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河灯未明  作者: 亀


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第四十二章 彼は沈砚ではない

銅鈴が三度鳴った。


沈知遥の顔から、一瞬で血の気が引いた。


「行くわよ」


沈砚は動かなかった。


「いったい誰だ?」


沈知遥は彼を見る。


「今は説明している時間がない」


「父上の娘って、誰なんだ?」


「あなたじゃない」


沈砚は彼女を見つめた。


「じゃあ、誰だ?」


沈知遥が口を開く。


だが、答えるより先に。


外から、慌ただしい足音が聞こえてきた。


秦重が机の上の灯りを一気に消す。


「誰か来た」


数人はすぐに奥の部屋へ退いた。


扉が押し開けられる。


二人の男が庭へ入ってきた。


一人は青い袍。


もう一人は灰色の衣。


沈砚は、そのうちの一人を見て気づいた。


青袍の男。


二十三年前の事件。


かつて蘇晩晴を殺そうとした男だった。


そして、もう一人は――


あの灰衣の男。


陳旺が拳を握る。


「こいつら……仲間なのか?」


沈砚は答えなかった。


灰衣の男は、彼らを見ようともしない。


ただ庭の中央に立ち。


青袍の男に言った。


「お前は来るべきじゃなかった」


青袍の男が冷笑する。


「お前こそ、あの女を連れ戻すべきじゃなかった」


「彼女は、お前が探している人間じゃない」


「分かっている」


「なら、何をしに来た?」


青袍の男は答えなかった。


ただ、部屋の中へ視線を向ける。


「名前を渡せ」


沈砚の胸が沈んだ。


名前?


何の名前だ?


