二十五
翌日。
両親は仕事に行き、清把は残った少しの夏休みをどうしようか考えた。
外に出るのはまだ危険だし、清把自身、外出したいとは思っていない。妹の鈴花も明後日まで帰って来ない。
佳奈恵にもこちらに帰って来た事はメッセージで伝えた。学校が始まったら会おうと約束もした。
となると、特別する事もない。
瑣高にもメッセージは送った。
瑣高の事が好きだ、絶対にまた逢いに行くと。
返事は来ないが気にしてはいなかった。
瑣高からもし拒絶の——嫌いだ、とか、逢いたくない、という内容だったらと思うと辛いからだ。
瑣高が自分を嫌っていても、自分は好きだと言ったし、その気持ちは変わらない。
変わらないが、拒絶されるのは辛いし悲しい。
清把は考えれば考える程、暗く沈む気持ちを紛らわすため、まずは宿題のやり残しがないか確認する事にした。田舎で全部終わらせたが、後回しにしてそのままになったものもあるかもしれないが、大事な事に清把は気づいた。
「あ、しまった。教科書とか宅急便の方だ」
重い参考書やらは宅配の方にしていた事を忘れていた。教科書が全部揃っていない中でやっても二度手間になるだけだと思った清把はゲームをする事にした。そうだそうだ、やりかけのRPGがあったじゃん、と思い出し、早速ゲームの準備を始めた。
「ただいまー」
母親の声を聞いて清把ははっとして、背後の時計を見る。時計は十七時半を過ぎていた。
「やば、セーブしなきゃ」
絶賛戦闘中だった清把は戦闘が終わると、呪文で宿屋へと移動し、セーブをした。これでなんかあってもとりあえず大丈夫だ。
コントローラーを置いて、清把は玄関へと向かった。母親は疲れた顔で洗面所から出て来た。
母親は清把をじっと見てから台所に行って、冷蔵庫から麦茶を出して、カゴの中に置いてあるコップを取って、麦茶を注いだ。
冷えた麦茶を飲んで、イスに座った母親が清把を見上げて言った。
「昨夜ね、清把がお風呂に入っている時、お祖父ちゃんに電話したんだけど出かけていなかったらから、今日の昼休みに電話したんだけど、わけわからなかった。お祖父ちゃん、清把が高校卒業したら村に住まわせるって。大学に行くなら村から通える所にしろって」
「え?」
清把が何だそれはという声を出す。
「そうでしょ、そうなるわよねえ。お祖父ちゃんは冗談なんか言わないから、本気で言ってるのはわかるの。でもわけわからなすぎて、私もは? ってなったわけよ。でも時間も無くて詳しくは訊けなかったからあとでまた電話するけど」
はあ、と疲れた溜息を母親は吐いた。
母親は理解できなくても、清把は理解してしまった。向こうでも言っていたが、清把は罪人だから、村で罪を償えということなんだと。何をさせられるかはわからないが、何かをさせられるのは決まりなのだ。
「お母さん。お祖父ちゃん達からしたら、私は村の掟を破った罪人なんだよ。だから、罪人は罪を償えって事で村に引っ越せって言ったんだよ」
「はあ!? なにそれ! あんた法に触れる様な事でもしたの!?」
「するわけ無いよ! 法律に反する様な事はしてない。けど、村の掟に反する事はした。だから村からすると罪人になるわけ。で、お祖父ちゃん達は罪人の身内だから責任を取らなきゃいけないから、そういう事になったんだと思う。お母さんならわかるでしょ」
清把は首を振って否定しながら言った。
「ああ……そりゃあわかるわよ。清把と違って私はあそこで産まれ育ったんだから。でも、それがおかしい、変だって事も理解できる様になったのよ、お母さんは。むしろそんな村事情をあっさり理解してるあんたの方がおかしいわよ」
母親は理解力のいい娘を複雑な顔で見ている。
「まー、伊達に民俗学に興味を持っていないってことよ」
清把は得意げな顔をしながらも、あっさりと答える。
昔の田舎の民話や郷土史なんかをみると、今では信じられない事をもっと平気で当たり前にしているのだ。
それを知ってしまえば、自身の現状などすんなり理解できてしまう。
「で、どうするの、清把。お祖父ちゃん達の言う通りにするの?」
