第五章 古い手紙
夜の城西にある倉庫は、昼間よりもずっと冷え込んでいた。
沈硯は古びた木箱の前に立ったまま、しばらく手を伸ばそうとはしなかった。
箱の蓋には薄く埃が積もっている。
だが、その角には――
真新しい傷が一本残っていた。
先ほどの二人がここへ来た。
それだけは、もう間違いない。
ただ、二人は箱を持ち去らなかった。
いや。
あるいは――
わざと残していったのかもしれない。
沈硯はしゃがみ込み、刀の鞘でそっと蓋を持ち上げた。
中に入っていたのは、三つだけだった。
一通の、黄ばんだ手紙。
半分に折れた銅牌。
そして、すっかり色の抜けた青い布。
青い布には、あの半円形の七本の水紋が、今も刺繍されている。
沈硯は、すぐには手紙に触れなかった。
蘇晩晴の言葉を思い出した。
「誰かが、私たちにそれを見つけさせようとしている」
その言葉を、沈硯は完全には信じていない。
だが、少なくとも半分は本当かもしれない。
沈硯は清潔な綿布の手袋を取り出した。
それを両手にはめてから、ようやく手紙を取り出す。
封筒には、宛名がなかった。
ただ、四つの文字だけが書かれている。
――沈硯親展。
沈硯の手が止まった。
彼は背後にいる老捕吏、周平へ目を向けた。
周平も、その四文字を見ていた。
「沈推官……」
「まだ何も言うな」
沈硯は封を切った。
中には一枚の紙しか入っていなかった。
紙はすでにもろくなっており、端には水に濡れた跡まで残っている。
それでも、文字だけははっきりと読めた。
『もし、この手紙をお前が読んでいるのなら、奴らはすでに第七の旗を探し始めている』
『火を調べるな』
『火は、最後に残されたものにすぎない』
『本当に調べるべきなのは、火が起きる前に、誰が沈家の者を連れ去ったのかだ』
『河運司の古い記録を信用するな』
『七枚の旗は、七枚の旗ではない』
『あれは、人を記すためのものだ』
最後の一行にあったのは、ただ一つの名。
沈知遥。
沈硯は長い間、その文字を見つめていた。
やがて周平が耐えきれずに尋ねる。
「これは……二十三年前の手紙ですか?」
「おそらくな」
「彼女が、あなたに宛てたものですか?」
「分からない」
沈硯は手紙を裏返した。
裏には何も書かれていない。
ただ、小さな泥の塊が乾いてこびりついていた。
指先で軽く触れてみる。
泥はすでに固まっていた。
周平が眉をひそめる。
「これに何か意味があるんですか?」
「今のところは分からない」
沈硯は手紙を卓上へ戻した。
「だが、少なくとも一つだけ分かった」
「何です?」
「二十三年前、誰かが沈家の者を連れ去った」
周平は黙り込んだ。
あの火事は、南陵では二十三年もの間、語り継がれている。
沈家が火事に遭ったことも。
三人が死んだことも。
誰もが知っている。
だが――
本当に誰が死んだのか。
今となっては、もう誰にも分からない。
府衙の古い記録に残されている死者の名は二つだけ。
三人目については、ただ――
「沈氏女」
そう記されているだけだった。
そして沈知遥は、死者の名簿には載っていない。
彼女について記されているのは――
「行方不明」
その四文字だけ。
沈硯はそこで初めて気づいた。
自分はこれまで、この四文字をあまりにも軽く見ていた。
行方不明。
それは、死んだという意味ではない。
生きているという意味でもない。
ただ――
当時の官府が、彼女を見つけられなかった。
あるいは――
見つけようとしなかった。
⸻
夜が明けたばかりの頃。
蘇晩晴がやって来た。
正門からは入らず、倉庫の裏手に立っていた。
沈硯が彼女を見つけたとき。
彼女は地面の泥をじっと見つめていた。
「昨夜、埠頭へ行ったのか?」
沈硯が尋ねる。
「行った」
「何を見た?」
「一人の男」
「灰色の服?」
「そう」
蘇晩晴が顔を上げる。
「男は倉庫には入らなかった。ただ、川辺に立っていた」
「知り合いか?」
「知らない」
「それなのに、なぜ誰かを待っていたと分かる?」
蘇晩晴は沈硯を見つめた。
「ずっと倉庫を見ていたから」
沈硯は何も言わなかった。
そして、あの手紙を取り出す。
