第三十四章 同じ船に乗る者たち
「お前は、お前だ」
沈砚がそう言ったあと、
蘇晩晴はすぐには答えなかった。
ただ、窓の外を見つめていた。
「沈七」と書かれた木札は、
すでに川の流れに乗って遠ざかっている。
長い時間が過ぎてから、
彼女はようやく尋ねた。
「もし、いつか私が――」
「ずっと探されていた、その人間だったと分かったら?」
沈砚は答えた。
「それでも調べ続ける」
「最後まで調べたら?」
「真実をお前に伝える」
「その真実が、私をひどく苦しめるとしても?」
「そうする」
蘇晩晴は振り返った。
「あなた、本当に残酷ね」
沈砚は一瞬、呆気に取られた。
だが、彼女は笑った。
「でも……」
「ありがとう」
沈砚は答えなかった。
ただ、机の上に置かれた戸籍記録を、もう一度しまった。
二人とも気づいていなかった。
扉の外に、
秦重がずっと立っていたことに。
⸻
「入っていいか」
秦重が扉を押して入ってきた。
沈砚が彼を見る。
「いつからいた?」
「少し前からだ」
秦重は腰を下ろした。
「今の話、全部聞こえた」
蘇晩晴は少し気まずそうにした。
「秦仵作」
「秦仵作はやめろ」
秦重は笑った。
「秦重でいい」
「これから事件を調べるたびに、ずっと秦仵作じゃ呼びにくいだろ」
沈砚は彼を見た。
「今日はずいぶん機嫌がいいな」
「機嫌がいいんじゃない」
秦重は自分の手を見つめた。
「ただ、急に思ったんだ……」
「俺は昔、何でも一人で覚えておこうとしすぎた」
「何を?」
「死者がどう死んだのか」
「傷がどこにあったのか」
「どの記録が偽物だったのか」
「そういうものを全部、頭の中にしまっていた」
秦重は顔を上げた。
「それで償っているつもりだったんだ」
沈砚は何も言わなかった。
秦重は続けた。
「でも今になって分かった」
「一人だけが真実を覚えていても、何の意味もない」
「真実を口にできないなら」
「死者には、やっぱり名前がない」
蘇晩晴が彼を見る。
「だから、今は話す気になったの?」
秦重は少し笑った。
「怖くなったんだ」
「何が?」
「もっと遅くなったら」
「自分自身が、何を覚えていたのかさえ分からなくなりそうでな」
⸻
三人が初めて、本当に同じ机を囲んだ。
上下関係もない。
誰かが命令することもない。
沈砚は、今まで確定した手掛かりをすべて机の上に並べた。
七号船。
八去七帰。
第七契。
蘇河。
沈知遥。
蘇晩晴。
周娘子。
身分の入れ替え。
そして、いまだに名前のない第八の人間。
秦重はしばらく、それらを眺めていた。
「実は、もう一つ問題がある」
「何だ?」
「なぜ、俺たちなんだ?」
蘇晩晴が顔を上げる。
「どういう意味?」
秦重は机の上を指差した。
「沈砚。お前の父親は、この件に関わっていた」
「俺は義荘に関わっていた」
「陳旺は七号船に関わっていた」
そして、
蘇晩晴を見る。
「お前は、この事件が残した子供そのものだ」
三人とも黙った。
秦重は続けた。
「偶然じゃない」
沈砚は頷いた。
「俺もそう思う」
「だから誰かが、俺たちを一つの場所へ集めている」
蘇晩晴が突然言った。
「一人じゃない」
沈砚が彼女を見る。
「なぜそう思う?」
「みんな、お互いが何をしているのか知らないみたいだから」
彼女は、いくつかの証拠を指差した。
「この女は周娘子を知っている」
「あの老人は、私が子供だった頃のことを知っている」
「羅舟は、別の人間を知っている」
「でも、それぞれが話したことは完全には一致していない」
「もし本当に一人の人間が裏で全部を操っているなら」
彼女は首を横に振った。
「こんなにバラバラにはならない」
沈砚は彼女を見つめた。
初めて気づいた。
蘇晩晴もすでに、
彼らがこれまで積み上げてきた方法で考え始めている。
感覚ではない。
証拠を比較している。
沈砚は静かに頷いた。
「その通りだ」
