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河灯未明  作者: 亀


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第四十章 本当に送り出された者

沈砚が通りの角へ駆けつけたとき。


男は、すでに息をしていなかった。


胸から流れた血が、ゆっくりと青石の隙間へ染み込んでいく。


蘇晩晴がしゃがみ込んだ。


「まだ息はある?」


すぐ後ろから秦重が駆けてくる。


手を伸ばし、脈を確かめる。


そして、首を横に振った。


「もう、ない」


陳旺は後ろに立ったまま、顔を青ざめさせていた。


「こいつ……誰なんだ?」


沈砚は答えなかった。


しゃがみ込み、遺体を調べる。


服装は普通。


官府の印はない。


腰には戸牌もない。


ただ一つ、気になるものがあった。


右手だ。


何かを、固く握りしめている。


沈砚は、その指を一本ずつ開いた。


半分になった銅牌が地面に落ちる。


表には「沈」の字。


裏には、何かを削り取ったような跡がある。


秦重が一目見た。


「これは七水紋じゃない」


沈砚が顔を上げる。


「何?」


「七水紋は、外側にある模様だ」


秦重は銅牌の中央を指差した。


「ここには、もともと文字があった」


蘇晩晴が尋ねる。


「何の字?」


秦重は首を横に振った。


「削られすぎている」


沈砚は銅牌を裏返した。


そのとき。


縁に、極めて小さな刻み跡があることに気づいた。


数字のようにも見える。


九。


沈砚はしばらく黙った。


「九月九日」


陳旺が眉をひそめる。


「どういう意味だ?」


沈砚は首を横に振った。


「分からない」


⸻


老人は恐怖に震えながら、部屋の中に座っていた。


沈砚は、もう一度中へ入った。


「さっきの男を知っているか?」


老人は首を横に振る。


「知らん」


「本当に?」


老人は遺体を見つめた。


「見たことはある」


「どこで?」


「二十三年前だ」


全員が同時に黙った。


沈砚は老人を見つめる。


「いつ?」


「九月初七」


「戸房に何をしに来た?」


老人は目を閉じた。


「物を取りに来た」


「何を?」


「一枚の身分文書だ」


「誰の?」


老人は、すぐには答えなかった。


手が震え続けている。


やがて、小さな声で言った。


「蘇晩晴」


蘇晩晴が勢いよく顔を上げた。


「私の?」


老人は頷いた。


「そのとき、あの男はお前の新しい身分を持っていった」


沈砚が眉をひそめる。


「なぜ?」


「こう言っていた」


老人が目を開く。


「この名前は、南陵に残してはならない」


蘇晩晴の顔が青ざめた。


「その後は?」


老人は答えた。


「そのあと、男は名前を持っていった」


「そして?」


「二度と戻ってこなかった」


⸻


沈砚は突然、気づいた。


もし老人の話が本当なら。


話は、まったく違うものになる。


蘇晩晴という名前は、南陵の戸籍に記されている。


だが、本当の身分文書は別の人間が持ち去った。


つまり――


「蘇晩晴」という名前は、最初から彼女のものではなかった可能性がある。


誰かが、その名前を一時的に彼女へ与えた。


そして、本当の身分を持ち去った。


沈砚が尋ねる。


「その男の名は?」


老人は首を横に振った。


「知らん」


「他に何か残していないか?」


老人は長い間考えた。


「ある」


「何を?」


「一言だけ、言っていた」


「何と言った?」


老人は蘇晩晴を見る。


「その人が戻ってくるまで待て」


「その人が戻れば、名前は自然に返される」


⸻


蘇晩晴は、戸口に立ったままだった。


一言も発しない。


沈砚は彼女を見る。


「大丈夫か?」


彼女は頷いた。


「大丈夫」


だが、手はずっと震えていた。


沈砚は、それを指摘しなかった。


ただ、彼女の隣に立った。


触れもしない。


慰めの言葉もかけない。


今は、どんな慰めも空しく思えたからだ。


⸻


その日の夕方。


秦重は、もう一度遺体を調べた。


死者の左袖から、小さな紙切れが見つかった。


すでに血で濡れ、文字のほとんどが消えている。


そこに残っていたのは、数文字だけだった。


「七号船」


その下には、途中で途切れた一文。


「……送り出した後、決して……」


それ以上は読めない。


秦重が言った。


「この男は、今になって七号船を知ったわけじゃない」


沈砚が頷く。


「ずっと調べていた」


「しかも、かなり長い間な」


陳旺が突然尋ねる。


「じゃあ、なぜ今になって現れた?」


沈砚は窓の外を見る。


「誰かが、現れさせたからだ」


陳旺が息を呑む。


「誰が?」


沈砚は答えなかった。


灰衣の男を思い出した。


赤い糸の女も。


そして、突然現れた「八」の青旗も。


彼らは、どうやら同じことをしている。


二十三年前に埋められたものを。


一つずつ、彼らの目の前へ押し出している。


だが――


なぜ今なのか?