⸻


沈知遥が突然、蘇晩晴の手を掴んだ。


「あなたは私と来て」


蘇晩晴は動かなかった。


「どうして私が、あなたを信じるの?」


沈知遥は彼女を見る。


「子供の頃、あなたも同じことを聞いた」


蘇晩晴が目を見開く。


「私が?」


「あなたは私に聞いた」


「どうして、みんな私を蘇晩晴と呼ぶの?」


「私は、あのとき答えなかった」


「ある人と約束していたから」


蘇晩晴が小さな声で尋ねる。


「誰と?」


沈知遥は沈砚を見る。


「あなたの父親」


沈砚は黙っていた。


沈知遥は続ける。


「でも、彼は私に一生あなたを守れとは言わなかった」


「私に頼んだのは――」


彼女は一度、言葉を止めた。


「あなた自身で選べるようになるまで」


蘇晩晴が尋ねる。


「じゃあ、今は?」


「もう、あなたは選べる」


沈知遥は手を離した。


「だから、私はもうあなたの代わりに決めない」


⸻


突然、外から激しい争いの音が響いた。


陳旺が飛び出す。


青袍の男が掌打を放ち、陳旺を後退させた。


秦重も続いて外へ出る。


沈砚は刀を抜いた。


「秦重!」


「分かっている」


二人は左右から庭の入口を塞いだ。


だが、灰衣の男は動かなかった。


ただ沈砚を見つめている。


「もう気づいているはずだ」


沈砚が尋ねる。


「何に?」


「奴らが本当に欲しいのは、蘇晩晴じゃない」


「お前だ」


沈砚が眉をひそめる。


「なぜ?」


灰衣の男は答えなかった。


代わりに、青袍の男が突然言った。


「お前は、そもそも沈砚じゃない」


庭全体が、一瞬で静まり返った。


陳旺が固まる。


秦重も動きを止めた。


蘇晩晴の顔が青ざめる。


ただ一人。


沈知遥だけが目を閉じていた。


まるで、この日が来ることを知っていたかのように。


沈砚は刀を握る手に、少しずつ力を込めた。


「もう一度言え」


青袍の男が彼を見る。


「これまでずっと」


「お前は、自分が沈懐川の息子だと思っていた」


「だが、違う」


沈砚は何も言わなかった。


青袍の男が続ける。


「沈懐川の本当の息子は――」


「二十三年前に死んだ」


⸻


風が、庭の壁の向こうから吹き込んできた。


沈砚は突然、耳の中が真っ白になるような感覚に襲われた。


父親。


書斎。


火。


幼い頃の記憶。


断片的な記憶に。


突然、ひびが入り始めた。


自分が幼い頃、大病をしたこと。


父親が自分を抱えて医者へ連れていったこと。


母親のこと。


だが、彼は一度も本気で考えたことがなかった。


――あの記憶は、本当に完全なものなのか。


沈砚は沈知遥を見る。


「本当なのか?」


沈知遥は答えない。


「お前が言ってくれ」


「本当よ」


沈砚の顔色が変わった。


蘇晩晴がすぐに彼のそばへ歩み寄る。


「沈砚」


彼は彼女を見なかった。


ただ尋ねた。


「じゃあ、俺は誰だ?」


沈知遥が静かに答える。


「あなたは沈懐川の実の息子ではない」


「でも、確かに彼に育てられた」


沈砚が勢いよく顔を上げる。


「どういうことだ?」


「二十三年前」


「本当に送り出されるはずだったのは、一人の男の子だった」


「その子が、沈懐川の息子」


「でも、その子は死んだ」


「だから沈懐川は……」


彼女は長い間、言葉を探した。


「別の子供を残した」


沈砚の頭の中で、何かが轟音を立てた。


「別の子供?」


沈知遥は彼を見る。


「あなたよ」


⸻


青袍の男が冷笑する。


「分かったか?」


「お前は最初から、用意された存在だった」


「名前も」


「身分も」


「なぜお前が推官になったのかさえ」


沈砚は突然、刀を抜き放った。


刀先を男へ向ける。


「黙れ」


青袍の男は退かない。


「お前の父親は、生涯存在しない人間を守っていた」


「そして、お前はその代わりに過ぎない」


沈砚は男を睨む。


「俺が代わりなら」


「なぜ今になって探しに来た?」


青袍の男から笑みが消えた。


沈砚は続ける。


「ずっと知っていたなら」


「なぜ二十三年間、俺を放っておいた?」


「それは――」


灰衣の男が、初めて口を開いた。


「お前には、価値がなかったからだ」


沈砚が彼を見る。


灰衣の男は続けた。


「今は違う」


「お前がこの事件を調べ始めた」


「知れば知るほど」


「二十三年前の真相に近づいていく」


沈砚は黙った。


そして突然。


一つの矛盾に気づいた。


「待て」


沈知遥を見る。


「俺が沈懐川の実の息子じゃないなら」


「俺の元の名前は何だ?」


沈知遥は答えない。


沈砚はさらに問い詰める。


「誰の子供だ?」


「なぜ俺は沈砚になった?」


「なぜ父上は死ぬ前に、俺にあんな言葉を残した?」


