第四十三章 南平の旧宅
夜が明けたばかりだった。
沈砚は、すでに一晩中、机の前に座っていた。
机の上に置かれたものは、何一つ動いていない。
中央にあるのは、あの玉牌。
その隣には、蘇晩晴の銅牌。
二つを並べると。
二つのひび割れが、驚くほどぴったりと重なった。
秦重はそれを長い間、手に取って眺めていた。
「もともとは一つだった」
沈砚は頷く。
「玉牌と銅牌じゃない」
「同じ一枚の牌だったんだ」
蘇晩晴が眉をひそめる。
「どうして分けたの?」
沈砚は首を横に振った。
「分からない」
秦重が言う。
「二人に一つずつ持たせるためだったのかもしれない」
陳旺が尋ねる。
「じゃあ、これは何を意味する?」
秦重は答えなかった。
だが沈砚は、突然ある場所を思い出した。
「南平」
全員が彼を見る。
「周明は最後に、南平へ行けと言った」
「もし、これらが本当に同じ事件につながっているなら」
「答えは、あそこにあるはずだ」
⸻
その日のうちに、彼らは出発した。
南平は南陵から、それほど遠くない。
馬車で半日。
進むにつれて、川幅は狭くなっていった。
両岸の村も、次第に少なくなる。
蘇晩晴は道中、一言も話さなかった。
沈砚は彼女の向かいに座っている。
何度か口を開こうとした。
だが、結局何も言わなかった。
午後になって。
陳旺が突然、口を開いた。
「沈推官」
「ん?」
「もし、本当に沈懐川の息子じゃないと分かったら」
「それでも、調べ続けるのか?」
沈砚は窓の外を見た。
「続ける」
「なぜ?」
「ここまで調べてきたからだ」
陳旺は首を横に振った。
「そういうことじゃない」
「じゃあ、何だ?」
「今、調べているのはもう他人の事件じゃない」
「お前自身のことだ」
沈砚は黙った。
長い沈黙のあと。
彼は言った。
「だからこそ、調べるべきだ」
⸻
南平の旧宅は、川沿いに建っていた。
長い間、誰も住んでいない。
門には錆びた錠が掛かっている。
陳旺が石で叩き壊した。
扉を開けた瞬間。
湿った黴の匂いが押し寄せてくる。
中に家具はなかった。
あるのは、壊れかけた机が一つだけ。
その上には、厚い埃が積もっている。
沈砚が壁際まで歩いた。
そして突然、足を止めた。
壁には、子供が残したらしい刻み跡があった。
歪んだ文字。
そこには二文字だけ。
「七哥」
蘇晩晴が近づく。
「七哥?」
沈砚はしゃがみ込んだ。
指先で、その刻み跡をそっとなぞる。
「呼び名じゃない」
「子供が別の誰かを呼んだように見える」
秦重が言った。
「兄弟の順番かもしれない」
「七番目の兄?」
陳旺が首を横に振る。
「周明が七番目だったのか?」
「違う」
沈砚は、その下にある別の刻み跡を指差した。
もう一文字。
かなり薄れている。
だが、見れば分かる。
「沈」
「沈七……」
蘇晩晴が小さな声で言う。
「沈七娘?」
沈砚は首を横に振った。
「まだ分からない」
そのとき。
家の裏から物音がした。
全員が一斉に警戒する。
陳旺が刀を抜く。
沈砚は手で制した。
動くな。
彼らは裏庭へ回った。
そこには、壊れかけた木箱が一つ。
その傍に。
老人が立っていた。
老人は逃げなかった。
ただ、彼らを見ている。
「やっと来たか」
沈砚が尋ねる。
「あなたは誰だ?」
老人は小さく笑った。
「周明に、ここでお前を待てと言われた」
陳旺がすぐに近づく。
「周明はどこだ?」
老人は首を横に振る。
「ここにはいない」
「どこへ行った?」
「知っている」
「教えてくれ」
老人は答えなかった。
ただ沈砚を見つめる。
「自分の身の上を知りたいのか?」
沈砚は黙った。
老人は言った。
「なら、先に一つ答えてくれ」
「何だ?」
「人が自分の名前を失ったら」
「それでも、その人は元の人間なのか?」
蘇晩晴が沈砚を見る。
沈砚は答えた。
「そうだ」
老人が頷く。
「なぜ?」
「名前は、他人がその人を呼ぶためのものに過ぎない」
「その人の経験、記憶、選択こそが、その人自身だ」
老人は笑った。
「いい答えだ」
「お前の父親も、昔そう言った」
沈砚が勢いよく顔を上げた。
「父上がここへ来たのか?」
「来た」
「いつ?」
「九月初八」
沈砚の胸が大きく揺れた。
七号船が戻った、その翌日。
沈懐川は南平へ来ていた。
老人は続ける。
「二人の子供を連れていた」
部屋の空気が、一瞬で止まった。
「二人?」
「男の子が一人」
「女の子が一人」
沈砚が尋ねる。
「誰だ?」
老人は答えなかった。
ただ木箱の前まで歩く。
そして蓋を開けた。
中には、子供用の服が二着。
一着は男物。
