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河灯未明  作者: 亀


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第二十六章 名のない者

その船は、あっという間に姿を消した。


沈硯が外へ飛び出した時には、河面に広がる水紋しか見えなかった。


「秦重!」


秦重はすでに岸辺まで追っていた。


二人は石段を駆け下りる。


船はまだ遠くない。


ただ、河面が暗すぎた。


船尾の焦げた木札が、夜の中でかすかに見え隠れしている。


そこに残された「八」の字は、傷跡のようだった。


蘇晩晴も後を追ってきた。


「南よ」


突然、彼女が言った。


沈硯が彼女を見る。


「なぜ分かる?」


「南のほうが流れが速い」


彼女は河面を指差した。


「空船なら、こんなに真っ直ぐには進まない」


沈硯はすぐに理解した。


「本流に乗っている」


三人は岸沿いに追いかけた。


だが、その船はやはり少しずつ夜の闇へ消えていった。


秦重が足を止める。


「追いつけない」


沈硯も追うのをやめた。


河水を見下ろす。


「逃げるために来たんじゃない」


「何?」


「俺たちに見せるためだ」


沈硯は振り返り、あの木札を見る。


「誰かが、わざと『八』を見せた」


秦重が眉をひそめる。


「なら、なぜ八人目が誰なのか、直接教えない?」


「自分たちで見つけさせたいからだ」


⸻


翌日。


沈硯はまず南平埠頭へ向かった。


昨夜の船は、そこには停泊していなかった。


だが、埠頭の管理をしていた古い帳場には、一冊の船舶出入り記録が残っていた。


過去十年分。


二十三年前の記録はない。


沈硯が数ページめくる。


突然、手が止まった。


「ここだ」


秦重が身を寄せる。


一隻の船の登録が、後から塗り直されている。


元の船名は、もう判別できない。


残っているのは一つの番号だけ。


八。


秦重はしばらく見つめた。


「また八か」


沈硯は何も言わない。


紙を裏返す。


裏側には、もう一枚古い紙が貼り付けられていた。


明らかに後から貼られたものだ。


沈硯は刀でゆっくりと端を剥がす。


その内側から、元の記録が現れた。


そこには一行だけ。


「九月初七、子の刻、南平渡し」


その後ろには船名がない。


船主もない。


人数もない。


ただ、奇妙な記号が一つだけ残されていた。


一本の横線。


その横に、二つの点。


何かの略号のようだった。


秦重がしばらく眺める。


「人数じゃない」


「当然だ」


沈硯が言う。


「身分を示す印だ」


彼はふと、河運司の臨時身分証を思い出した。


「古い札を探す」


⸻


河運司旧倉庫。


沈硯は昨日見た臨時身分証を、すべて運び出した。


全部で三十七枚。


大半は錆びている。


そのうち七枚には。


水紋が刻まれていた。


一。


二。


三。


四。


五。


六。


七。


八はない。


秦重が最後の一枚を手に取る。


「八号はない」


沈硯は頷いた。


「そこが問題だ」


「七号は身分証だった」


「だが、八号は違う」


沈硯は昨夜持ち帰った焦げた木札を、もう一度調べた。


木札の「八」は、完全な数字ではない。


下には、もう一つ刻み跡が残っている。


まるで後から付け足したようだった。


秦重が突然言った。


「この字……」


「どうした?」


「『人』という字を変えたように見える」


沈硯は木札を受け取った。


注意深く見る。


確かに。


「八」の二本の線は平行ではない。


左側の一画が明らかに長い。


右側は、元の刻み跡を削り直したように見える。


沈硯は紙を取り出した。


「人」と書く。


その隣に「八」と書く。


二つを並べた。


秦重は黙り込んだ。


「元は……人だったのか」


沈硯は頷く。


「誰かが『人』を『八』に変えた」