「なぜ『先に人を救え』と言った?」


沈知遥は目を閉じた。


「それは、あなたの父親が最後になって教えたことじゃない」


「彼が一生かけて、償おうとした過ちよ」


沈砚は呆然とした。


⸻


部屋の中。


蘇晩晴が突然、あの肖像画の後ろの壁に気づいた。


手を触れてみる。


煉瓦が、わずかに動いた。


中には、小さな木箱が隠されていた。


開ける。


中には古い玉牌が一枚。


表には、二つの文字しかない。


沈砚。


蘇晩晴は、呆然とした。


だが、玉牌の裏には別の一文が刻まれていた。


「此名不可归还」


――この名は、返してはならない。


彼女は玉牌を持って外へ出る。


「沈砚」


彼が振り返る。


玉牌を見た瞬間。


沈知遥の顔色が変わった。


「見つけたのね」


沈砚は玉牌を受け取る。


「これは何だ?」


「あなたの名前」


「本当に?」


「少なくとも……」


沈知遥は彼を見る。


「二十三年前、あなたが残されたとき」


「これだけは、書き換えられなかった」


沈砚は玉牌を裏返した。


そのとき。


玉牌の縁に、ひびが入っていることに気づいた。


蘇晩晴の銅牌にある欠け跡と。


まったく同じだった。


その瞬間。


沈砚の頭に、一つの光景が浮かんだ。


二人の子供。


一枚の玉牌。


一枚の銅牌。


一人の女。


そして、父親。


父親は火の中に立っていた。


一人の子供の手に、玉牌を握らせる。


そして言った。


「これから、お前は沈砚だ」


だが、その光景の中にいる子供は。


彼ではなかった。


別の誰かだった。


沈砚が、はっと目を開く。


「思い出した」


全員が彼を見る。


彼は低い声で言った。


「あの夜……」


「俺は、もう一人の男の子を見た」


蘇晩晴が尋ねる。


「誰?」


沈砚は、手の中の玉牌を見る。


「俺と、よく似ていた」


沈知遥の顔色が、完全に変わった。


「やっと思い出したのね」


「誰なんだ?」


沈知遥は答えなかった。


その代わり。


庭の外から、突然悲鳴が響いた。


全員が振り返る。


青袍の男が倒れていた。


胸には、短い矢が突き刺さっている。


その後ろに立っていたのは、灰衣の男。


手には、何も持っていない。


ただ倒れた青袍の男を見下ろしている。


「言ったはずだ」


「奴らに手を出すな」


青袍の男は血を吐きながら、笑った。


「お前が……」


「奴らを守れると思うか?」


灰衣の男は答えなかった。


青袍の男は最後に沈砚を見る。


「南平を……」


そこで言葉が途切れた。


男は息絶えた。


沈砚がしゃがみ込む。


「南平の、何だ?」


返事はない。


顔を上げる。


灰衣の男は、すでに背を向けていた。


沈砚が叫ぶ。


「お前はいったい誰だ?」


灰衣の男が足を止める。


「二十三年前」


「俺も、過ちを犯した一人だ」


「なら、なぜずっと俺たちを助けている?」


灰衣の男は振り返らなかった。


「お前の父親に、命を一つ借りている」


「誰の命だ?」


「沈懐川」


そう言い残すと。


男は夜の闇へ消えていった。


⸻


長い間。


沈砚はその場に立ったままだった。


手には、玉牌を固く握っている。


蘇晩晴が彼のそばへ歩いてきた。


「大丈夫?」


沈砚は首を横に振る。


「分からない」


彼女は「気にするな」とも言わなかった。


「あなたは、あなたよ」とも言わなかった。


ただ、そこに立っていた。


彼のそばに。


しばらくして。


沈砚が突然尋ねる。


「晩晴」


「うん?」


「もし、いつか」


「俺が、本当に沈砚じゃないと分かったら」


「そのとき、君はどうする?」


蘇晩晴は沈砚を見る。


しばらく黙ってから。


「分からない」


沈砚が少し笑った。


今夜、初めて本当に笑った。


「君も『分からない』を覚えたな」


「あなたから習ったの」


二人は川辺に立っていた。


それ以上、何も言わなかった。


だが、その二人の後ろで。


沈知遥は一人、あの古い木箱を開いた。


中には、二十三年間隠されていた一枚の紙が残っていた。


沈知遥は、それを開く。


そこには一文だけ。


「もし沈砚が自分の身の上を問い始めたなら、あの子が戻ってきたということだ」


署名は、沈懐川ではなかった。


そこにあった名前は。


誰も予想していなかった人物のものだった。


――周明。


沈知遥は、その三文字を見つめる。


そして、小さく呟いた。


「やっぱり、戻ってきたのね」


窓の外。


川は南へ流れていく。


そして南平の方角で。


一つの孤独な灯りが、静かに灯った。

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