣高に向かって嘲笑した。清把の名を出せば、きっと瑣高の悔しがる顔の一つでも見られると思ったのだが。
「へえ、そう。それがなに? 僕には関係無い事だよ。それにあの子に接触したのはお前達への嫌がらせだからね。その顔を見るに、随分効果はあったみたいだけど。ふふっ」
瑣高は悔しがる所か、清把の事など全くどうでもいい様な言動だった。
「……はっ。そんな強がりを言ってられるのも今だけだ。清把は高校卒業後、村に住む事になった。そしてあいつは村の女になる事が決まった。村の男なら誰でもタダでヤレるんだ。ああでもお前は駄目だ。所有者である俺が許さないし、それ以前に穢れの移った女を村のやつらにヤラせるわけにはいかないからなあ。ははっ!」
動じない瑣高に腹が立った里如はさらに言い返したが、瑣高の方は不思議そうな顔をして、顎に軽く指をそえて小さく首を傾げた。
「それがどうしたんだ? 僕にはあの子がお前達に犯され様とどうでもいいよ。むしろ、若い女の子に相手をしてもらえていいんじゃないのか? ははっ」
瑣高は愉快そうに笑い出した。
「ふ、ふふっ。そういえば女で思い出したけど、お前の彼女、高校生の時に僕に告白してきだんだけど」
「はあっ!?」
里如が素っ頓狂な声を出した。
「あれは気持ち悪かったよね。確か高一の時だったけど、本屋に入ろうとしたらいきなり腕を掴まれて、隣の細い路地に押し込まれて、通学する僕を見て好きになったので付き合ってくれって。僕はぞっとして即座に断って、君は顔も頭も悪いんだねと言って追い払ったよ。顔を真っ赤にして何か喚いて去って行ったけど。あと他にも何人かの男に告白して全滅したらしいね。つい最近も、仕事関係の男に告白したらしいよ? お前の彼女、面食いなのに、よくお前で妥協したなと思ったけど、財布と遊びは別なんだな。あっははっ」
「黙れ! 出鱈目を言うな! 美穂子はそんな女じゃない!」
里如は激昂した。
「じゃあ自分で調べればいいし、訊けばいい。簡単な事じゃないか」
瑣高は淡々と言う。
「っつ……。言われなくてもそうする!」
里如は背を向け、瑣高の家を出て行った。
「ああ、もう来なくていいから。次に来たらどうなってもしらないよ」
瑣高は里如の背に向けて大きめの声で言ったが、里如には聞こえていない様子だ。
「はあ。本当に面倒だな」
瑣高は縁側に座り、涼しくなった夕方の風を感じながら、次はどうやって追い払おうかと考え始めた。




