第二十章 姉
沈硯が住まいへ戻った頃には、空はすっかり暗くなっていた。
蘇晩晴は門のそばに座っていた。
明かりはつけていない。
ただ窓の外から差し込む月明かりを頼りに、机の上に置かれた七通の手紙を見つめている。
足音を聞くと、顔を上げた。
「見つかった?」
沈硯は一瞬、足を止めた。
「いくつか、分かったことがある」
「誰について?」
「周明だ」
蘇晩晴は、それ以上聞かなかった。
ただ沈硯を見つめている。
「何か、私に言ってないことがあるんじゃない?」
沈硯は答えなかった。
蘇晩晴が少し笑う。
「何か隠そうとするとき、いつも一度だけ止まるよね」
沈硯は彼女を見る。
「いつ気づいた?」
「ずっと前」
「例えば?」
「最初に川辺へ行った時」
「あなたは、もう私を怪しいと思っていた。それなのに、私を連れていった」
「君は、事情を知る必要があったからだ」
「違う」
蘇晩晴は首を横に振った。
「あなた自身も、分かっていなかったから」
沈硯は黙った。
彼女の言う通りだった。
彼自身も、何も分かっていなかった。
だからこそ、推測を答えにするわけにはいかない。
蘇晩晴は視線を落とした。
「じゃあ、今日何が分かったの?」
沈硯は扉を閉めた。
「二十三年前、義荘には少なくとも二人の子供がいた」
蘇晩晴の表情が、ゆっくりと変わった。
「二人?」
「ああ」
「一人は秦重が見た」
「もう一人は、姿を見られていない」
「だが、誰かがその声を聞いている」
蘇晩晴は黙っていた。
長い沈黙の後、ようやく尋ねる。
「二人とも女の子?」
「今はまだ、分からない」
「でも、あなたはそう思ってる?」
「分からない」
蘇晩晴は沈硯を見る。
「本当に?」
「本当にだ」
彼女はふっと笑った。
「それなら、よかった」
沈硯がわずかに目を見開く。
「何が?」
「少なくとも今回は、私に答えを決めつけなかった」
蘇晩晴は立ち上がった。
そして机のそばまで歩いていく。
「私も、一つ思い出したことがある」
⸻
蘇晩晴は、あの古い銅銭を手に取った。
七つの水紋が、灯りの下でかすかに浮かび上がっている。
「子供の頃、一人の女の子に会ったことがある」
沈硯が彼女を見る。
「どこで?」
「分からない」
「子供の頃だというのは確かか?」
「確か」
「何歳くらい?」
「六歳か七歳……たぶん」
彼女は目を閉じた。
懸命に記憶をたどる。
「その時、私は小さな部屋にいた気がする」
「火があった」
「外では誰かが話していた」
「それから、一人の女の子が私の手を握った」
「その子は私を……」
蘇晩晴が言葉を止める。
沈硯は急かさなかった。
長い時間が過ぎてから。
彼女はようやく口にした。
「妹って」
沈硯の目が変わる。
「間違いないか?」
「覚えているのは、その言葉だけ」
「その子はどんな顔だった?」
「よく見えなかった」
「年齢は?」
「私より年上」
「名前は?」
蘇晩晴は首を横に振った。
「分からない」
「君の名前を呼んだことは?」
「たぶん、ない」
「なら、なぜ覚えている?」
蘇晩晴は手の中の銅銭を見る。
「これを私に渡したから」
沈硯は銅銭を見る。
「これを?」
彼女は頷いた。
「その子は言った……」
蘇晩晴の声が、次第に小さくなる。
「誰かに名前を聞かれても」
「自分の名前を言ってはいけないって」
沈硯は何も言わなかった。
その言葉が、それまでのすべての手掛かりと突然つながった。
名前を言うな。
身元を残すな。
名簿に載るな。
誰かが、一人の子供を守っていた。
だが――
なぜ?
蘇晩晴は続けた。
「その後、その子は私に言った」
「船が来たら」
「大人について行ってって」
沈硯が尋ねる。
「どこへ行くのかは?」
「言わなかった」
「君は、その子と一緒に船へ乗ったのか?」
蘇晩晴は首を横に振った。
「覚えていない」
「なら、なぜ船のことを覚えている?」
蘇晩晴は目を開いた。
「その子は……」
「船には乗らなかった」
沈硯がわずかに身を乗り出す。
「誰が?」
「その女の子」
「その子は船に乗らなかった?」
「私を先に行かせた」
「その子は?」
蘇晩晴は首を横に振った。
「分からない」
部屋の中が、再び静まり返った。
沈硯はゆっくりと腰を下ろした。
もし蘇晩晴の記憶が正しいのなら。
事件は、まったく別の方向へ進み始める。
七号船にいた子供は――
蘇晩晴ではなかった可能性がある。
そして、蘇晩晴の記憶に残るその「姉」は――
これまで探していた「阿遥」なのかもしれない。
だが、まだ一つ問題が残っている。
林秋娘は言った。
蘇河の娘は、七号船には乗っていない。
もしそれが本当なら。
蘇晩晴は船に乗っていない。
では、その後どうやって生き延びた?
誰が彼女を連れていった?
誰が「蘇晩晴」という名前を与えた?
そして――
あの姉は、どこへ行った?
