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河灯未明  作者: 亀


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第四十五章 火事の前

周明がその言葉を言い終えると。


そのまま倒れた。


陳旺が慌てて受け止める。


「周明!」


周明は気を失ってはいなかった。


ただ、胸が激しく上下している。


沈砚はしゃがみ込み、傷を確認した。


「矢傷は左肩。急所には当たっていない」


秦重はすでに衣の裾を破り、傷口を押さえている。


だが、蘇晩晴はずっと、あの赤い糸を巻いた女を見ていた。


「あなたは、いったい誰なの?」


女は答えなかった。


ただ沈懐山を見る。


「まだ、彼らに話していないのね」


沈懐山が低い声で言った。


「今さら話しても、意味がない」


「意味はある」


沈砚が立ち上がった。


「もう、誰かに自分が誰なのかを決めてもらいたくない」


彼は破り取られた終冊の最後の頁を、机の上に置いた。


「二十三年前に何が起きたのか知りたい」


「名前でもない」


「身分でもない」


「起きたことそのものを」


部屋が静まり返る。


赤い糸の女は、長い間沈砚を見つめた。


やがて頷いた。


「分かった」


「では、火事が起きる前から話しましょう」


⸻


二十三年前。


九月初五。


南陵に大雨が降った。


川の水位は、急速に上がっていた。


河運司は臨時に七号船を徴用した。


船にいたのは、もともと六人の役工だけだった。


その後、二人の子供が乗った。


一人は男の子。


もう一人は女の子。


そして、三人の護送役。


当時の沈懐川は、まだ河運司の書吏に過ぎなかった。


彼の仕事は、船の名簿を確認すること。


そして、その夜。


人数が合わないことに、最初に気づいたのも彼だった。


「名簿には八人しかいなかった」


沈砚が尋ねる。


「実際には?」


沈懐山が答えた。


「十一人だ」


陳旺が勢いよく顔を上げる。


「十一人?」


沈懐山は頷いた。


「六人の役工」


「三人の護送役」


「そして二人の子供だ」


「なら、なぜ最後には、すべての記録が七人になった?」


「そのうち四人は、最初から名簿に載せてはいけない人間だったからだ」


沈砚が眉をひそめる。


「なぜ?」


沈懐山はすぐには答えなかった。


そして、机の上の終冊を最初の頁まで戻す。


「三人の護送役は、河運司の人間だった」


「二人の子供を南平へ送る役目だった」


「だが、彼らが本当に運ぼうとしていたのは、子供だけじゃない」


沈砚が彼を見る。


「他にもいるのか?」


「もう一人いる」


沈懐山が言った。


「彼らが何をしているのか知っていた人間だ」


「蘇河だ」


蘇晩晴の体が、わずかに強張った。


沈懐山は続ける。


「当時、蘇河は河運司の人間が船籍や戸籍を密かに書き換えていることに気づいた」


「河運船を使って、公には存在できない人間を別の場所へ送り出していた」


「逃亡者もいた」


「売られた子供もいた」


「そして、ただ知ってはいけないことを知っただけの者もいた」


沈砚が尋ねる。


「蘇河は、なぜその中に加わった?」


「加わったんじゃない」


沈懐山は首を横に振る。


「調べていたんだ」


「だが、最後には自分も監視されていることに気づいた」


⸻


九月初五の深夜。


蘇河は沈懐川を訪ねた。


そして、一冊の帳簿を渡した。


そこには名前がなかった。


あるのは番号だけ。


七号。


八号。


九号。


それぞれの番号の後ろには、別々の船が記されていた。


その中の一頁で。


沈懐川は一つの異常に気づいた。


七号船。


三か月間、毎回の登録人数は七人。


だが、食料の消費量は八人分だった。


「つまり、第八の人間はずっと存在していた?」


蘇晩晴が尋ねる。


沈懐山は頷く。


「違う」


「本当の問題は、船に八人いる時もあれば、九人いる時もあったことだ」


「それでも、登録されるのは常に七人だった」


沈砚は、ようやく理解した。


「七号旗は、七人という意味じゃない」


「固定された登録番号だ」


「そうだ」


沈懐山が言う。


「後になって、皆が『七』は人数を意味すると勘違いした」


