二十三
電車を乗り継ぎお土産を買って家に帰ると、玄関で母親が怖い顔で迎えてくれた。
清把は少し怯みながらも「ただいま」と言って靴を脱ぐ。
「おかえり、清把。それで、あんた何したの? お祖父ちゃんから明日帰らせるってだけ言われて、理由は清把から聞けって言われたけど。あんたのやらかした内容次第ではお母さん、田舎に行かなきゃいけないんだからね。荷物片付けたら下に来なさい」
母親は一方的に言うと、居間へ引っ込んだ。
(お祖父ちゃん……、それはないわー)
清把は溜息を吐いてリュックサックを下ろした。あまりの雑な説明に清把は呆れた。まさかあの祖父がこんな杜撰な事をするとは思わなかったからだ。清把も母親にどう説明すればいいのか考えるが、とりあえず着替えて一休みしてから考えようと決めた。
清把は荷物を簡単に片付け、着替えを終えて居間に来た。
母親が先程と同じ、厳しい顔でソファーに座っている。
清把は電車で飲んでいたペットボトルのお茶を持ってきて、向かいのソファーに座った。
「じゃ、何をしたのか話しなさい」
母が何処まで知っているのかわからないが、順を追って話す事にした。
「お母さん。田舎の隣の家って知ってる?」
「隣? 栗城のおじさんのこと?」
母親は訝しげに首を傾げる。
「違う。祀賀偂さんだよ」
その名前を聞いた母親の顔色が変わった。どういう家かは知っているっぽいらしい。
「お母さんは祀賀偂さん家がどういう家か知ってる?」
「え? どういう家って? 何をしているかって事?」
「そう。お祖父ちゃん達からなんて聞いてるの?」
「お祖父ちゃん達からは、あの家には近づいたら駄目だ、村の掟だから絶対に近づくな、あの家の人間と会っても話すな、無視しろって小さい頃から言われてたけど。それがどうしたの」
母親はなんでそんな事を訊くのかわからないという顔をしている。瑣高達の家の事は知らなさそうな感じだが、シラを切っているのかもしれない。
「ねえお母さん。絶対に嘘はつかないでね。もしついたらお祖父ちゃん達との話が拗れるからね」
清把は先手を打った。ここまで言って嘘をついたら困るのは母親だからだ。
「え? 何よ突然? ……わかったわよ」
合わせて清把は強い視線を母親に向けて、嘘をついたらどうなってもしらないからねと、圧をかけた。
「祀賀偂の家は村の穢れを背負わされている家なの。私はその家の子と友達になったの。でも、誰もその家の人に関わっちゃいけなかったんだって。だけど私が関わっちゃったから、お祖父ちゃん達が怒ったの。それが理由で私はすぐに帰らされたんだよ」
母親は目をぱちぱちとさせて、何を言っているのだろうか、この娘はという顔だ。
「えっ、と。そんなのが理由で帰らされたの?」
「そうだよ」
清把はこくりと頷いた。
「ねえ、清把。その村の穢れって何?」
母親は初耳だという顔で問い返す。どうやらこれは本当に何も知らないらしい。清把は瑣高の母親に聞いた話をし、祖父、伯父、里如も認めている事だと言った。
「信じられない……」
聞き終えた母親は両手で顔を覆った。本当に何も知らなかった様だ。
でも何故祖父達は母親に何も言わなかったのかと考えた。そこでふと清把は思い当たる事を思い出した。
(外孫……だから?)
今までにも内孫だから〜外孫だから〜とか言われて差があった事があったよね、確か。
その時はまだ小学生であんまり考えなかったし、いとこ達の家なんだから、いとこ達が優先されるのは普通だと思ってたから気にした事も無かったな。私自身、そういうのは割とどうでもよかったし。
「ねえ、お母さんはさ、高卒でこっちに来て就職して結婚して、田舎に帰る気なんて無かったんだよね」
「え? ええそうよ」
やっぱりか、と清把は思った。
「お母さんはさ、村に帰る気が無かったから何も知らされ無かったんだよ。多分」
「あ……」
母親が何かを思い出した様な顔をした。
「そうかも。結婚してこっちに住むって言ったらお祖父ちゃん、お前はもう家の者じゃねえ、遊びに来るのは構わんが、何かあっても助けてはやらねえって。それはつまりもう村の者じゃないから、村に関わるなって事、かも……」
「ああ、多分そうだよ。だからお祖父ちゃん達は何も言わなかったんだよ」
「そっか」
母親は少しだけ淋しげな表情をしたが、すぐに真顔になる。
「じゃああんたは何も知らなかったんだから、やってしまった事って言っても、その祀賀偂さんと仲良くなっただけでしょ。なら何も悪くないじゃない」
母親の考えは随分とこちら側、一般常識的な考えと感覚だ。
「まあね。でも田舎じゃそれは通用しないのも知ってるでしょ?」
「……まあね」
母親は苦虫を噛み潰したよう様な顔になった。
「まあ、清把が帰らされた理由はわかった。後でお祖父ちゃんに電話するけど、清把、ううん、私達は当分向こうには行けないわね」
母親は肩を竦めて溜息を吐いた。
「うん、仕方ないね」
清把は苦笑して同意したが、実際は母親が軽そうに考えている様なものではない。これから多分、大変な事になるはずだ。
それに清把は田舎へ行く事を諦めてはいない。正攻法では行けないが、佳奈恵の手を借りれば無理ではない。
清把はなんとしてももう一度瑣高の元へ行きたい。いや、絶対に行くと決めている。
あんな……初めて見た瑣高の泣き笑いの顔が忘れられない。
忘れる事もしない。
(瑣高君、絶対に逢いに行くから)
清把は心の中で固く誓った。