蘇晩晴は笑った。
「あなたがそんなに早く、私の言うことを認めるのは初めてね」
「本当にその通りだからな」
秦重が横で吹き出した。
「お前たち二人、すっかり事件を調べる側の人間みたいになってきたな」
蘇晩晴が秦重を見る。
「じゃあ、あなたは?」
「俺か?」
秦重は自分を指差した。
「俺は、死人を起こす役だ」
沈砚も思わず笑った。
このところで、
彼らが本当に笑ったのは初めてだった。
⸻
翌日。
陳旺がやって来た。
部屋に入ると、
まず沈砚を見る。
次に秦重を見る。
最後に蘇晩晴を見る。
「三人ともいるのか?」
沈砚が尋ねる。
「何かあった?」
陳旺は答えなかった。
懐から小さな布包みを取り出し、
机の上に置いた。
包みを開く。
中に入っていたのは、
古びた銅の留め具だった。
縁はすでに擦れて、光っている。
「周明のものだ」
秦重が顔を上げる。
「どうしてお前が持っている?」
「昔、あいつが死ぬ前に俺に渡した」
陳旺の声は低かった。
「預かってくれと言われた」
沈砚が手に取る。
留め具の裏には、
薄く「七」と刻まれていた。
「なぜ今まで出さなかった?」
陳旺は黙った。
「怖かった」
「何が?」
「これを出したら」
陳旺は秦重を見る。
「お前たちが、また調べ続けると思った」
秦重が尋ねる。
「調べたくないのか?」
陳旺は首を横に振った。
「違う」
「最後まで調べたら」
「周明が死んだのは、俺のせいだったと分かるのが怖かった」
部屋が静かになった。
陳旺は腰を下ろした。
「二十三年前」
「周明は俺に一つ聞いた」
「船には、まだ子供がいるのか、と」
「俺は言った」
「聞くな、と」
「周明は言った」
「あの子は死ぬ、と」
「それでも俺は言った」
「聞くな、と」
陳旺は俯いた。
「その後、あいつは戻ってこなかった」
秦重が尋ねる。
「だからずっと、自分があいつを殺したと思っていたのか?」
「そうだ」
「なら、なぜ当時、話さなかった?」
陳旺は顔を上げた。
「妻がいた」
「生まれたばかりの娘もいた」
「もし話したら」
「俺たちのところまで奴らが来るかもしれなかった」
苦笑する。
「俺はただの船頭だった」
「お前たちが思っているほど、勇敢な人間じゃなかったんだ」
沈砚は陳旺を見る。
責めることはしなかった。
ただ尋ねた。
「今は?」
陳旺は外を見た。
「今は、娘ももう死んだ」
秦重が驚く。
陳旺は続けた。
「病気でな」
「何年も前だ」
「だから、ふと思ったんだ」
「俺が必死になって守ろうとしていた人間は」
「もう、とっくにいない」
「一生かけて守った秘密なのに」
「最後まで守れなかった」
部屋の中には、誰も言葉を挟まなかった。
陳旺は小さく笑った。
「だから、ようやく分かった」
「話さなければ消えるものもある」
「でも、話さなかったからといって」
「そのこと自体が消えるわけじゃない」
彼は銅の留め具を沈砚の前へ押し出した。
「持っていけ」
「今度は」
「もう逃げない」
⸻
沈砚は銅の留め具を受け取った。
彼らが初めて、
二十三年前の七号船から直接残された物証を手にした瞬間だった。
だが、それ以上に大きかったのは、
陳旺がついに彼らの側に立ったことだった。
突然、勇敢になったわけではない。
ただ、
もう「何も知らない人間」でいることを選びたくなくなったのだ。
沈砚はふと理解した。
彼らを本当に結びつけているものは、
全員が互いを信じていることではない。
むしろ逆だった。
誰もが何かを隠している。
恐怖を抱えている。
向き合いたくない過去を持っている。
それでも、ある時が来れば、
自分が知っていることを差し出すことを選ぶ。
たとえそれが、
かつて自分が犯した過ちと向き合うことになるとしても。
⸻
その夜。
沈砚は一人で川辺に来ていた。
陳旺は少し離れた場所に立っている。
秦重は証拠を整理している。