蘇晩晴は、そこに書かれた名前を見た瞬間。
明らかに表情を変えた。
「沈知遥?」
「知っているのか?」
「知らない」
「なら、なぜそんな顔をする?」
「この名前を見たことがあるから」
「どこで?」
蘇晩晴はすぐには答えなかった。
窓辺まで歩き、川面を見つめる。
しばらくしてから、ようやく口を開いた。
「子供の頃、家に古い帳簿があった」
「帳簿?」
「商売の帳簿じゃない」
彼女は一度言葉を切った。
「名簿だった」
沈硯は急かさなかった。
「そこには七人の名前があった」
「何者の名前だ?」
「分からない」
「他には何を覚えている?」
蘇晩晴は目を閉じた。
「ただ、一つだけ名前を覚えている」
そして、振り返る。
「沈知遥」
部屋の中が、突然静まり返った。
周平が沈硯を見る。
沈硯は何も言わなかった。
長い沈黙のあと、ようやく尋ねる。
「子供の頃、どこでその名簿を見た?」
「私が見たんじゃない」
蘇晩晴は答えた。
「父が見たの」
「父親が?」
「父は昔、河運司で数年間、雑役をしていた」
沈硯は眉をひそめた。
この話を聞くのは初めてだった。
蘇晩晴は続ける。
「その後、父は死んだ」
「いつだ?」
「私が七歳のとき」
「どうして?」
「病気」
彼女の返事は早かった。
あまりにも早い。
まるで――
これまで何度も同じ質問に答えてきたかのようだった。
だが、沈硯はそれ以上聞かなかった。
ただ、あの手紙を彼女へ差し出す。
「これを見てくれ」
蘇晩晴は手紙を受け取った。
『七枚の旗は、七枚の旗ではない。あれは、人を記すためのものだ』
その一文を読んだところで、彼女の手が止まった。
「何か思い当たったか?」
「七つの名前」
「どんな名前だ?」
「分からない」
蘇晩晴は手紙を返した。
「でも、普通の河運の目印じゃないことだけは分かる」
沈硯は頷いた。
「なら、二十三年前の河運司の古い記録を調べる」
蘇晩晴は首を横に振った。
「駄目」
沈硯が彼女を見る。
「なぜ?」
「手紙に書いてある」
「古い記録を信用するな、か?」
「そう」
「だから?」
「だから先に調べるべきなのは、なぜ古い記録を信用してはいけないのか」
沈硯は黙った。
似たように聞こえる。
だが、意味はまったく違う。
一つは、記録から答えを探すこと。
もう一つは――
まず、その答えそのものに問題がないかを確かめること。
沈硯は蘇晩晴を見つめた。
「何を調べたい?」
「七枚の旗」
「どこにある?」
「川の上じゃない」
蘇晩晴は、あの青い布を指差した。
「人の身にある」
沈硯は眉をひそめる。
「どういう意味だ?」
「私にも分からない」
彼女は素直に答えた。
「だから、調べるの」
沈硯は初めて気づいた。
蘇晩晴は、思っていたほど焦ってはいない。
ただ――
自分が知らないことを、知らないまま認めることに慣れている。
⸻
二人は府衙へ戻った。
河運司の古い記録は、西庫に保管されている。
古文書の管理を任されているのは、銭という名の老吏だった。
沈硯が二十三年前の河運記録を調べたいと告げると。
老吏は拒むどころか、最初に笑った。
「二十三年前ですか?」
「ああ」
「そいつは、探すのが大変ですぞ」
「なぜだ?」
「その年は水害がありましてな」
銭老吏は首を横に振る。
「倉庫まで水が入ったんです。多くの記録が、あとから整理し直されました」
沈硯の胸に、嫌な予感が走った。
「整理し直された?」
「ええ」
「誰が?」
「そこまでは知りません」
銭老吏は二人を中へ案内した。
西庫には、古い紙の匂いが充満していた。
木棚には、さまざまな年代の記録がぎっしりと並んでいる。
銭老吏が一番奥から、一冊の帳簿を取り出した。
表紙にはこう書かれていた。
『大晟二年 南陵河運巡查録』
沈硯はそれを受け取る。
二十三年前の記録だ。
ページをめくる。
一ページ目。
異常なし。
二ページ目。
異常なし。
そして――
十九ページ目。
一枚だけ、きれいに抜き取られていた。
自然に破れたのではない。
綴じ糸のところから、意図的に外された跡がある。
沈硯が顔を上げる。