もう一着は女物。
どちらも古びている。
だが、男物の胸元には。
小さな文字が刺繍されていた。
「沈」
女物の服の中には。
一枚の銅貨が隠されていた。
七水紋。
蘇晩晴がそれを拾い上げる。
指が突然、震え始めた。
知っている。
子供の頃から、ずっと持っていたものだった。
「これは……」
老人が言った。
「お前が子供の頃に持っていたものだ」
蘇晩晴が顔を上げる。
「私を見たことがあるの?」
「ある」
「じゃあ、私はいったい誰?」
老人は長い間、黙っていた。
「お前は、あの女の子だ」
蘇晩晴は呆然とする。
「どの子?」
老人は彼女を見る。
「あの時、送り出された子だ」
沈砚がすぐに尋ねる。
「では、もう一人の子供は?」
老人が彼を見る。
「お前だ」
沈砚が固まる。
「俺?」
老人は頷いた。
「お前の父親は、お前を残した」
「なぜ?」
老人はゆっくりと言った。
「あの時は」
「一人の子供だけが、沈という姓を使い続けることができた」
沈砚の指が、少しずつ強く握り締められる。
「だから、父上は俺を選んだ?」
老人は首を横に振った。
「違う」
「彼が選んだんじゃない」
「誰が?」
老人は蘇晩晴を見る。
「その女の子の母親だ」
蘇晩晴の顔色が一瞬で変わった。
「私の母?」
老人は頷いた。
「彼女は二人の子供を並べた」
「そして沈懐川に尋ねた」
「一人しか残せない」
「お前は、どちらを救う?」
沈砚の呼吸が止まった。
また、この言葉だ。
――二人のうち、一人だけ残せ。
二十三年前。
彼らは、すでに一度この問いを突きつけられていた。
ただ、あの時は誰も知らなかった。
これこそが、本当の始まりだった。
沈砚が低い声で尋ねる。
「彼は、誰を選んだ?」
老人は答えなかった。
代わりに、木箱の底から一枚の紙を取り出した。
そこには、一文だけ書かれていた。
「我没有选孩子。」
その下には、沈懐川の筆跡。
「私は子供を選ばなかった」
「二人とも生きられる道を選んだ」
沈砚は呆然とした。
蘇晩晴も動かない。
老人が言った。
「だが、失敗した」
「なぜ?」
「二人を生かすためには」
「そのうち一人が、元の身分を失わなければならなかった」
「だから……」
沈砚が低く呟く。
「一人が沈砚になった」
「もう一人が蘇晩晴になった」
老人は頷いた。
「だが、それがすべてではない」
老人は紙を裏返した。
そこには、もう一行あった。
「真正需要被送走的,不是孩子。」
沈砚が眉をひそめる。
「じゃあ、何だ?」
老人は彼らを見る。
「大人だ」
「誰だ?」
「すべての真相を知っていた人間だ」
「二人の子供の身分を知っていた」
「そして、誰がこの火事を本当に起こしたのかも知っていた」
沈砚の目が、一気に冷たくなる。
「誰だ?」
老人は答えなかった。
その時。
門の外から馬蹄の音が聞こえた。
老人の顔色が変わる。
「もう時間がない」
「誰が来た?」
「河運司の人間だ」
沈砚がすぐに立ち上がる。
「今の河運司か?」
老人は首を横に振った。
「違う」
「二十三年前の河運司だ」
沈砚は固まった。
老人はすでに裏口を開けていた。
「早く行け」
「奴らは、お前を探しているんじゃない」
「探しているのは――」
老人は蘇晩晴を見る。
「あの二十三年前に死んだ名前だ」
蘇晩晴はその場に立ち尽くした。
「私の名前?」
老人は答えない。
外から突然、声が響いた。
「蘇晩晴」
「出てこい」
声は年老いている。
それでも、異様なほどはっきりしていた。
蘇晩晴の顔が青ざめる。
沈砚は刀を抜き、彼女の前に立った。
「出るな」
門の外から、もう一度声がする。
「蘇晩晴」
「お前の母親は、もう死んだ」
「沈知遥も死んだ」
「そろそろ、その名前を返してもらう」
蘇晩晴の手が、ゆっくりと握り締められる。
そして沈砚を見る。
「もし、この名前がもともと私のものじゃなかったら?」
沈砚は彼女を見る。
「本当の持ち主に返せばいい」
「もし、本当の持ち主がもう死んでいたら?」
沈砚は黙った。
それから言った。
「それなら、誰だったのかを突き止める」
「少なくとも」
「死んだ人間から、名前まで奪わせない」
その瞬間。
外から、轟音が響いた。
木の扉が蹴破られる。
数人の黒衣の男たちが、屋内へなだれ込んできた。
そして、その後ろに。
沈砚が決して予想していなかった人物が立っていた。
沈懐川。
いや。
沈懐川ではない。
沈懐川と、あまりにもよく似た老人。
その老人は沈砚を見つめ。
ゆっくりと言った。
「二十三年だ」
「ようやく、帰ってきたな」




