十八
「ん……」
瑣高は目を覚ました。
固い板張りの床から身体を起こし、ゆっくりと辺りを見回した。
そこは社の中で、意識を落とした時と何も変わらない場所だった。
まだぼうっとするが、とりあえずここから出なければという事はわかる。瑣高はゆっくりと立ち上がり、少しふらつきながらも社を出た。
外は相変わらず柔らかな陽光と、緑に囲まれている。瑣高は振り返りもせず、この場から出ていった。
こちらとあちらを隔てる空気の様な壁を抜けると、いきなり暗くなった。瑣高が来た時にはまだ明るかったが、今は夜になりそうな夕闇だ。
(早く帰らないと)
瑣高は少し焦りながら山道を下るが、ふと気がついた。
(あれ……。周りは暗いのになんでこんなに夜目がきくんだ? 懐中電灯がないと足元なんてわからない暗さなのに、なんで……)
疑問に思いながらも、足は止めず山を下る。
『それはな、我の力が小童に流れているからよ』
突然頭の中に声が響き、足を止めた。
「お前……」
声の主は先程契約したあの神の声だった。
『我とお前は契約を終えるまで繋がっておる。お前の心臓には我の一部が同化しておるでな。くくっ』
(ああ……)
言われ、瑣高は左手で自分の心臓の辺りに手を置き、軽く撫でた。
あの時の壮絶な痛みは今は嘘の様に全くない。
『故に、多少だが夜目がきくのよ。それとな、お前は旅立つその日まで内蔵を我に喰われていくのだ。じわりじわりとな。痛みはないから安心せい。くくっ』
そいつは愉しげに嗤ったが、瑣高にとってはもうどうでもいい事だった。
「勝手にしろ」
瑣高は冷えた声で答えた。
今の瑣高は契約がなされるか、なされないか——それだけしか関心がない。
ただその契約がなされるかは全て清把次第。
『なんだ、つまらんな』
神は瑣高が嘆き、憤る様を見たかった様だが、取り乱しもしない姿が期待はずれだったらしく、つまらなさげに言った。
もう今の僕にとってはどうでもいい事だ。
契約をし、後は毎日毎日、いや、一秒一秒黄泉路へと向かって時は進むだけだ。
だけど、今まで生きていた中で心は最高に軽い。
何に感情を動かしてもいいのだ。
好き勝手に行動してもいいのだ。
後に何が起ころうとも僕にはどうでもいい。
だって死ぬんだし。
完全に確定した死を前にして、遠慮なんてする必要なんてない。
ああ、そうだ。
今から僕は好きにしよう。
もう自分を抑えなくていい。
僕は——俺はもう死ぬんだから。
「ははっ! 俺は自由だ!」
瑣高は笑いながら山を下る。
暗闇に染まりつつある山に、その声は不気味に響いていった。