「ここが一枚足りない」
銭老吏はそのページを見た。
「昔、傷んでいたのかもしれませんな」
「元の帳簿を見たことは?」
銭老吏は少し考えた。
「あります」
「このページは、もともとあったか?」
老人は答えなかった。
沈硯は黙って彼を見つめる。
やがて銭老吏は、ため息をついた。
「……あった」
蘇晩晴が尋ねる。
「何が書いてあったの?」
銭老吏は首を横に振った。
「覚えておりません」
「では、なぜあったと分かる?」
「そのページには、七人の名前が書かれていたからです」
蘇晩晴と沈硯が同時に老人を見る。
銭老吏の顔色が変わった。
自分が余計なことを話してしまったと気づいたようだった。
「年を取ると、記憶も曖昧になりますからな。私の勘違いでしょう」
沈硯は追及しなかった。
代わりに尋ねる。
「その七人の名前。いくつ覚えている?」
銭老吏は長い間、黙っていた。
やがて、一本の指を立てる。
「一つだけ」
「誰だ?」
老人は沈硯を見つめた。
「沈知遥」
⸻
西庫を出る頃には、すでに昼を過ぎていた。
蘇晩晴はゆっくりと歩いていた。
沈硯も急かさなかった。
二人が人のいない回廊まで来たところで、蘇晩晴が突然立ち止まる。
「沈硯」
「何だ?」
「考えたことはある?」
「何を?」
「二十三年前のあの火事は……」
彼女は少し間を置いた。
「人を殺すためのものではなかったのかもしれない」
沈硯は彼女を見る。
蘇晩晴は続けた。
「誰かが死んだと思わせるためだったのかもしれない」
その言葉に、沈硯はすぐには答えられなかった。
古い記録に残された、三人の死者。
曖昧な遺骨。
行方不明となった沈知遥。
そして――
返還されなかった七枚の青い旗。
もし蘇晩晴の言うことが正しいのなら。
二十三年前に本当に起きたことは――
一家を皆殺しにすることではない。
消すことだったのかもしれない。
誰かが、ある人々を南陵から完全に消す必要があった。
そして火事は――
そのために最も都合のいい方法だった。
沈硯は低い声で言った。
「当時の遺骨を探す必要がある」
蘇晩晴が頷く。
「義荘」
二人が府衙を出た、そのときだった。
路地から、一人の少年が突然駆け出してきた。
十二、三歳ほど。
二人がずっと探していた、あの子供だった。
少年の顔は泥だらけで、息を切らしている。
沈硯はすぐにしゃがみ込んだ。
「怖がらなくていい」
少年は沈硯を見た。
何も言わない。
蘇晩晴が近づく。
「あなた、趙六を知っているの?」
少年は頷いた。
「あの日の夜……趙六おじさんが、俺にこれをくれた」
少年は服の中から、小さな布包みを取り出した。
沈硯が開く。
中に入っていたのは――
一本の鍵だった。
古びた鍵。
その柄には、七本の弧線が刻まれている。
蘇晩晴の顔色が、一瞬にして変わった。
少年がようやく口を開く。
「趙六おじさんが、俺に伝えろって……」
少年は沈硯を見る。
「義荘には行くな、って」
「なぜだ?」
少年は首を横に振る。
「おじさんが言ってた」
そして、震える声で続けた。
「あそこにいる人たちも……お前たちを探しているって」
遠くで。
府衙の紋章を掲げていない黒い馬車が、ゆっくりと街角に停まった。
車簾の向こうから。
誰かが三人を見つめている。
しばらくして、その人物は静かに車簾を下ろした。
「鍵を見つけたようだな」
御者が尋ねる。
「今、動きますか?」
馬車の中の人物は、しばらく黙っていた。
「いや」
「義荘へ行かせろ」
「なぜです?」
その人物は、かすかに笑った。
「そこへ行かなければ――」
「二十三年前に、本当に残されたものを見ることはできない」
馬車はゆっくりと人混みの中へ消えていった。
その一方で。
街端に立っていた沈硯は、ふと顔を上げた。
彼は、すでに消えた馬車の方向を見つめる。
そして初めて気づいた。
自分たちが見つけた手がかりは――
すべて、誰かがあらかじめそこへ置いていたものなのかもしれない。
だが。
もし、すべての手がかりが偽物だったとしたら。
本当の手がかりは――
いったい、どこに隠されているのだろうか。




