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河灯未明  作者: 亀


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第四十九章 旧名

南陵へ戻って三日目。


沈砚は、あの半分になった銅牌を机の上に置いていた。


古い銅牌だった。


縁はすでに磨かれ、光っている。


刻まれているのは。


ただ一文字。


「沈」


秦重が手に取り、しばらく眺める。


「官府の腰牌じゃない」


「分かっている」


「普通の船牌でもない」


秦重は銅牌を裏返した。


そこには、三本のごく細い刻み跡があった。


一本目が最も長い。


二本目は、それより短い。


三本目は、途中で途切れている。


「誰かに途中で削られたようにも見える」


沈砚は頷いた。


「俺もそう思う」


南平から持ち帰った古い記録を取り出す。


何度も頁をめくる。


そして。


一枚のところで手を止めた。


その頁は、火で大半が焼けていた。


残っているのは、ぼんやりした数文字だけ。


沈……


七号……


南平……


秦重が眉をひそめる。


「これが、お前がずっと探していたものか?」


「違う」


沈砚は紙の右下を指差した。


そこには、ごく小さな刻み跡が残っている。


銅牌の裏にある一本目の刻み跡と。


まったく同じだった。


秦重が固まる。


「番号か?」


「たぶんな」


沈砚は言った。


「当時、七号船にいた人間は、全員が名前で記録されていたわけじゃない」


「名前で記録された者もいる」


「番号で記録された者もいる」


そして。


沈砚は銅牌を見る。


「それから……」


「姓だけを残された者もいる」


⸻


午後。


沈砚は記録庫へ向かった。


古い河運関係の記録は、すべて封印されている。


彼を見た記録係の下役が、慌てて立ち上がった。


「沈推官。これらはもう府衙へ戻したのでは?」


「二十三年前の南平の船工名簿を見たい」


「何年分ですか?」


「三年続けて」


下役は一瞬、戸惑った。


「そんなに?」


「沈という姓の人間を探す」


下役は三冊の名簿を取り出した。


一冊目には、ない。


二冊目にも、ない。


三冊目の最後までめくったところで。


沈砚の手が止まった。


それは補記された船工名簿だった。


七号船の事件から半年以上も後の日付。


そこには四人の名前がある。


最初の三人には、それぞれ姓名が記されている。


四人目は。


一文字だけだった。


「沈」


その横に。


「臨時船工、籍に残さず」


と書かれている。


沈砚は、その文字をじっと見つめた。


長い間。


何も言わない。


下役が尋ねる。


「見つかりましたか?」


「まだ分からない」


沈砚は名簿を外した。


「これに原本はあるか?」


「これが原本です」


「対応する船番号は?」


下役は首を横に振る。


「ありません」


沈砚はさらに尋ねる。


「署名は?」


下役は一番下を指した。


そこには。


すでに薄れてしまった跡が残っている。


官印でもない。


私印でもない。


ただ。


指を押しつけて残した墨の跡だった。


⸻


夜。


蘇晩晴は窓辺に座っていた。


机の上には、すでに冷めた茶が一杯。


沈砚が戻ってくると。


彼女は、その名簿を見ていた。


「見つかった?」


「沈という姓の船工が一人いた」


「あなたの父親?」


「分からない」


蘇晩晴が顔を上げる。


「それでも調べる?」


沈砚は少し黙った。


「調べる」


彼女は小さく笑う。


「やっぱり」


「でも、今回は違う」


「どこが?」


沈砚は名簿を机の上に置く。


「今までは、答えを知らなかったから調べていた」


「今は?」


「今は」


「いくつかの答えは、永遠に見つからないかもしれないと分かっている」


蘇晩晴は何も言わない。


沈砚は銅牌を取り出す。


「だから、俺が確かめたいのは、この人が誰なのかじゃない」


「この銅牌が、なぜ残されたのかだ」


蘇晩晴は銅牌を見る。


そして突然、尋ねた。


「もし最後に、その人がお父さんだったと分かったら?」


沈砚は、すぐには答えなかった。


しばらくして。


「記録する」