⸻


その時。


倉庫の外から足音が聞こえた。


二人はすぐに動きを止める。


若い雑役が、入口から顔を覗かせた。


「沈推官」


「何だ?」


「これを渡してくれと頼まれました」


布包みを差し出す。


沈硯は受け取らなかった。


「誰に?」


「老人です」


「どんな老人だ?」


「昔、ここで働いていたと言っていました」


「名前は?」


雑役は首を横に振る。


「言いませんでした」


沈硯は布包みを受け取る。


開いてみる。


中には、古い身分証が一枚入っていた。


番号はない。


ただ、一文字だけ。


人。


秦重の顔色が変わる。


「河運司の札じゃない」


「当然だ」


沈硯は裏返した。


そこには、ごく小さな文字が刻まれていた。


「人は名を持たなくても、来た場所を失ってはならない」


その下に日付がある。


九月初七。


二十三年前。


沈硯の指が止まった。


⸻


その老人を見つけたのは。


すでに午後になってからだった。


老人は城南の、河辺にある古い粗末な家に住んでいた。


沈硯の顔を見るなり。


老人は驚かなかった。


ただ尋ねた。


「お前の父親は死んだのか?」


沈硯は頷いた。


「死んだ」


老人はため息をついた。


「なら、ようやく待たなくてよくなったな」


沈硯は腰を下ろした。


「沈懐川を知っているか?」


「知っている」


「あなたは何者だ?」


老人は小さく笑った。


「私にも、昔は名前がなかった」


沈硯が老人を見る。


「どういう意味だ?」


老人は自分の手を指差した。


「河で働く者には、時に名前なんて必要ない」


「なぜ?」


「臨時の仕事だからだ」


「今日はこの船」


「明日は別の船」


「仕事を終えれば金をもらう」


「何かあれば、『知らない』と言えばいい」


秦重が尋ねる。


「身分証は?」


老人は首を横に振った。


「臨時札だ」


「そこには番号しか書かれていない」


「番号がなくなれば、人も消える」


沈硯はしばらく黙っていた。


「七号旗も同じか?」


老人は頷いた。


「七号旗は船じゃない」


「一つの任務だ」


「どんな任務?」


老人は河面を見た。


「人を運ぶ」


部屋が一瞬で静まり返った。


沈硯が尋ねる。


「誰を運ぶ?」


老人は答えなかった。


「二十三年前の九月初六」


沈硯は続ける。


「なぜ七号旗が調達された?」


老人はようやく口を開いた。


「何人かを南陵から出す必要があったからだ」


「何人?」


「八人」


「誰だ?」


老人は首を横に振った。


「知らない」


「会ったことは?」


「ある」


「何人?」


老人は沈硯を見つめた。


「八人」


沈硯の胸がざわつく。


「八人全員、大人だったのか?」


老人は黙った。


やがて首を横に振る。


「違う」


「子供がいた?」


「二人だ」


沈硯と秦重は同時に老人を見る。


老人は続けた。


「それと、大人が六人」


「六人?」


「そうだ」


沈硯はすぐに古い記録を取り出した。


「なぜ後には七人しか残らなかった?」


老人はその紙を見つめた。


長い間、何も言わなかった。


「一人が、行かなかったからだ」


沈硯が目を見開く。


「誰が?」


「分からない」


「あなたは見たと言っただろう?」


「八人を見た」


「だが、最後に誰がいたのかは分からない」


「なぜ?」


老人は俯いた。


「札を交換したからだ」


沈硯の目が鋭くなる。


「誰が?」


「沈懐川だ」


秦重が勢いよく立ち上がった。


だが老人は手を振った。


「慌てるな」


「彼は、あの人たちを害するためにやったんじゃない」


「では、何のためだ?」


老人は沈硯を見る。


「八人の中に」


「すでに死んでいた者が一人いたからだ」


沈硯の胸が大きく沈む。


「どういう意味だ?」


老人は言った。


「死人は船に乗れない」


