第三十三章 書き終えられなかった名前
翌朝。
沈砚は河運司へは向かわなかった。
向かったのは、別の場所だった。
戸籍司の旧記録庫。
南陵城の戸籍記録は、河運司よりも長く保存されている。
人は金がなくてもいい。
役職がなくてもいい。
住む場所さえなくてもいい。
だが、かつて城内で登録されたことがあるのなら、
そこには一つの名前が残っているはずだった。
たとえ後に死んだとしても。
「故」と記される。
沈砚が探しているのは、
二十三年前の九月五日から七日の間に、
書き換えられた戸籍すべてだった。
⸻
記録庫の老吏は事情を聞くと、首を横に振った。
「二十三年前の記録なんて、とっくに封じてある」
沈砚は推官の令を取り出した。
「調べたい」
老吏はそれを一瞥した。
それ以上、何も言わなかった。
彼は沈砚を奥へ案内する。
木の棚には、黒ずんだ古い帳簿が何列も並んでいた。
蘇晩晴も後ろからついてくる。
秦重は来なかった。
彼は義荘に残り、自分の記憶を整理している。
三人の中で、沈砚だけは分かっていた。
今の秦重が最も恐れているのは、
真相を見つけることではない。
かつて自分の手で、
誰か一人をこの世界から消してしまったと知ることだった。
⸻
二刻ほど探した。
ようやく。
蘇晩晴が一冊の古い帳簿の中に、
奇妙な箇所を見つけた。
「ここ」
沈砚が近づく。
そこには七つの名前が並んでいた。
すべて九月六日に登録された、
一時的な転入者だった。
最初の六人には、完全な本籍が記されている。
だが最後の一人だけは、
姓名:
空。
年齢:
七歳。
本籍:
なし。
沈砚は、その三文字を見つめた。
「空?」
老吏が覗き込む。
「ああ。これは名前じゃない」
「分かっている」
「当時、名前を書くための仮置きだった」
沈砚が振り返る。
「仮置き?」
老吏は少し考えてから言った。
「つまりな」
「人間はもう来ている」
「だが、何という名前なのか分からない」
「だから、とりあえず空けておく」
沈砚はさらに読み進める。
その一行の下には、注記があった。
「後日補記」
だが、その二文字は線で消されている。
その横に、新たな文字が書かれていた。
「補記せず」
沈砚の指が止まった。
「誰が書き換えた?」
老吏は首を振った。
「分からん」
「印は?」
「ある」
沈砚が目を落とす。
その印章はすでに擦れていた。
それでも、二文字だけは読み取れる。
河令。
沈砚の胸が重くなる。
河運司の人間。
また、ここにも現れた。
⸻
さらに後ろへめくる。
九月七日。
同じ頁。
「空」という名前が消えていた。
代わりに書かれていたのは、
蘇晩晴。
年齢:
八歳。
本籍:
南平。
沈砚は勢いよく顔を上げた。
「ここがおかしい」
蘇晩晴が近づく。
「何が?」
「年齢だ」
沈砚は二つの記録を指差した。
「九月六日、七歳」
「九月七日、八歳」
たった一日。
一人の子供が突然、一歳年を取っている。
老吏も呆然とした。
「そんなことは……ありえん」
沈砚は頷いた。
「だから、二つ目の身分は最初の記録を書き換えたものじゃない」
「新しく登録し直したんだ」
老吏は二つの記録を見つめる。
「つまり……」
沈砚は最後まで言わなかった。
だが、全員が分かっていた。
蘇晩晴という名前が現れたのは、
九月七日だった。
⸻
蘇晩晴は、ずっと黙っていた。
ただ、自分の名前を見つめている。
長い沈黙の後、
彼女が尋ねた。
「じゃあ……私、昔は何て名前だったの?」
誰も答えなかった。
沈砚はさらに調べる。
そして次の頁の端に、
一枚、破り取られた跡を見つけた。
切り口は非常にきれいだった。
自然に破れたものではない。
誰かが意図的に切り取ったのだ。
沈砚は二枚の頁を重ねる。
切り口が、ぴたりと合った。
そこに残った文字は、
わずか三文字。
「沈……女」
最初の文字は曖昧。
二文字目は「知」に見える。
三文字目は、もう判別できない。
蘇晩晴の顔から、ゆっくりと血の気が引いていく。
「沈知遥?」
沈砚は答えなかった。
彼にも分からない。
もし本当に、それが彼女の元の名前なら、
なぜ、そこまでして破り取る必要があったのか。
もし違うのなら。
いったい、誰の名前なのか。
⸻
午後。
沈砚は当時の戸籍主簿を見つけた。
七十を超えた老人だった。
南陵城の西に住んでいる。
「九月七日」という言葉を聞いた途端、
老人は目を閉じた。
「……やはり、そこまで辿り着いたか」
沈砚は老人の向かいに座った。
「当時、誰が名前を変えに来た?」
老人は黙った。
「知っているんだな」
「知っている」
「なぜ言わない?」
「言えば」
老人は沈砚を見る。
「人が死ぬ」
沈砚は、それ以上問い詰めなかった。
ただ尋ねた。
「沈懐川か?」
老人は首を横に振った。
沈砚は一瞬、言葉を失う。
「違う?」
「違う」
「では、誰だ?」
老人は窓の外へ目を向けた。
「一人の女だ」
「誰?」
「分からん」
「どんな顔だった?」
「顔は面紗で隠していた」
「何歳くらい?」
「分からん」
「何を証明するものを持っていた?」
老人は答えなかった。
沈砚はじっと見つめる。
やがて老人が言った。
「何も持っていなかった」
「では、なぜ名前を変えた?」
老人は苦笑した。
「その女は、人を一人連れてきた」
「誰を?」
「子供だ」
部屋が静まり返った。
「その女は言った」
老人はゆっくりと続ける。
「名前を変えなければ」
「この子は三日も生きられない、と」
⸻
沈砚は黙った。
「その女を信じたのか?」
老人は首を横に振る。
「信じていない」
「なら、なぜ変えた?」
老人は低い声で言った。
「その子を、俺の目の前に置いたからだ」
「その子はずっと泣いていた」
「女は言った」
「変えなくてもいい」
「俺は変えない」
「そうすれば、その子は死ぬかもしれない」
「変えれば」
「いつか、その子に恨まれるかもしれない」
「俺はあの時……」
老人は長い間、言葉を探した。
「少なくとも、生きていてくれればいいと思った」
沈砚は老人を見つめた。
これで二度目だった。
また、同じような言葉を聞いた。
――お前は生きている。
周娘子も言った。
そして今、この老人も言った。
だが、生きた後はどうなる?