⸻
沈硯は一枚の紙を取り出した。
「その子が、他に何か言っていたのを覚えているか?」
蘇晩晴は長い間、考えていた。
「もう一つある」
「何だ?」
「その子は言った」
「船には、私たち以外にも人がいるって」
沈硯が顔を上げる。
「どういう意味だ?」
「船には、他にも人がいるって」
「何人?」
「言わなかった」
「その子は怯えていたか?」
蘇晩晴は頷いた。
「すごく怖がっていた」
「誰を?」
「分からない」
「怪我はしていた?」
「分からない」
「血は?」
蘇晩晴は首を横に振った。
「なかった」
そして突然、言葉を止める。
「でも……」
「何だ?」
「その子の手に――」
「赤い糸があった」
沈硯の目が瞬時に変わった。
赤い糸。
義荘で見つかった赤い糸。
秦重が言っていた。
あの時の女の子の服には、赤い糸が使われていた。
そして蘇晩晴の記憶の中でも――
その姉の手首には、赤い糸があった。
沈硯はすぐには結論を出さなかった。
ただ尋ねる。
「紐か?」
「違う」
「本当に?」
「糸みたいなもの」
「どこに?」
「手首」
沈硯は黙った。
赤い糸。
手首。
そして、義荘に残されていた子供の痕跡。
二人の子供。
一人は義荘へ運ばれた。
もう一人は、誰かに送り出された。
今のところ、確かなことは一つだけだった。
二十三年前。
誰かが確かに、一人の子供を守ろうとしていた。
しかも、その行動は――
一日だけのものではなかった。
⸻
翌日。
沈硯は林秋娘を探さなかった。
蘇河も探さなかった。
彼が向かったのは、周婆のもとだった。
七号船について分かったことを、もう一度話す。
周婆は話を聞き終えても、すぐには口を開かなかった。
沈硯が尋ねる。
「周明は、『姉さん』という言葉を口にしたことがあるか?」
周婆が顔を上げる。
「ある」
沈硯の胸が沈む。
「いつ?」
「船に乗る前だ」
「何と言っていた?」
周婆は机の上を見つめた。
「船には、姉さんがいるって」
「子供じゃない?」
「違う」
「その姉さんは、子供の面倒を見ると言っていたのか?」
周婆は首を横に振った。
「そこまでは知らない」
沈硯が眉を寄せる。
「では、なぜ周明は二人が一緒だと?」
周婆はしばらく黙っていた。
そして、棚の奥から一枚の古い紙を取り出した。
「これを見つけた」
紙には、歪んだ文字が一行だけ残されていた。
明らかに、周明自身の筆跡だった。
「姉さんが言った。妹を船に乗せてはいけない」
沈硯は、その一文を見つめた。
胸の奥が、きつく締めつけられる。
沈懐川が残した言葉。
「阿遥を七号船に乗せるな」
蘇晩晴の記憶。
「その子は私を先に行かせた」
そして、周明が残した言葉。
「姉さんが言った。妹を船に乗せてはいけない」
三人の人間。
三つの言葉。
それなのに――
指し示しているものは、同じだった。
誰かが、一人の子供を七号船から遠ざけようとしていた。
そして、その子は――
蘇晩晴だった可能性が高い。
沈硯は何も言わなかった。
周婆が尋ねる。
「見つけたのかい?」
沈硯が顔を上げる。
「誰を?」
「その姉さんを」
沈硯は少し黙ってから答えた。
「まだだ」
周婆は沈硯を見る。
「なら、急いだほうがいい」
「なぜ?」
周婆は声を落とした。
「周明が最後に戻ってきた時、こう言ったんだ」
「その姉さんは、もう死んだって」
沈硯の手が止まる。
「誰に殺された?」
「分からない」
「名前は?」
周婆は首を横に振った。
「言わなかった」
そして、一度息をつく。
「でも、こんなことを言っていた」
「何を?」
周婆は沈硯を見つめた。
「その姉さんが死んだら――」
「もう誰も、小妹が誰なのか証明できなくなるって」
沈硯は、その場に立ち尽くした。
たった一言。
それだけで、事件の本当の恐ろしさが見えた気がした。
もし、その姉が本当に死んだのなら。
彼女はただの犠牲者ではない。
蘇晩晴の本当の身元を知る――
唯一の証人だった可能性がある。
そして二十三年前。
誰かは、そのことを知っていた。
だから。
一人の子供を消すだけでは足りなかった。
その子供が誰なのかを証明できる人間まで――
消す必要があった。
沈硯は振り返った。
そして白石横丁を後にする。
雲の切れ間から、陽の光が差し込んでいた。
沈硯は初めて――
蘇晩晴が沈知遥なのかどうかを考えなかった。
今となっては。
それが最も重要な問いではないのかもしれない。
本当に重要なのは――
あの時「姉さん」と呼ばれていた少女は、一体誰だったのか。
そして。
なぜ、これほど多くの人間が――
その「小妹」を守ろうとしていたのか。
だが、沈硯が去った後。
周婆は一人、門の前に座っていた。
手にした古い紙を見つめる。
そして――
ゆっくりと紙を裏返した。
そこには、二十三年間隠されていた一行の文字があった。
たった六文字。
「姉さんは沈家の人間だ」