「違ったら?」


「それも同じだ」


蘇晩晴は彼を見る。


「変わったね」


沈砚は少し笑った。


「ただ、疲れただけかもしれない」


⸻


翌朝。


二人は再び船着き場へ向かった。


陳旺は船を修理していた。


二人を見ると、手にしていた木槌を置く。


「また来たのか?」


沈砚は銅牌を渡した。


陳旺は一目見ただけで。


顔色を変えた。


「これ……」


「見たことがあるのか?」


「いや」


陳旺は銅牌を受け取る。


指が裏側の刻み跡で止まる。


「この刻み方なら、見たことがある」


沈砚はすぐに尋ねた。


「どこで?」


陳旺は川辺の古い船を指差した。


「昔、船で荷物を記録する時に使っていた」


「帳簿をなくした時のために、木箱や船板に印を残すことがあった」


「この三本の意味は?」


陳旺は首を横に振った。


「分からない」


そして、もう一度じっと見る。


ふと。


「でも、知っているかもしれない人ならいる」


「誰だ?」


陳旺は船着き場の一番奥を見る。


「古株の船頭だ」


「もう八十を超えている」


「まだ生きているのか?」


「いる」


三人は川沿いを歩いていった。


老人は壊れかけた木の椅子に座り、日向ぼっこをしていた。


陳旺が声をかけると、老人はゆっくり目を開く。


「何だ?」


陳旺が銅牌を渡す。


老人は手に取る。


一目見ただけで。


尋ねた。


「どこから持ってきた?」


沈砚が答える。


「七号船」


老人は答えなかった。


ただ。


手が、わずかに震えた。


「知っているのか?」


「少しだけな」


「教えてくれ」


老人は長い間、黙っていた。


「これは船工のものじゃない」


沈砚が眉をひそめる。


「では、誰のものだ?」


老人は銅牌を裏返した。


「子供のものだ」


蘇晩晴が固まる。


「子供?」


老人は頷く。


「あの頃、記録に残せない子供がいた」


「記録に残せない?」


「名前がなかったんじゃない」


「元の名前を使えなかったんだ」


老人は川面を見る。


「誰かが子供の首に銅牌を掛けた」


「はぐれた時、それで探せるようにな」


沈砚が尋ねる。


「なぜ姓だけなんだ?」


老人は答えなかった。


長い沈黙のあと。


ようやく言った。


「当時、誰かが言ったんだ」


「姓は残していい」


「名前は残してはいけない、と」


沈砚は名簿を握りしめる。


「誰が言った?」


老人は彼を見る。


「男だ」


「沈という姓の」


部屋が静まり返った。


蘇晩晴が沈砚を見る。


だが沈砚は、それ以上尋ねなかった。


老人も、何かを察したようだった。


銅牌を沈砚へ返す。


「若いの」


「こういうものが残っているのは、後の人間に探し続けてもらうためじゃない」


「では、何のため?」


老人は顔を上げた。


「知ってもらうためだ」


「昔、ここから出ていった人間がいたとな」


⸻


府衙へ戻ったあと。


沈砚は銅牌を記録箱に入れた。


もう「沈という姓の男」を調べることはしなかった。


少なくとも。


今日は。


記録に数行を書き込む。


「七号船旧案」


「一部の身分記録には、意図的な改変があったと認められる」


「銅牌は、子供の身分識別用と考えられる」


「沈姓船工については、現時点では身元を確定できない」


書き終える。


沈砚は少し手を止めた。


そして最後に一行を加えた。


「推測を証拠として扱わないこと」


それから。


記録を閉じた。


⸻


蘇晩晴が門のところに立っている。


「終わった?」


「ああ」


「続けないの?」


「明日にする」


彼女は沈砚を見る。


「昔なら、そんなこと言わなかった」


「昔は?」


「いつも夜中まで調べていた」


沈砚は窓の外を見る。


もう、空は暗い。


「事件は待てる」


蘇晩晴が笑う。


「人は?」


沈砚は立ち上がった。


「人も待てる」


二人は記録庫を出る。


扉が静かに閉まった。


机の上の記録箱には、誰も触れない。


銅牌は静かに、その中に横たわっている。


半分だけ残った「沈」の文字を上に向けて。


もう誰も。


それを裏返さなかった。

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