「だが、七はあの秘密の輸送制度の中の一つの番号に過ぎない」


あの言葉の意味も、これで分かる。


七枚の旗ではない。


それらは、ただ人間を記録するための番号だった。


⸻


九月初六の未明。


蘇河は二人の子供を連れて、七号船に乗った。


本来なら、帳簿を府衙へ届けるつもりだった。


だが、船が出る前に。


河運司の人間がやって来た。


帳簿を直接奪おうとはしなかった。


ただ蘇河に告げた。


「もう後戻りはできない」


蘇河は、自分が逃げられないことを悟った。


そこで、一つの決断をした。


二人の子供を沈懐川に託す。


「せめて、子供だけは連れて行ってくれ」


沈懐川が尋ねる。


「お前は?」


蘇河は少し笑った。


「俺には、もう行く場所がない」


その夜。


沈懐川は初めて、一つのことを理解した。


正規の手続きに従って事件を処理すれば。


全員が死ぬ。


なぜなら、人身輸送の名簿を握っている者たちは。


河運司、戸籍、義荘。


そのすべての記録を、すでに支配していたからだ。


死人の名前は変えられる。


生きている人間も、死人として記録できる。


記録さえ一致していれば。


誰も、何が起きたのか知ることはできない。


⸻


「だから、父上は名前を変えたのか?」


沈砚が尋ねる。


沈懐山は頷いた。


「だが、最初からではない」


「本当に決断したのは、二人の子供だった」


蘇晩晴が呆然とする。


「子供が?」


「二人はすでに分かっていた」


「二人とも本当の名前で生きれば、彼らを追う者は記録を辿って見つけ出す」


「だから沈懐川は、最も危険な決断をした」


「一人の子供に、もう一人の子供の身分を使わせる」


蘇晩晴は黙った。


沈砚が彼女を見る。


「なぜ、入れ替える必要があった?」


沈懐山が答える。


「二人とも、元の身分を追われていたからだ」


「一人は、蘇河が守ろうとしていた子供」


「もう一人は、沈懐川が守らなければならなかった子供」


「二人とも元の記録から消えることでしか、生き残れなかった」


沈砚が低く呟く。


「つまり……」


「俺は、誰かに成り代わられたわけじゃない」


「新しい身分に登録されたんだ」


沈懐山は頷いた。


「身分は変えられた」


「だが、人間は入れ替わっていない」


その言葉が落ちる。


部屋には、長い沈黙が流れた。


⸻


蘇晩晴が突然尋ねる。


「じゃあ、さっきどうして、私の元の名前がすでに死んだ子供のものだと言ったの?」


沈懐山は彼女を見る。


「それが、間違った記録だったからだ」


「何?」


「本当に死んだのは、もう一人の子供だ」


「当時、誰かが意図的にそういう話を作った」


「一つの死体が必要だった」


「だから義荘に、身元の分からない少女の遺体が現れた」


「そして、誰かが彼女を蘇晩晴として登録した」


蘇晩晴の顔から、少しずつ血の気が引いていく。


「つまり……」


「私は死んでいない」


「ただ、誰かが記録の中で、私を一度死なせた」


沈懐山は否定しなかった。


「そうだ」


「だが、本当に問うべきなのは、そこじゃない」


蘇晩晴が彼を見る。


「じゃあ、何?」


沈懐山は終冊を指差した。


「なぜ、あの火事が起きたのかだ」


⸻


沈砚は最後の頁をめくった。


終冊の最後。


その下には、もう一行残っていた。


火で半分焼けている。


かろうじて読めるのは。


「九月初七、蘇河……」


その先は、完全に失われている。


周明が苦しそうに体を起こした。


「その先なら、俺が知っている」


全員が彼を見る。


「蘇河は七号船で死んだんじゃない」


「戻ったんだ」


「南陵へ戻った」


陳旺が尋ねる。


「それから?」


周明は目を閉じた。


「帳簿を取りに行った」


「帳簿には、まだ一つ名前が残っていたからだ」


沈砚が尋ねる。


「誰だ?」


周明は目を開いた。


「沈懐川じゃない」


「沈知遥でもない」


「蘇河でもない」


「河運司の人間だ」


少し間を置く。


「本当に命令を出した人間だ」


沈砚は手を握り締めた。


「名前は?」


周明は首を横に振る。


「知らない」


「だが、一つの呼び名なら知っている」


「南平令」


部屋の中が、一瞬で静まり返った。


沈砚は、ようやくすべての断片が一つにつながったように感じた。


南平。


七号船。


河運司。