「だが、その人間は生きている者として記録されなければならなかった」


「そうしなければ、残りの七人も出られなかった」


沈硯は、ようやく許同の言葉の意味を理解した。


八人目とは。


本来なら、すでに死んでいた人間だった。


だが、ここで一つの疑問が生まれる。


すでに死んでいる人間を、生きている者として記録する必要があったのなら。


その死者の身分を借りる必要があったのは――


誰なのか。


沈硯は低い声で尋ねた。


「その人は誰だ?」


老人は首を横に振った。


「知らない」


「本当に?」


「私が知っているのは、あの人の札だけだ」


「どんな札?」


老人は手を伸ばした。


そして、沈硯の手の中の木札を指差した。


「それだ」


沈硯が目を落とす。


「人?」


老人は頷いた。


「『八』じゃない」


「それは後から変えられた」


沈硯はその木札を凝視する。


老人は続けた。


「当時、あの人たちが出ていった後」


「一人、戻ってきた者がいた」


「誰だ?」


「女だ」


「その女は、私に尋ねた」


「十六、七歳くらいの娘を見なかったか、と」


沈硯と秦重の顔色が同時に変わる。


「その娘の名前は?」


老人は首を横に振った。


「知らない」


「何か身につけていたものは?」


老人は長い間考えた。


「赤い糸だ」


蘇晩晴は、家の外に立っていた。


そこまで聞いた瞬間。


顔から血の気が引いた。


⸻


老人は続けた。


「その娘は船に乗らなかった」


「最後にどこへ行った?」


「分からない」


「その女は、なぜ娘を探していた?」


老人は首を横に振った。


「一言だけ言っていた」


「何と言った?」


老人が顔を上げる。


沈硯を見る。


「こう言った――」


「もしあの子がまだ生きているなら、自分が誰なのかを知られてはいけない」


沈硯は黙り込んだ。


家の外の蘇晩晴も、何も言わない。


老人は彼女を一目見た。


そして突然、尋ねた。


「その子が……あの時の子なのか?」


沈硯は答えなかった。


だが老人には、もう分かったようだった。


「そうか」


「これだけ長い年月が過ぎても」


「やはり見つかったか」


蘇晩晴が家の中へ入ってくる。


「あなたは、私を見たことがあるの?」


老人は首を横に振った。


「いや。あんたを見たことはない」


「じゃあ、どうしてそんなことを言うの?」


老人は彼女を見る。


「その手に、あるものを持っているからだ」


蘇晩晴が手元を見る。


彼女の手には。


いつの間にか、七水銅貨が強く握り締められていた。


老人の視線が、その銅貨に落ちる。


その顔色が。


初めて、はっきりと変わった。


「これは……」


「どこで手に入れた?」


蘇晩晴は答えなかった。


老人は一歩、後ずさる。


「これは蘇河のものじゃない」


沈硯が勢いよく顔を上げた。


老人は続ける。


「沈家のものだ」


空気が、凍りついたように静まり返った。


蘇晩晴は手の中の銅貨を見る。


「これを知っているの?」


老人は頷いた。


「二十三年前」


「私は、この目で見た」


「一人の娘が、それを別の子供に渡すところを」


「その娘は誰?」


老人はすぐには答えなかった。


視線が蘇晩晴の手首に落ちる。


そこには、何もない。


だが蘇晩晴は無意識に、そこを手で覆った。


老人が低い声で言う。


「あの時、あの娘はこう言った」


「これからは、もう『姉さん』と呼ばないで」


沈硯の呼吸が、一瞬止まった。


老人は、ついにその名を口にした。


「沈知遥」


家の外を、河風が吹き抜ける。


誰も口を開かなかった。


だが老人は、さらに一言付け加えた。


「だが」


「彼女は、八人目ではない」


沈硯が顔を上げる。


老人は沈硯を見つめた。


「本当の八人目を」


「その顔を見た者は、今まで一人もいない」

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