⸻


夜。


沈砚は、もう一度すべての証拠を整理した。


紙に、二十三年前の時間の流れを書き出す。


九月初五。


身元不明の遺体が義荘へ運び込まれる。


誰かが、死亡したこととして記録される。


九月初六。


七号船が出航。


八人が乗船。


九月初七。


七号船が戻る。


七人が戻ってくる。


蘇晩晴という名前が現れる。


身分が再登録される。


九月初八。


沈懐川と沈仲平が口論する。


河令の廃止が宣言される。


九月初九。


古い河運記録に補記が始まる。


沈砚は、最後の日付を見つめた。


九月初九。


銅牌に刻まれていた「九」。


突然。


彼は、これまで気づかなかったことに気づいた。


七号船が戻ったあと。


すべてが終わったわけではない。


あと二日ある。


その二日間に、何が起きた?


沈砚は、古い河運記録をすぐに取り出した。


九月初八。


空白。


九月初九。


空白。


九月初十。


ようやく通常の記録が再開している。


丸二日。


正式な河運記録が、一つもない。


沈砚の眉が、ゆっくりと寄った。


「この二日……」


秦重が尋ねる。


「どうした?」


「すべての記録が消えている」


「焼かれたのか?」


「違う」


沈砚は首を横に振った。


「焼かれたんじゃない」


「最初から、記録されていない」


⸻


蘇晩晴が、突然言った。


「つまり……」


「七号船が戻ったあと」


「まだ南陵に残っていた人間がいた」


沈砚は頷いた。


「しかも、その人間は記録してはならなかった」


陳旺が尋ねる。


「第八の人間?」


沈砚は答えなかった。


なぜなら、このとき。


灰衣の男が言った言葉を思い出したからだ。


――第八の人間は、一人じゃない。


そのときは、ただの煙幕だと思っていた。


だが今になってみれば。


そうではないのかもしれない。


いわゆる「第八の人間」とは――


一つの身分なのかもしれない。


異なる人間が使うこともできる。


そして、異なる人間が捨てることもできる。


⸻


そのとき。


外から、扉を叩く音が聞こえた。


三回、長く。


二回、短く。


沈砚はすぐに立ち上がった。


「誰だ?」


外から返事はない。


もう一度。


三回、長く。


二回、短く。


彼らが決めたこともない合図だった。


沈砚が扉を開ける。


外には誰もいない。


ただ、一人の子供が立っていた。


十歳くらい。


両手に、古びた木箱を抱えている。


沈砚を見ると、子供は言った。


「これを、渡せって」


「誰に頼まれた?」


子供は首を横に振った。


「言っちゃいけないって」


「どんな顔だった?」


子供は少し考えた。


「顔に傷があった」


沈砚の胸が沈んだ。


「他には?」


「自分は、周っていう姓だって」


沈砚はすぐに尋ねた。


「周の、何だ?」


子供は首を横に振った。


「お前なら知ってるって」


子供は木箱を渡す。


そして、振り返って走り去った。


沈砚は追わなかった。


木箱に目を奪われていたからだ。


箱には。


二つの文字が刻まれていた。


周明。


⸻


箱の中に金銀はなかった。


入っていたのは、黄ばんだ一枚の紙だけ。


その筆跡には見覚えがあった。


臨時役工記録に残る「周明」の字と、ほとんど同じだった。


そこには、こう書かれていた。


「俺は、第八の人間じゃない」


次の行。


「だが、第八の人間が誰なのか、俺は知っている」


沈砚は、さらに読み進めた。


最後の一文。


たった七文字だった。


「彼女は一度も南陵を離れていない」


蘇晩晴は、彼の後ろに立っていた。


その言葉を見て、尋ねる。


「彼女?」


沈砚は頷いた。


「そうだ」


「じゃあ、第八の人間は……」


「女かもしれない」


秦重が突然、首を横に振った。


「違う」


全員が秦重を見る。


秦重は、その紙を見つめたまま。


顔色をどんどん悪くしていった。


「周婆が言っていたことを覚えているか?」


陳旺が眉をひそめる。


「何を?」


秦重は、ゆっくりと言った。


「周明は、姉さんを見たことがある」


「姉さんは、小妹を守っていた」


「だが、その姉さんは船に乗らなかった」


沈砚が、勢いよく顔を上げた。


「沈知遥」


秦重は首を横に振った。


「違う」


「じゃあ、誰だ?」


秦重は答えなかった。


その視線が、蘇晩晴へ向かう。


「本当の第八の人間は……」


「ずっと、俺たちのすぐそばにいたのかもしれない」


部屋の中が、一瞬で静まり返った。


蘇晩晴の顔が、少しずつ青ざめていく。


彼女は一歩、後ろへ下がった。


「……どういう意味?」


秦重は彼女を見つめた。


何も言わない。


沈砚が二人の間に立った。


「秦重」


「最後まで言え」


秦重は目を閉じた。


まるで、極めて難しい決断をしているようだった。


そして。


誰も予想していなかった言葉を口にした。


「蘇晩晴という名前は、二十三年前に船へ残された」


「そして、本当に送り出されたのは――」


秦重は、暗い川面の向こうを見た。


「彼女自身だったのかもしれない」


遠く。


川の水が、ゆっくりと流れていた。


誰も気づかなかった。


屋外の壁際で。


一本の赤い糸が、風に揺れている。


その糸のもう一方には。


小さな銅牌が結ばれていた。


そこに刻まれている一文字。


「帰」。

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