身分登録。


蘇河。


そして、あの火事。


これらは最初から、別々の線ではなかった。


一つの出来事だった。


⸻


周明は懐から、半分焼けた巻物を取り出した。


そして沈砚に渡す。


「今日、南平の古い倉から持ち出した」


「火事が起きる前の、最後の記録がある」


沈砚は広げた。


墨は半分焼けている。


それでも、読むことはできた。


「九月初七、夜」


「蘇河、帳簿を携えて帰城」


「沈懐川、帳簿の引き渡しを拒否」


「沈知遥、二人の子供を連れて離れる」


次の行。


残っている文字は、わずかだった。


「南平令、命じて――」


そこで途切れている。


沈砚は、その一行を見つめた。


「つまり、火事は帳簿のためだった」


周明は頷いた。


「それと、口封じだ」


沈砚が尋ねる。


「誰が火をつけた?」


周明は黙った。


長い沈黙のあと。


言った。


「一人じゃない」


沈砚が顔を上げる。


周明は陳旺を見る。


「門を見張る者がいた」


「道を塞ぐ者がいた」


「子供を逃がす者がいた」


「火をつける者がいた」


「そして、もう一人……」


その視線が、沈懐山へ向く。


「火の中には死人しかいなかったと、皆に信じ込ませる役がいた」


沈懐山は目を閉じた。


反論しない。


沈砚は、ようやく理解した。


本当に恐ろしいのは、一人の黒幕ではなかった。


大勢の人間が、それぞれ一つのことだけをした。


一人ひとりは、事件の一部分しか動かしていない。


だから最後には。


完全な嘘が、一つの形になった。


⸻


蘇晩晴が終冊の前まで歩く。


七水の銅片を手に取った。


「じゃあ、私は?」


「二十三年前、私はいったい誰だったの?」


沈懐山は彼女を見る。


「蘇河の娘だ」


蘇晩晴は呆然とする。


「そこは変えられていない」


「変えられたのは、名前と登録上の身分だけだ」


「血筋は変わっていない」


「記憶も変わっていない」


「変わったのは、他人の手にある紙だけだ」


蘇晩晴は銅片を見下ろした。


長い間、黙っていた。


やがて、銅片を机の上へ戻す。


「じゃあ、誰かに名前を返してもらう必要なんてない」


沈砚が彼女を見る。


蘇晩晴は顔を上げた。


「もし、この名前が誰かが私を守るために与えてくれたものなら」


「今は、もう私の名前よ」


「誰にも、私の代わりに決めさせない」


沈砚は何も言わなかった。


ただ、静かに頷いた。


⸻


門の外から。


突然、悲鳴が聞こえた。


全員が一斉に振り返る。


次の瞬間。


一人の人影が、部屋へ転がり込んできた。


灰衣の男だった。


服は血で染まっている。


だが、その血は彼自身のものではない。


彼は扉を閉めた。


そして低い声で言った。


「奴らが来た」


沈砚が立ち上がる。


「南平令の人間か?」


灰衣の男は首を横に振った。


「違う」


「では、誰だ?」


灰衣の男は沈砚を見る。


初めて、言葉を濁さなかった。


「二十三年前に火をつけた者だ」


「まだ生きている」


沈砚は刀を握り締める。


「誰だ?」


灰衣の男は答えなかった。


ただ沈懐山を見る。


沈懐山の顔色が、一瞬で変わった。


「お前は、あいつを連れてくるべきじゃなかった」


灰衣の男が言う。


「俺は連れてきていない」


「自分で来たんだ」


庭の外。


足音が、次第に近づいてくる。


一人の老人の声が響いた。


「沈懐山」


「二十三年だ」


「お前は今でも、人の命を自分の背中に隠すのが好きらしいな」


沈懐山がゆっくりと立ち上がる。


顔から血の気が引いていく。


そして、ただ三文字だけ。


「奴だ」


沈砚が尋ねる。


「誰?」


沈懐山は門の外を見る。


「南平令だ」


門の外から、老人の笑い声がした。


「さあ」


「二十三年前に言い終えられなかった話を」


「今度こそ、最後まで話そう」


扉が開く。


杖をついた老人が、雨の中に立っていた。


腰はすでに曲がっている。


それでも右手には。


あの七水の銅戒が嵌められていた。


沈砚は机の上の終冊を見る。


最後の頁に残された、あのぼやけた私印。


それと老人の手にある銅戒。


完全に一致していた。

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