誰にも分からなかった。
⸻
帰る直前。
老人が突然、沈砚を呼び止めた。
「沈推官」
「まだ一つある」
「何です?」
「あの日、名前を変えに来た女だ」
「後でもう一度、戻ってきた」
「いつ?」
「九月七日の夜だ」
「何と言った?」
老人は俯いた。
「こう聞いた」
「誰かが、あの子を探しに来たか、と」
「あなたは何と答えた?」
「来ていない、と」
「その後は?」
「帰った」
「どこへ?」
老人は首を横に振った。
「分からん」
沈砚は立ち上がった。
そして戸口まで歩いた。
その時、老人がまた口を開いた。
「その女は、帰る前に」
「一言、残していった」
沈砚が振り返る。
老人は沈砚を見つめ、
一字ずつ、ゆっくりと言った。
「沈懐川が尋ねてきたら、こう伝えろ――」
「俺が代わりに、あの人を残しておいた、と」
沈砚はその場に立ち尽くした。
長い間、動かなかった。
⸻
住まいに戻る頃には、
すでに夜になっていた。
秦重が待っている。
「何か分かったか?」
「少しな」
沈砚は戸籍帳に書かれていたことを話した。
秦重の顔色が、みるみる悪くなる。
「つまり……」
「蘇晩晴という名前が現れたのは、九月七日だ」
秦重が低く言った。
「では、沈知遥は?」
「まだ分からない」
「もし、本当に彼女が沈知遥の妹なら……」
沈砚は首を横に振る。
「まだ決められない」
秦重は黙り込んだ。
突然。
彼は懐から一枚の紙を取り出した。
「今日、もう一つ思い出した」
沈砚は紙を受け取った。
そこには、ひどく粗い絵が描かれていた。
義荘の見取り図だった。
秦重が、そのうちの一室を指差す。
「九月五日の夜」
「ここだ」
「一人の人間を見た」
「誰だ?」
「沈懐川だ」
沈砚は息を呑んだ。
「父が?」
「ああ」
「父は義荘で何をしていた?」
「分からない」
「本当に父だったのか?」
秦重は頷いた。
「入口に立っていた」
「手には、ある物を持っていた」
「何だ?」
「子供の戸籍牌だ」
沈砚は何も言わなかった。
秦重は続ける。
「中へ入ってから」
「周娘子と一言、話した」
「何と言った?」
「全部は聞き取れなかった」
「ただ、最後の数文字だけ」
「何と?」
秦重は沈砚を見つめた。
「元の名前のままでは、生きさせられない」
部屋は完全な静寂に包まれた。
沈砚は俯き、
その紙を見つめた。
初めて。
彼は、自分が怖くなった。
真相が怖いのではない。
真相が、本当に自分の想像どおりだったら。
父があの時、
本当に身分の入れ替えに手を貸していたのなら。
父は一体、
一人の子供を救おうとしていたのか。
それとも。
誰かの手助けをして、
生きている一人の人間を、
その人自身の人生から消していたのか。
窓の外。
河灯が流れていく。
一つ。
二つ。
三つ。
沈砚はふと気づいた。
そのうちの一つだけ、
流れに乗らず、川の中央で止まっている。
灯のそばに、
一枚の木札が漂っていた。
そこには、二文字だけ。
「沈七」
蘇晩晴が窓辺に立った。
そして、静かに言った。
「沈砚」
「ん?」
「もし私が、本当は蘇晩晴じゃなかったら」
「それでも、私を守ってくれる?」
沈砚はすぐには答えなかった。
しばらくして、
言った。
「守る」
「どうして?」
沈砚は川面を見つめた。
「お前が蘇晩晴なのか」
「沈知遥の妹なのか」
「それとも、俺たちが今そうだと思っている人間ですらないのか」
「そんなことは、ある一つのことには関係ない」
「何?」
沈砚は彼女を見る。
「お前は、お前だ」
蘇晩晴は、それ以上何も言わなかった。
そして沈砚は分かっていた。
二人は、真相へますます近づいている。
だが同時に、
彼は初めて気づいた。
本当に恐ろしいのは、
その名前を見つけられないことではない。
見つけた後。
その名前を、
彼女に返すべきなのか。
それを決めなければならないことなのだ。