蘇晩晴は川岸にしゃがみ込み、
水の中を流れる灯を見つめていた。
沈砚はふと気づいた。
いつからか分からない。
だが彼らは、
互いがそこにいることに慣れていた。
以前の彼なら、
事件を調べるのに必要なのは、
記録。
証言。
証拠。
それだけだった。
だが、今は違う。
蘇晩晴にあの記憶がなければ、
多くの手掛かりには辿り着けなかった。
秦重にあの頃の後悔がなければ、
義荘の秘密を知ることもなかった。
陳旺が周明から託された銅の留め具を持っていなければ、
七号船は、今もただの曖昧な数字だった。
この人たちは、単なる手掛かりではない。
彼ら自身が、この事件の一部なのだ。
そして、
互いがここまで辿り着くための理由でもあった。
蘇晩晴が突然、振り返った。
「沈砚」
「何だ?」
「そこで何してるの?」
「お前たちを見ている」
「何がそんなに面白いの?」
沈砚は少し考えた。
「まだ全員ここにいるか、確かめてる」
蘇晩晴は一瞬、呆気に取られた。
それから笑った。
「じゃあ、安心して」
「今のところ、全員いる」
その瞬間。
川面から、かすかな音がした。
一つの河灯が岸にぶつかった。
灯の中に蝋燭はない。
ただ、一枚の折り畳まれた紙が入っていた。
沈砚が近づき、
紙を開く。
そこには一文だけ。
「七号船には、最初から第八の人間などいなかった」
沈砚は眉を寄せた。
蘇晩晴が隣まで来る。
「どういう意味?」
沈砚は答えなかった。
紙の裏には、もう一行あった。
墨はすでに川の水に滲んでいる。
それでも、いくつかの文字だけは読めた。
「本当に送り出されたのは……」
その先は消えていた。
秦重がやって来る。
陳旺も後ろからついてきた。
四人は川辺に立った。
誰も口を開かなかった。
しばらくして、
蘇晩晴が突然言った。
「この言葉は嘘」
沈砚が彼女を見る。
「なぜ?」
彼女は紙を指差した。
「本当に第八の人間がいなかったなら」
「どうして二十三年前、誰もが八去七帰と言っていたの?」
秦重も頷いた。
「その通りだ」
陳旺が眉を寄せる。
「じゃあ、これは誰が書いた?」
沈砚は川面を見つめた。
「おそらく……」
「真実を教えるためじゃない」
「俺たちに、これまでの真実を疑わせるためだ」
彼は紙を折り畳んだ。
「誰かが、怖くなったんだ」
「俺たちが、これ以上調べ続けることを」
蘇晩晴が尋ねる。
「誰だと思う?」
沈砚は首を横に振った。
「分からない」
「じゃあ、どうする?」
沈砚は三人を見る。
「調べ続ける」
「ただし、これからは」
「一人で動くな」
陳旺が呆然とした。
秦重も沈砚を見る。
沈砚は言った。
「もう、一人のことを調べているんじゃない」
「もし本当に、誰かが二十三年前の関係を使って俺たちをここまで導いているなら」
「俺たちも一緒に進む」
蘇晩晴が静かに頷いた。
秦重も笑う。
「分かった」
陳旺は少し迷った。
やがて、
彼も頷いた。
四人は川岸を歩き始めた。
誰も気づかなかった。
遠く離れた場所。
灯りのない小舟の上から、
一人の人間が静かに彼らを見ていた。
その手には、
一枚の七水銅銭が握られている。
男はそれを見下ろした。
そして裏返す。
そこには、
本来なら「七」とだけ刻まれているはずだった。
だが今は、
その横に一本の細い刻み跡が増えている。
まるで、後から誰かが刻みつけたように。
――八。
男は小さく呟いた。
「ようやく、一緒になったな」
銅銭をしまう。
小舟はゆっくりと岸を離れていく。
川岸では、
沈砚がふと振り返った。
見えるのは、
暗い川面だけ。
何もない。
沈砚は追わなかった。
ただ、しばらく立ち止まる。
そして振り返り、
前を歩く三人に追いついた。
今度は。
それぞれが秘密を背負っているだけの関係ではない。
少なくとも、この瞬間だけは。
彼らは同じ船に乗っていた。