「するわけ無いよ。でもお祖父ちゃん達は絶対に私を連れて行くはずだから、そこは現場を押さえつつ警察に通報すればいいんじゃないかな?」
母親は目を見開いた。
「あんた……随分あっさり言うのね」
「だってそうしないと私は、無理矢理村に連れて行かれちゃうもの。仕方ないじゃん。あ、でも村で警察官呼ぶと、村の人かな。なら難しいかも」
「あんた、本当に変なとこには気が回るのね」
「え、だってドラマでも大体そうじゃん。推理小説でもありきたりなお約束だよ?」
「はあ……。あんたねえ……」
娘に呆れた母親は軽く頭を押さえた。
母親はまた溜息を吐いてからコップに残った麦茶を飲む。
「とりあえずまた後で電話するわ。今は夕飯の支度しないとね」
母親は立ち上がり、エプロンをつけると冷蔵庫に向かう。
清把もまた居間に戻り、ゲームを再開した。
(でも、村に住まなきゃいけないなら瑣高君の家がいいって言ってみようかな? お祖父ちゃん達にはいい嫌がらせになるかも)
ゲームをしながらも清把はそう考えた。
つい最近まで祖父達を尊敬していたが、幻滅するのは一緒なんだなと清把は思った。
まるで今プレイしているゲームの様に。
身内の裏切りによって、全てを奪われたセフィはあっさりとなんの感慨も無く、身内を見限り国を出て行く。
(ま、それでもセフィ程全ての情を捨て切れるわけじゃないけど)
清把はそんな事を思いながら、セフィを動かして行く。
「さて、まずは隣国に移動だ」
清把は装備品を確認しながら、足りない物は買い足していった。
夜になり、父親も帰って来た。
田舎から急に帰って来た理由は、向こうが急用が入って、預かっていられなくなったので帰って来たという事にしてある。
父親が風呂に入っている時に母親がまた祖父に電話をした。
「だからそんな事、清把には関係無いの。母親として娘の将来を潰す事なんて絶対にできない。そもそも父ちゃん達が最初から清把にちゃんと言ってればこんな事にはならなかったのよ!」
母親と祖父の言い合いは平行線のままだ。
清把は母親に代わってくれと、声に出さずに伝える。
母親は進展の無い話し合いに疲れてきた様で、あっさりと携帯電話を清把に渡した。
「もしもし、お祖父ちゃん。清把だけど」
『ああ』
「私、そっちには住まないよ。大学だって受験するんだし。無理だよ」
『お前の都合は関係ねえ。高校卒業したら、こっちで一生暮らせ。そう決めたんだ』
「なら私だってお祖父ちゃん達の都合なんて関係ないよ。でも今までみたいに夏休みとかに行くのはいいよ。それで、泊まる家は瑣高君の所じゃなきゃ嫌」
『駄目だ。清把、あれが逝く原因はお前だってわかってるはずだ。そうでなくとも、あの家に行く事は許さん』
「許せないのはこっちだよ、お祖父ちゃん。私が訊いたあの時に瑣高君家には行くな、関わるなって教えてくれれば行かなかったよ。そうしてくれれば、今こんな事にはなってなかったよ、きっと、多分、ね。まあもう今さらだけどね……。とにかく、私はそっちに引っ越さないからね。じゃあね」
清把は一方的に言い切り、電話を切って母親に返す。
「清把、随分思い切りよく言ったわねえ」
母親がびっくりした顔をしていた。
「そうかな。でも言いたい事はお互いちゃんと言わないと駄目なんだよ。まあ言っても駄目な時はあるけど」
それは今回の事で身に染みた事だ。
あの時、伯父がちゃんと答えてくれていれば。
あの時、母親がはぐらかさないで答えてくれていれば。
今、こんなわけのわからない事になっていなかったはずだ。
でも。
もし、ちゃんと話してくれていたら、清把は瑣高に出会えなかった。
そう思うとどちらが清把にとって幸せだったのかはわからない。
「とりあえず今はほっとこう。向こうも今すぐどうこうはできないと思うし」
「そうね……。清把も大人しくしてなさいね」
「はーい」
そう返事はしたものの、瑣高の事は放っておく事はできない。
ああそうだ。
今の話を瑣高にメールしなければと清把は思った。返事は来ないだろうし、馬鹿な事をと思われるだろうが。それでも清把にとっては、瑣高の家に行く事が一番いい方法に思えた。




