十五
「うふふっ。ふふっ、あはははっ!」
それはそれは上機嫌で、愉しくておかしくて仕方がなくて笑いが止まらないという風に、凛子は笑っている。
「あっははっ。私、あいつらがあんな顔して怒鳴るなんて初めて見たわ。あいつ、自分の身内がこんな所にいるなんてショック過ぎて、ポカンと口を開けて呆けてたのよ。っふふっ。しかも、あの子、私達の穢れを欲しい、なんて馬鹿じゃないの? 偽善もいいとこだわ。よっぽど上手く騙したのね、瑣高」
まだ笑いがおさまらないのか、くすくす笑いながら凛子は瑣高に近づいた。
「本当によくやったわ、瑣高」
凛子はいい子いい子と、頭を撫でて瑣高を褒めた。
瑣高はまた綺麗な微笑を作って凛子を見上げた。
「まあね。子供は単純だからね」
「そうね。……ああそうだ、瑣高。佳奈恵ちゃん来てるけれど。どうするの、会う?」
「……そうだね。会うよ。少ししたら離れに行くから待っててもらって」
少し考えてから瑣高は答えた。
「わかったわ」
凛子は頷き、離れへと軽やかに踵を返した。
僕は今起きた事を反芻した。
あれは……現実だったのだろうかと。
清把が自分に会いにここに来た。
そして自分を好きだと言った。
清把が自分を好きな事は気づいていたが、自分はそんな事は興味もないという風に振舞っていたし、仮に告白されても二度そんな事は口にできない様、手酷く振ると決めていた。
清把は僕達を殺し続ける村の血を引いた娘だ。
僕達を蔑み続ける家の娘に好意を持つなんて、僕自身赦せる事ではない。
そもそもこんなに長い時間接するつもりも無かった。だが、六年という時間、僕は清把と接してしまった。
清把の好奇心の強さで何をするのかわからない所に興味をそそられてしまったからだ。特に図書館での痴漢事件。あれを目の当たりにしてから、清把の行動に一抹の不安を抱いてしまった。下手をしたら、自分より早く死ぬんじゃないかと。仮にそうなっても放っておけばいい。そう思っていたが、まだ中学一年の子がそうなってしまうと流石に僕も後味が悪い。
だからつかず離れずぐらいの距離で見ていたが、いつの間にか、目が離せなくなった。
でもそれは好奇心であって、好意ではない。何をし出すかわからない面白さから目が離せないだけで、決して好意ではないと思っていた。
……思い込もうとした。
何故なら祀賀偂は生きようと、生きたいと思えば思う程、死が先に来る。
だから僕には死が先に来た。
死が来たら、もう、認めるしかなかった。
あの子を——清把を好きだと。
認めるしかなかった。
僕は清把が握った右手を見た。
そこには薄ら赤い跡があった。
清把の小さな指の跡。
跡がつく程、清把は必死に強く僕の右手を握っていたのだ。
「嘘じゃ、ないんだ」
清把が僕を好きだと言った事。
「嘘じゃ……ない……」
ぽたり、と小さな赤い跡に涙が落ちた。
「っ……」
ぽたりぽたりと続いて涙が落ちる。
悔しい、悔しい、悔しい。
僕にはもう時間がない。
清把が好きだと言ってくれても僕は好きだと言えない。
家を、母さん達を裏切れない。
僕達を貶め穢した血を引くやつらの娘を好きだなんて絶対に言えないし、言いたくもない。
僕自身も、あいつらの血を引いた清把を憎いと思っている。
でも、それと同時に好きだという気持ちも湧き上がる。
苦しい、苦しい、狂しい、狂しい。
好意と憎悪の気持ちの狭間で悶える程、身体が壊れていくのがわかった。
決定打はあのクズが清把の前に現れた時。
しつこく付き纏うあのクズを見るたびに、憎悪と嫌悪と嫉妬が全身から湧き上がって止まらなかった。それらの気持ちが積み重なり、強くなった時——僕の残り時間は決まってしまった。
仕方がない、仕方がないとわかっていても、やりきれない。僕は好きには生きられない上に、清把を眺め続ける事もできない。
僕は母さんや祖母ちゃんとは違うから。
僕は大きな溜息を吐き、縁側から立ち上がる。
佳奈恵さんをあまり待たせるわけにもいかない。
数歩進んだ所で、草むらが揺れた気配を感じた。
そして僕は気づいた。
あいつの気まぐれの理由を。
「ああ……このためか」
僕は佳奈恵さんとの挨拶を早々に終わらせて、社に行く事を決めた。




